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第二十五章
FWが使う防御術
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この時、監督目線としては選手の配置を細かく変更し相手を見てまた手を変えとしていた訳だが、現実に即して言えば試合は動き続け選手もプレーを途切れさせてはいなかった。
つまり俺たちがボードを睨みコーチ陣であーでもないこーでもないとやっている間もボナザさんがゴールキックをクエンさんめがけて蹴り、ザイア選手がドリブル突破し、ロイド選手とリストさんがハイボールを競り合ったりしていたのである。
そして選手のプレーと言うのは常に同じ成果を出力する――例えばチェスや将棋の――駒とは違い予想外の結果を生む。今で言えば相手に密着マークされているルーナさんが爆発的なダッシュで簡単にオープンスペースへ飛び出せてしまうし、システムの噛み合わせでフリーにした筈のマイラさんが単純なパスをミスする。
一方、ゴルルグ族側もサイドでボールを受けたロイド選手がポストプレイと見せかけて反転してリストさんを置き去りにしセンタリングを上げるが、もう一人のFWがガニアさんに競り合いで負けあっさりクリアされ――逆であれば1点ものだったろう――たりもする。
俺たちコーチ陣はそういった
「俺たちがせっかくお膳立てしたのにそりゃないよ~」
と嘆きたくなるような事態も、
「システム的に仕方ない穴だけど良く頑張ってカバーしてくれた!」
とお礼を言いたくなるような僥倖もすべて、想定外の事が有る程度おきるのを想定内の事として、プランを立てているのだ。
それらを踏まえて監督の思惑の範囲だけで言えばやや優勢なのはゴルルグ族だった。彼女らの一人一殺、ターゲットにそれぞれが責任もってつきまとい封じるやり方は種族の特性にマッチしていたし、ボールを奪った後で攻撃に出た場合もまずターゲットとなるロイド選手と司令塔ザイア選手という計算できる選手に頼る事ができるからだ。
逆に良い方の想定外、選手の頑張りとかアイデアとか単純な幸運へ頼る比率が大きいのは残念ながらアローズの方だった。
いつもならそうではない。俺は、と言うか地球のサッカー界が蓄積してきた戦術は非常に多岐に渡るし、コーチ陣もそれが実行できるように選手達を良く鍛えてくれている。何かゴルルグ族のやり方を上回るような策がある筈だ。
だが何せ今回は使える手駒が少ない。残りの交代選手はエルエルとユイノさんの2名で、しかもユイノさんはGKなので戦術的に使える駒とは言えず実質エルエルだけだ。大きな作戦変更は不可能だろう。
つまり戦術面で相手に勝つのは無理、良くて五分へ持って行くのが関の山だった。そんな状況で、加えて言うなら交代選手の少なさはスタミナの管理も難しくなる状況で、俺たちはそれでも選手の頑張りに頼らざるを得ないのが現実だった。
そういう時に強さを見せてくれたのは、やはり体力がある彼女たち2名であった。
『いや違うのだ!』
右サイドからパスを送ったアイラさんが何か言いながら思わず頭を抱えた。恐らく彼女の意図は左サイドへ流れたリーシャさんへのサイドチェンジ。リーシャさんのスピードにマーカーはやや遅れ気味だったし、ワンタッチで良い所に置ければカットインも縦に抜いてセンタリングもできそうな位置だ。
しかしそのボールの軌道に、タッキさんが割り込んできた。シュート程ではないが飛距離を出す為にまあまあの速度が出ていたそのパスを、モンクは胸を合わせるように受けに向かう。
「タッキそれ……え!? 上手い!?」
その直後のシーンに、ナリンさんはじめスタジアムの殆どの生物が目を見張った。アローズの背番号9がアイラさんのパスを、勢いを消して胸でトラップしみごと自分の足下へ落としたからだ。
『た、タッキさん!』
それを見たクエンさんが急いでパスを受けに向かう。タッキさんはナイトエルフのマークがついていない側にボールを送り、自身は反転して再びゴール前へポジションを取ろうと走った。
『ええい!』
クエンさんは一連の流れでDFが混乱しているのを察してミドルシュートを選択。
『どぅら!』
しかし、ビア選手が咄嗟に身体をシュートコースへ投げ出し、ボールは大きく跳ね返ってサイドラインの向こうへ飛んだ。
「あああ! 惜しいであります! しかし今のタッキ、良いプレイでした。……まぐれでありますか?」
「いや、たぶん掴んだんだと思いますよ」
俺は一喜一憂しつつも少し失礼な感想を抱いたナリンさんを正直だなー、と思いながら応える。
「感覚を、ね。ナリンさんはスリッピングアウェーってご存じですか?」」
スリッピングアウェー。もはやセルフツッコミ不要の、これまたボクシング用語で防御術の一歩、いやひとつだ。
簡単に言えば打撃を食らった瞬間に身体を、例えば顔面を殴られたなら顔を殴られたのと逆の方向へ振ってダメージを逃がす技術だ。暖簾に腕押しと言えば分かりやすいかな?
