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第二十四章
脚と頭たちと
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「どうでしたか?」
俺は急いだ。急いだつもりではあったが足も息もついて来ず、スタジアム上空の魔法スクリーンに流されるリプレイにも間に合わず、得点シーンは確認できなかった。
「ザイア選手が見事なドリブルシュートを決めたであります。センターでボールを受けて、こう……」
ピッチ付近に来てしまっては魔法の翻訳アミュレットはもう機能しない。俺の言葉が分かり説明できるのはナリンさんだけなので、彼女が真っ先に反応しボード上に選手とボールの動きを再現してくれた。
「そこ抜かれるかー。急造3バックはこれだからなー」
3バックは――マンマークの場合とゾーンの場合で少々の違いはあるが――その名の通り中央を3人のCBが固めるシステムだ。その一番、堅い所をブチ抜かれるなんて……と言いたい所だが、その少し前のエリアで攻撃側がボールを保持した場合、3人全員が強いだけに誰がそこを潰しに行くのかが曖昧になってしまう危険性がある。
ましてやザイア選手は広い視野と巧みなドリブルセンスを持つテクニシャンだ。そういった穴を見つけるのが上手く、そこを選んで進み続けた結果、フィニッシュまで至る事ができたのだろう。
『失点の直接的な原因はザイア選手じゃが、問題はそっちではないのじゃ』
俺がボードと試合と交互に目をやっているとジノリコーチがやってきて、渋い顔で何か言った。
「ジノリコーチは失点シーンよりも気になる所があると言っているであります。実は自分もそれには同意見で」
両コーチとも同じ見解らしく、揃ってボード上のあるマッチアップを指さした。
「リストさんvsロイド選手ですか……」
簡単に指さすナリンさんと対照的にジノリコーチは頑張って手を伸ばして、という風景に少し笑えるものを感じながらも俺はシリアスな声で言った。
「ええ。ここまでかなり翻弄されているであります。その蓄積が無ければ失点シーンも防げたかと」
サッカーを観ていると――特にダイジェストで簡単に済ませてしまう場合などは特に――失点シーンに分かりやすい『原因』を見つけてそれの対処を言いたくなるのだが、多くの場合ほかに理由があってその積み重ねが結果として出ただけという事がある。ボクシングに例えるならKOパンチはアッパーカットだが、そこまでずっとボディを打たれていてそれで防御に穴があいた……みたいな。
しかしまあボクシングって競技人口の割にやたら他のスポーツでたとえ話に使われるよね? それだけ根源的に人の本能に呼びかけてイメージし易いのだろうけど。ちなみにもちろん、この世界では通じないので選手やコーチにはほぼ使っていない。
『空中戦だけなら五分じゃが思っていた以上に足下も上手くてのう!』
ジノリコーチがまた何か付け足し、ナリンさんがそれを伝えてくれた。俺はそれを聞きながら、実際にプレイ風景も見る。タイミング良くロングパスがロイド選手へ入り、彼女はリスト選手を半身になってブロックしながらボールをトラップし、身体が開いた方向へドリブル開始……と見せてヒールキックで真後ろにいたFWへ渡した。
「本当だマジで上手い! 見るとやるでは大違い、ってパターンか」
分析映像ではハイボールを相手DFと競り合いながらヘッドで落とし、味方の攻撃を見守るというタイプの選手だったが、目の前で見るロイド選手はボール扱いのテクニックもなかなかのモノで、動き直しもまったくサボらない好選手だった。
『ちょっと責任感じるっす。なんとか後半までに!』
側に駆け寄ってきたアカリさんが早口で叫んでコンコースの方へ消える。
「えっと?」
「後半までに分析映像を作り直してくれるかと。……たぶん、スカウティングをミスした自分のせいだと思ってらっしゃるであります」
ナリンさんの言葉を聞いて俺は納得がいった。いや、責任の部分ではなく行動の部分だ。そもそもロイド選手が空中戦中心のポストプレイヤーである、というのは俺も共通の見解だったし。見た映像でも殆どがそんなシーンだった筈だ。
