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第二十五章

痛みの正体

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「たったそれだけの助言で、でありますか!?」
 俺の説明を聞いたナリンさんはその美しい切れ目をまん丸にして驚きの声を上げた。
「いやまあ助言はそれだけですけど、それ以前の『軟体功』の修練が鬼ですからね」
 俺は助言した時の出来事を思い出し右拳を撫でながら応える。あの時、打撃の勢いを逃がす技の存在を訊ねるとタッキさんは二もなく軟体功とやらの名前を挙げ実践してみせた。
 ……ええ、実践するからには誰かが彼女を攻撃しないといけませんよね? なので俺が彼女の腹を撃った。最初は怖々に。
 その時の俺の驚きといったら! 俺のヘナチョコパンチを喰らったタッキさんの腹筋は、おもしろいくらいに波打ち変形し拳からの衝撃を受け流した。楽しくなってもう何撃か撃ち込んでいる最中、彼女が何の前触れもなく逆の――硬体功という身体を石のように堅くする――技に切り替えた時の方がより驚いたけど。
 痛かった。拳がめっちゃ痛かった。
「確かに、覇霊寺の僧は生身でゴルゴンを退治すると聞くであります!」 
 ゴルゴンとは牛の様な化け物でカトプレパスと同じく地方にでる害獣だ。全身が石のように固く、確か石化のブレスも吐くという話だ。
 え? モンクってそんなのと身一つで戦うの? 死ぬんじゃね!?
「そっちの方は知らなかったですけど……。何にせよ、モンスターの一撃を受け流す気功が使えるんです。ボールなんて楽勝ですよ」
 俺は唖然としつつも説明を締めくくった。とは言えボールの様に柔らかく殆どにおいて無害なモノ――ルーナーさんのFKなどたまに有害な時もあるからね! タッキさんはそれも恐れないけど!――の方がタイミングは難しかったようだが。それで、後半のここまでかかったようだが。
「ではタッキのポストプレイも今後、当てにできるでありますか?」
「ええ。サッカードウIQの方はまだまだですが。そこで、と」
 ボールタッチが良くなって『受ける』部分が向上しても『出す』部分が低いままでは武器にならない。より多くプレイに関わり学んで貰わなければ。
「ここをこうして……どうでしょう?」
 俺は再びボードを手に取り、変えた配置をナリンさんへ見せた。

 俺の策はナリンさんとジノリコーチの修正を経て、ザックコーチの掲げるボードで彼女たちへ伝わった。ボールがサイドを割ったタイミングを選んで各自が話し合い、選手達は指示した通りの場所へ移動する。
 その配置はこうだ。FWは1枚になってリーシャさんがセンターへ。ここまでサイドへ大きく動いて相手を揺さぶってきた彼女だが、ここからは横に動いてもPAの幅まで。主に裏抜けを狙う。
 その下に3枚。左からアイラ、タッキ、マイラと3名の攻撃的MFが並ぶ。ボランチはアガサさん1枚。もともとプレーが遅く守備力も無い彼女が独力でそのラインを守るのはとうてい不可能なので、配置の変わらない両WBのティアさんルーナさん、或いはDFラインへ戻ったクエンさんがフォアリベロ的に前に出てカバーする。
 言ってみれば変則的な1541。ここまで手を変え品を変えゴルルグ族チームとマース監督を揺さぶってきたが、俺はこれを今日の最終系として勝負を決める気でいた。
 かなり攻撃的かつ今はもう、フィールド上でアドリブを利かして守備の穴を埋めてくれるシャマーさんもいない。リスクが高いと言えばそうだ。だがフルマンマークでひたすらエルフ代表の動きについていったゴルルグ族の疲労と混乱は今がピークだろう。
「誰か、エルエルを呼んでおいて下さい」
『ニャイアー、エルエルを準備してくれるかしら?』
 俺がそう呼びかけると、ナリンさんがフェリダエのGKコーチを指名して何か言った。ニャイアーコーチも小さく返事すると、滑らかな動作で反転してコンコースへ消える。
「どうもです。ザックコーチ、誰が一番疲れているか見ておいて下さい」 
 続けてサックコーチへ依頼し、ナリンさんが再び通訳する。疲労がピークなのはこちらも同様だ。今の目論見が成功しても失敗しても、最後のカードを切る必要が出てくるだろう。
「さて……どうだ?」
 だいたいの出せる手を出しきった俺はテクニカルエリアの最前線まで進み、ピッチに片膝をついた。何かに祈りを捧げるような姿勢だが、祈っている暇があるなら考えろ、というのが俺の信条だ。ここ数日の事を全て思い出して、他にやり残した事が無いかを確認する。
 あ、そう言えば試合前には選手の数が足らなくなったフリをして安全に負けようか? などタッキさんと話していたな。今の今まですっかり忘れていたわ。
「いや、どうせなら勝ちたいよな、うん」
 ここまできてその選択は無いし、何よりアローズの選手達はまだ闘っている。ならば俺のやる事は一つだ。
「然るべき時が来たらリストさんを前へ。合図はこっそり出しますので」 
 俺は立ち上がりベンチの方へ少し戻り、ナリンさんへ耳打ちした。そして彼女からあるものを拝借して、再びテクニカルエリアへ向かった。
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