見た目は有る意味派手になるので見ている分には痛そうだが、実際はかなりダメージを減らせるらしい。まあボクシングの採点上で言えば当たってはいるので、有効打よりもヒット数を重んじるジャッジにも不利だが。
その辺りの話は俺たちのようなボンクラ男子には必修と言えるような、とあるボクシング漫画で得た知識で実際は知らないのだけれど。ただ最近やたらボクシングの話をしているので、つられて出てきた。
……話が横にそれた。ではそれがサッカードウとどう繋がるかと言うと、トラップの――飛んできたボールを身体のどこかへ当てて勢いを殺し、次にプレイし易い場所へ置く――技術と繋がる部分があるのだ。エネルギーを逃がす、という部分で。
これまた聞きかじった程度の知識で実際はどうなるか知らないし指導もできない。しかし聞きかじり同士の話を掛け合わせると奇跡が起きるかもしれない。しかもタッキさんはボクシングではないが、武術を修めた修行僧だし。
それで先ほど、ハーフタイムの最後に俺は彼女に話を振ってみたのだ。タッキさんの学んだ拳法にそんな技はありませんか? あればそれをボールに転用できませんか? と……。
つまり俺たちがボードを睨みコーチ陣であーでもないこーでもないとやっている間もボナザさんがゴールキックをクエンさんめがけて蹴り、ザイア選手がドリブル突破し、ロイド選手とリストさんがハイボールを競り合ったりしていたのである。
そして選手のプレーと言うのは常に同じ成果を出力する――例えばチェスや将棋の――駒とは違い予想外の結果を生む。今で言えば相手に密着マークされているルーナさんが爆発的なダッシュで簡単にオープンスペースへ飛び出せてしまうし、システムの噛み合わせでフリーにした筈のマイラさんが単純なパスをミスする。
一方、ゴルルグ族側もサイドでボールを受けたロイド選手がポストプレイと見せかけて反転してリストさんを置き去りにしセンタリングを上げるが、もう一人のFWがガニアさんに競り合いで負けあっさりクリアされ――逆であれば1点ものだったろう――たりもする。
俺たちコーチ陣はそういった
「俺たちがせっかくお膳立てしたのにそりゃないよ~」
と嘆きたくなるような事態も、
「システム的に仕方ない穴だけど良く頑張ってカバーしてくれた!」
とお礼を言いたくなるような僥倖もすべて、想定外の事が有る程度おきるのを想定内の事として、プランを立てているのだ。
それらを踏まえて監督の思惑の範囲だけで言えばやや優勢なのはゴルルグ族だった。彼女らの一人一殺、ターゲットにそれぞれが責任もってつきまとい封じるやり方は種族の特性にマッチしていたし、ボールを奪った後で攻撃に出た場合もまずターゲットとなるロイド選手と司令塔ザイア選手という計算できる選手に頼る事ができるからだ。
逆に良い方の想定外、選手の頑張りとかアイデアとか単純な幸運へ頼る比率が大きいのは残念ながらアローズの方だった。
いつもならそうではない。俺は、と言うか地球のサッカー界が蓄積してきた戦術は非常に多岐に渡るし、コーチ陣もそれが実行できるように選手達を良く鍛えてくれている。何かゴルルグ族のやり方を上回るような策がある筈だ。
だが何せ今回は使える手駒が少ない。残りの交代選手はエルエルとユイノさんの2名で、しかもユイノさんはGKなので戦術的に使える駒とは言えず実質エルエルだけだ。大きな作戦変更は不可能だろう。