しかし今日、違う面を出してきたと言うことは本来そういう事もできるプレイヤーであったか、相手がリストさんということで急ぎ仕込んできたか。その辺りを映像でチェックしてきてくれるのだろう。残念ながらベンチ付近では魔法装置も働かないからね。
「なるほど。やはりそこですか」
例えばここで、得点を上げたのはザイア選手だから彼女へのマークを厳しく、とするのはKOパンチがアッパーカットだったから顎を守る! というようなものだ。実際はロイド選手の対応がリストさんだけでは出来ず他にも負担がかかって、それで失点シーンではザイア選手へ行けなかった。だからロイド選手を抑える事を考えなければ、また失点してしまう。
それがコーチ陣の意見だった。
「マッチアップを変えるでありますか?」
「ですね」
アカリさんは後半までに、と言った。だから彼女は必ず後半までに何らかの分析――ロイド選手の足下のプレイをまとめた映像とか癖とか弱点とか――を出してくれるだろう。それについて全く疑ってもいない。
しかし俺はそれを座して待つつもりもなかった。この辺りは監督によってまちまちだ。選手の自主性と判断を信じハーフタイムまでシステム変更さえ殆どしない監督もいれば、前半でも選手交代まで行うタイプもいる。そこはもう個人の嗜好の範囲で基本的にサッカーに絶対の正解は無いと思っている。
ただ俺は積極的に手を打つゲーマータイプで、そんな部分がエルフという保守的な種族には無い特徴としてダリオさんに認められ、契約したのだと思っている。ならばその期待に応えねば。
『クエンとリストを入れ替えるかの? クエンならもう少し賢く対応できるかもしれん。或いはエルエルを入れるか? もちろん、彼女が出場できるのであれば、じゃが』
エルフと同程度に保守的なドワーフのコーチが何名かの名前を上げた。言ってる内容は分からないが、聞こえた名前でだいたいの事は分かる。てかこのドワーフの方もだいぶ俺のやり方に馴染んできたな?
「どっちもありでしょうけど、シャマーさんをDFに下げるのは? と言うか彼女の様子はどう?」
俺がそう訊ねると通訳もせず、通訳も待たず、エルフとドワーフは難しい顔になった。
それは本当に意外な光景だった。
俺は急いだ。急いだつもりではあったが足も息もついて来ず、スタジアム上空の魔法スクリーンに流されるリプレイにも間に合わず、得点シーンは確認できなかった。
「ザイア選手が見事なドリブルシュートを決めたであります。センターでボールを受けて、こう……」
ピッチ付近に来てしまっては魔法の翻訳アミュレットはもう機能しない。俺の言葉が分かり説明できるのはナリンさんだけなので、彼女が真っ先に反応しボード上に選手とボールの動きを再現してくれた。
「そこ抜かれるかー。急造3バックはこれだからなー」
3バックは――マンマークの場合とゾーンの場合で少々の違いはあるが――その名の通り中央を3人のCBが固めるシステムだ。その一番、堅い所をブチ抜かれるなんて……と言いたい所だが、その少し前のエリアで攻撃側がボールを保持した場合、3人全員が強いだけに誰がそこを潰しに行くのかが曖昧になってしまう危険性がある。
ましてやザイア選手は広い視野と巧みなドリブルセンスを持つテクニシャンだ。そういった穴を見つけるのが上手く、そこを選んで進み続けた結果、フィニッシュまで至る事ができたのだろう。
『失点の直接的な原因はザイア選手じゃが、問題はそっちではないのじゃ』
俺がボードと試合と交互に目をやっているとジノリコーチがやってきて、渋い顔で何か言った。
「ジノリコーチは失点シーンよりも気になる所があると言っているであります。実は自分もそれには同意見で」
両コーチとも同じ見解らしく、揃ってボード上のあるマッチアップを指さした。
「リストさんvsロイド選手ですか……」
簡単に指さすナリンさんと対照的にジノリコーチは頑張って手を伸ばして、という風景に少し笑えるものを感じながらも俺はシリアスな声で言った。
「ええ。ここまでかなり翻弄されているであります。その蓄積が無ければ失点シーンも防げたかと」
