上 下
441 / 651
第二十五章

蛇の密着

しおりを挟む
「ティアさんって攻撃的な性格じゃないですか?」
「まあな。ベッドの上でもドSだって言われるな。一度、試してみっか?」
「遠慮しときます。その性格でなんでSBやってんすか? もっと攻撃的なポジション選ばなかったんすか?」
「昔はFWもやってたけど、前だと相手の足を蹴れる機会が少ないんだよ。お前にやらされてるゾーンプレス、とかも無かったし」
「お前、じゃなくて監督ね?」
「ベッドの上でなら呼んでやるよ。試さね?」
「どんなシチュエーションやねん! しません!」
 以前に行ったそんな会話が脳裏をよぎった。それくらい、ボールを受けた後のティアさんの動き――キックフェイントでGKを倒し横になった身体の上を軽く越えるシュートを決める――はFWじみていて完璧だった。
 後半12分、ティアさんのゴールで1-1。追いついた!
「よっし! ナリンさんみんな行きましょう!」
 俺はコーチ陣に声をかけ、ゴルルグ族のベンチを煽るようにその前を失踪してきたティアさんを迎えに走った。
『ティア、良くやったぞ!』
『見事なのだ!』
『アガサ殿のパスも見事でござる! ……ていない! 早くこっちでござるよ!』 
 俺より後から走り出して先に着いたザックコーチが殊勲の右SBを抱え上げ、アイラさんリストさんがそこへ続いた。
「ティアさんもアガサさんもナイスー」
 結構、己を鍛えてきた自負があるが、相変わらず選手であるエルフやコーチのミノタウロスの方が足が速い。俺は既に出来上がった輪の外から賞賛の声をかける。少し、寂しい。
『急に、走らせるで、ないのじゃ……』
「ショーキチ殿、まだ同点の段階で大げさでは?」
 俺より後になったのはドワーフで短足のジノリコーチと、彼女を気遣って併走してきたナリンさんだけだ。
「ええ、そうなんですけど、今日は控え選手もいなくて盛り上がりに欠けますから」
 俺がそう言うとナリンさん周囲を見渡しはっとした顔になり、俺に頷くとジノリコーチに何か話しかけながら輪へ加わった。
「あ、リーシャさん!」
 付け加えて言うとリーシャさんもゴールセレブレーションに加われない。サッカードウの試合して相手とも接触しておいて何だが、それはそれで未観戦の仲間とは濃厚な触れ合いをしないよう、言い渡してあるからだ。
「ここまでオッケー! 引き続き動いて動いて」
 なので俺はポツンと離れた所へ佇む彼女に声をかけ、細かくステップを踏んでみせた。言葉は分からないだろうが激励の気持ちと言いたい事は伝わるだろう。
『何それ? 下手くそなダンス? 分かったわよー!』
 リーシャさんは珍しく笑顔を見せて、こちらへ軽く手を振った。おそらく俺の応援に感謝しているのだろう。良かった。
「で、そちらはどうするんです?」
 俺はそう言いつつゴルルグ族のベンチの方と、マース監督の方を見た。策士である彼らがこのまま手を拱いて見ている筈はない。
 そしてその推測は、すぐに間違いでないのを知る事となった。

『ショーキチ、これはアレじゃの!』
「ショーキチ殿、これが例の……」
 再開した試合の展開を見て、ジノリコーチとナリンさんが同時に問いかけてきた。
「ええ、これがフルコートフルマンツーってやつです」
 俺は作戦ボード上で選手の配置を変えながら、麻雀の上がり手の様な名称を口にする。
「ここはこうで……これで合ってます?」
「ええと、はい、間違いないそうであります」
 出来上がった配置をジノリコーチに見せナリンさん経由で問う。どうやら正解の様だった。
「うし! ありがとうございます。ちょっと思い出す時間が欲しいので、しばらく任せます」
 ナリンさんとジノリコーチにそう声をかけ、俺はベンチに座った。そして日に日に薄れていく地球のサッカーの記憶から、自分のなけなしの知識を掘り起こそうと頑張ることにした。

 簡単にフルマンツーと言っても、そもそもの話ゾーンディフェンスが浸透していないこの異世界においてサッカーというかサッカードウの守備は最初からマンツーマンディフェンスだ。
 一方で前線からの守備というのは殆どなく中盤のプレスもゆるゆるなので、相手DFにぴったりとくっついてマークにつかれるのはFW、或いは中盤のキーマンだけである。故にこの世界のサッカードウを正確に言うなら
「中盤より前は守備が殆ど無いが強いて言えばゾーン、後方はマンツーマン」
なゾーン+マンマーク守備という事になる。
 だがゴルルグ族はフルマンツーを行っている。それはつまりどういう事かというと、後方だけでなく中盤より前の選手にも一名一名、担当を割り振ってくっつかせているのである。
 とここで例外的な話をすると相手GKにはマークがつかないし自チームのGKも誰もマークしない。そんな場所に攻撃の選手が張り付いていてはそいつへのパスはほぼオフサイドの反則になってしまい攻撃が成り立たないし、味方GKがマークする相手を追ってゴール前を空けたりはできないからだ。なので互いのGKを抜いた10VS10で考える事となる。
 あとはDFライン。自陣ゴール前で数的均衡――なんか変な表現だな。ただの同数で良いのに。数的優位という言葉からの派生なんだろう――を迎えるのは不安なので、普通は1名余分に増やす。相手が2TOPならDFは3名だ。3DFにうち2名がそれぞれのマークへ付き余った1名が誰か抜かれた時のカバーに回る。
 しかしそうなると数が足らなくなるので、どこかを諦める。多くの場合は前線だ。相手CBの1名は自由にして、その分後ろにズレていって数を合わせる。
 以上をまとめるとDFラインはカバー用に誰もマークしない選手がいるし、逆に相手DFも誰にもマークされていない選手がいる。そしてGKも空いている。名称に大いに偽り有りでどこがフルマンマークやねん! と言いたくなるがそこはまあ、言葉の綾という事で……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

6年生になっても

ryo
大衆娯楽
おもらしが治らない女の子が集団生活に苦戦するお話です。

処理中です...