つまり戦術面で相手に勝つのは無理、良くて五分へ持って行くのが関の山だった。そんな状況で、加えて言うなら交代選手の少なさはスタミナの管理も難しくなる状況で、俺たちはそれでも選手の頑張りに頼らざるを得ないのが現実だった。
そういう時に強さを見せてくれたのは、やはり体力がある彼女たち2名であった。
『いや違うのだ!』
右サイドからパスを送ったアイラさんが何か言いながら思わず頭を抱えた。恐らく彼女の意図は左サイドへ流れたリーシャさんへのサイドチェンジ。リーシャさんのスピードにマーカーはやや遅れ気味だったし、ワンタッチで良い所に置ければカットインも縦に抜いてセンタリングもできそうな位置だ。
しかしそのボールの軌道に、タッキさんが割り込んできた。シュート程ではないが飛距離を出す為にまあまあの速度が出ていたそのパスを、モンクは胸を合わせるように受けに向かう。
「タッキそれ……え!? 上手い!?」
その直後のシーンに、ナリンさんはじめスタジアムの殆どの生物が目を見張った。アローズの背番号9がアイラさんのパスを、勢いを消して胸でトラップしみごと自分の足下へ落としたからだ。
『た、タッキさん!』
それを見たクエンさんが急いでパスを受けに向かう。タッキさんはナイトエルフのマークがついていない側にボールを送り、自身は反転して再びゴール前へポジションを取ろうと走った。
『ええい!』
クエンさんは一連の流れでDFが混乱しているのを察してミドルシュートを選択。
『どぅら!』
しかし、ビア選手が咄嗟に身体をシュートコースへ投げ出し、ボールは大きく跳ね返ってサイドラインの向こうへ飛んだ。
「あああ! 惜しいであります! しかし今のタッキ、良いプレイでした。……まぐれでありますか?」
「いや、たぶん掴んだんだと思いますよ」
俺は一喜一憂しつつも少し失礼な感想を抱いたナリンさんを正直だなー、と思いながら応える。
「感覚を、ね。ナリンさんはスリッピングアウェーってご存じですか?」」
スリッピングアウェー。もはやセルフツッコミ不要の、これまたボクシング用語で防御術の一歩、いやひとつだ。
簡単に言えば打撃を食らった瞬間に身体を、例えば顔面を殴られたなら顔を殴られたのと逆の方向へ振ってダメージを逃がす技術だ。暖簾に腕押しと言えば分かりやすいかな?
見た目は有る意味派手になるので見ている分には痛そうだが、実際はかなりダメージを減らせるらしい。まあボクシングの採点上で言えば当たってはいるので、有効打よりもヒット数を重んじるジャッジにも不利だが。
その辺りの話は俺たちのようなボンクラ男子には必修と言えるような、とあるボクシング漫画で得た知識で実際は知らないのだけれど。ただ最近やたらボクシングの話をしているので、つられて出てきた。
……話が横にそれた。ではそれがサッカードウとどう繋がるかと言うと、トラップの――飛んできたボールを身体のどこかへ当てて勢いを殺し、次にプレイし易い場所へ置く――技術と繋がる部分があるのだ。エネルギーを逃がす、という部分で。
これまた聞きかじった程度の知識で実際はどうなるか知らないし指導もできない。しかし聞きかじり同士の話を掛け合わせると奇跡が起きるかもしれない。しかもタッキさんはボクシングではないが、武術を修めた修行僧だし。
それで先ほど、ハーフタイムの最後に俺は彼女に話を振ってみたのだ。タッキさんの学んだ拳法にそんな技はありませんか? あればそれをボールに転用できませんか? と……。
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