サッカーを観ていると――特にダイジェストで簡単に済ませてしまう場合などは特に――失点シーンに分かりやすい『原因』を見つけてそれの対処を言いたくなるのだが、多くの場合ほかに理由があってその積み重ねが結果として出ただけという事がある。ボクシングに例えるならKOパンチはアッパーカットだが、そこまでずっとボディを打たれていてそれで防御に穴があいた……みたいな。
しかしまあボクシングって競技人口の割にやたら他のスポーツでたとえ話に使われるよね? それだけ根源的に人の本能に呼びかけてイメージし易いのだろうけど。ちなみにもちろん、この世界では通じないので選手やコーチにはほぼ使っていない。
『空中戦だけなら五分じゃが思っていた以上に足下も上手くてのう!』
ジノリコーチがまた何か付け足し、ナリンさんがそれを伝えてくれた。俺はそれを聞きながら、実際にプレイ風景も見る。タイミング良くロングパスがロイド選手へ入り、彼女はリスト選手を半身になってブロックしながらボールをトラップし、身体が開いた方向へドリブル開始……と見せてヒールキックで真後ろにいたFWへ渡した。
「本当だマジで上手い! 見るとやるでは大違い、ってパターンか」
分析映像ではハイボールを相手DFと競り合いながらヘッドで落とし、味方の攻撃を見守るというタイプの選手だったが、目の前で見るロイド選手はボール扱いのテクニックもなかなかのモノで、動き直しもまったくサボらない好選手だった。
『ちょっと責任感じるっす。なんとか後半までに!』
側に駆け寄ってきたアカリさんが早口で叫んでコンコースの方へ消える。
「えっと?」
「後半までに分析映像を作り直してくれるかと。……たぶん、スカウティングをミスした自分のせいだと思ってらっしゃるであります」
ナリンさんの言葉を聞いて俺は納得がいった。いや、責任の部分ではなく行動の部分だ。そもそもロイド選手が空中戦中心のポストプレイヤーである、というのは俺も共通の見解だったし。見た映像でも殆どがそんなシーンだった筈だ。
しかし今日、違う面を出してきたと言うことは本来そういう事もできるプレイヤーであったか、相手がリストさんということで急ぎ仕込んできたか。その辺りを映像でチェックしてきてくれるのだろう。残念ながらベンチ付近では魔法装置も働かないからね。
「なるほど。やはりそこですか」
例えばここで、得点を上げたのはザイア選手だから彼女へのマークを厳しく、とするのはKOパンチがアッパーカットだったから顎を守る! というようなものだ。実際はロイド選手の対応がリストさんだけでは出来ず他にも負担がかかって、それで失点シーンではザイア選手へ行けなかった。だからロイド選手を抑える事を考えなければ、また失点してしまう。
それがコーチ陣の意見だった。
「マッチアップを変えるでありますか?」
「ですね」
アカリさんは後半までに、と言った。だから彼女は必ず後半までに何らかの分析――ロイド選手の足下のプレイをまとめた映像とか癖とか弱点とか――を出してくれるだろう。それについて全く疑ってもいない。
しかし俺はそれを座して待つつもりもなかった。この辺りは監督によってまちまちだ。選手の自主性と判断を信じハーフタイムまでシステム変更さえ殆どしない監督もいれば、前半でも選手交代まで行うタイプもいる。そこはもう個人の嗜好の範囲で基本的にサッカーに絶対の正解は無いと思っている。
ただ俺は積極的に手を打つゲーマータイプで、そんな部分がエルフという保守的な種族には無い特徴としてダリオさんに認められ、契約したのだと思っている。ならばその期待に応えねば。
『クエンとリストを入れ替えるかの? クエンならもう少し賢く対応できるかもしれん。或いはエルエルを入れるか? もちろん、彼女が出場できるのであれば、じゃが』
エルフと同程度に保守的なドワーフのコーチが何名かの名前を上げた。言ってる内容は分からないが、聞こえた名前でだいたいの事は分かる。てかこのドワーフの方もだいぶ俺のやり方に馴染んできたな?
「どっちもありでしょうけど、シャマーさんをDFに下げるのは? と言うか彼女の様子はどう?」
俺がそう訊ねると通訳もせず、通訳も待たず、エルフとドワーフは難しい顔になった。
それは本当に意外な光景だった。
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