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第二十四章

削り屋

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「シャアーー!」
 という音がスタジアムに響く。某ロボアニメのカリスマ悪役ではない。蛇が威嚇する時に発する音で、それがゴルルグ族流のブーイングなのだ。そしてその対象は選手ではなく明らかに俺だ。
「あらあら。怖い怖い」
 俺は実際にそう口に出して笑いながら例によってセンターラインぎりぎりこちらに立ち、エルフに背を向けゴルルグ族チームのウォーミングアップを眺める。
 俺たちの事情を知ってか、ゴルルグ族チームはスタメンを普段と違うのに変更してきた。CFのロイド選手はいる。中盤の司令塔、うっすら黒い鱗のザイア選手――因みに彼女も監督と同じく三首で、あとの二首は確かアイとトースという名前の筈だ。流石に毎回、全員分は言ってられないのでザイア選手と呼ぶ――もいる。
 ただDFのキーウーマン、ビア選手――ええと彼女はやや白い鱗に二つ首で相方はレインという名前だ。やはりビア選手と呼ぶ。昔からこの辺は他のどの種族も悩んでいたらしく、コーチ会議では真っ先に呼び名を決める所から始まった――がいない。
 ビア選手はいわゆるエースキラーのDFで、対戦チームの攻撃の要を潰すのが非常に上手い。まさに蛇の尾が巻き付くかのように相手選手に張り付き自由な行動を許さず、ボールを持たれてもすぐ反則スレスレ……というか反則も厭わないプレイで止めてくる。
 しかもそれだけではない。二本の首を駆使して審判の視覚を把握し、ずっと小突く。全種族の言語をわざわざ覚え、トラッシュトークープレイ――ながら行う口喧嘩のようなもの――を仕掛ける。なのに自分がファウル等をされたら大げさにアピールする。本当に汚く上手い選手で、多くのエースが彼女にペースを崩され自爆してきた。
 ところが、今ウォーミングアップをしているゴルルグ族のスタメンの方にビア選手はいなかった。ベンチ入りはしている筈だが控え選手の輪にもいない。
「んーっと?」
 俺はさっと見渡して彼女を見つけた。なんとビア選手は、文字通りベンチにいた。アップもせず靴も履かず、コーチ陣と何か話し恐らく笑っている。
「ほうほう。余裕、ってことか」
 今回のアローズに『エース』はいない。ダリオさんレイさんは登録外でリーシャさんはベンチにいるが体調不良。ゴルルグ族にとっての要注意ナイトエルフ、リストさんについては……どうもDF起用である事が見抜かれているようだ。あとタッキさんは面白いFWだが独力で何かできるタイプではない。それにモンクである彼女にはラフプレイもトラッシュトークも効きにくく相性が悪い。
 となれば温存するのが吉だろう。もともとビア選手は警告を受ける危険が大きい選手だ。いや、やってる事に対して貰ったイエローカードとレッドカードは非常に少ないのだが。
「タッキさんがチンピラでティアさんが素人だとしたらビア選手はプロだな……」
 俺はある事を思い出して思わず呟いた。いや随分と酷い言い草だが、ある時期の日本代表選手を出場時間と貰ったカードで比較検討したら、FWの某選手が非常に多く、SBの選手も散々な中、ボランチのある選手が殆ど貰っておらず
「チンピラ、素人、プロ」
とそれぞれ名付けられたのだ。
「ウチでさわやか893に就任できそうなのはクエンさんだけど、性格がなあ」
 爽やかな顔でエグいファウルを行う事で有名だった選手の異名――それがさわやか893だ。そう言えば彼が当時、所属していたチームがある県にもそんな名前のレストランがあったよな?――を思いだしながら、チラッとエルフ側を見る。見た目が純朴そうで身体能力抜群のクエンさんは、相棒のリストさんとパスを送り合っていた。
「条件は揃っているけど、後輩気質というか子分気質が抜けんとダメか」 
 俺は楽しそうなクエンさんの笑顔を見て苦笑いをする。彼女は変態が多いナイトエルフにしては珍しく純朴で、あくどいこともできない。中盤の底に入った時もクリーンな守備を徹底してくれていて、それはそれでファウルが少なく有り難いのだが、激しいプレイで周囲を鼓舞して欲しい時もある。
 例えばの話、自チームの選手が相手DFに削られた削り返す――ファウルになっても良いくらいに激しくぶつかって守備をする行為を『削る』という。その程度や範囲はかなり広く、単なる激しいチャージから擦り傷や打ち身くらいは与える、もっと明らかな負傷をさせるまで人それぞれだ――とかさ。
 いやそれはくだらない前世紀のマッチョイズムの現れでスポーツマンシップにそぐわない、という見解もあるが。一方でそうしないと相手チームに舐められて更に削られるので味方を守る為に仕方ないとか、そうする事でチームの絆を高めるとかの意見もある。たぶん絶対的な正解は存在しないだろう。
「リストさん、だなー」
 俺は少しだけ視線を動かしてナイトエルフの片割れを見た。リストさんなら迷わずにやる。普段は面白おかしいオタク趣味の変エルフでコミュ障気味だが、彼女は剣士であり部隊を率いるリーダーでもあった。何かのスイッチが入れば切った張ったのモードに入って、相手選手を容赦なく吹き飛ばす。そこに迷いは無い。
 クエンさんがそんな先輩に頼れてしまう限り、変わらないだろう。何処かのタイミングで独り立ちさせねば。例えば今日なら、途中から二刀流ナイトエルフを前線へ上げてしまうとか。
「どのタイミングになるか? だ」
 そう呟いて、視線をゴルルグ族チームの方へ戻す。リストさんが上がれば、ビア選手も投入されるだろう。そうなってからが本当の勝負かもしれない。
『両チーム、ウォーミングアップを終えてください』
 場内に何かのアナウンスが流れた。おそらく例によって時間終了の案内だろう。俺はビア選手の横顔を見て
「すぐに引きずり出してやるからな」
と呟きながらロッカーへ向かった。
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