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第二十四章
瀬戸際の話
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彼女らの名誉の為に断言するが、何というかそれはギリギリ間に合った。彼女らは成年エルフとしての尊厳を失わずに済んだのだ。但し、トイレの中は地獄絵図だったらしいが。
そしてそのトイレが『汚染』されてしまったので、もうそこを感染者専用のモノとし彼女らの病室もその付近に設定した。その外の廊下には洗浄エリアを設定し大量の布とアルコールを設置して俺が直接、ヒトとモノの出入りの監視につく。
と言っても出入りするヒトとは看護役を買って出たエルフのタッキさん――やはり彼女は修行によって病魔を退ける力を得ているらしい。モンクや格闘家ってゲームによってはタンク、壁役を担ってるもんな。ついでに言うとウチのセットプレーでも――だけだし、出て行くモノについてはマイラさんの魔法で氷漬けにしてシャマーさんの魔法の手で焼却炉へ運び、アイラさんが魔法で焼き尽くすのが大半だ。
焼き捨てるのが難しい、といったモノだけは俺が酒につけ消毒する。と言うか消毒できている事を祈るしかない。
どんなモノかって? 例えば瓶とか台車とか。あとタッキさんそのものとか。
「アハハ監督、くすぐったいヨー」
「すみません、我慢して下さい」
そんな訳で俺は隔離所から出てきたタッキさんの全身を、酒に浸した布でゴシゴシと擦っていた。霧吹きといった洒落たモノは無く、いくら身体が柔らかいモンクと言っても本人と言うか本エルフの手が届かない場所がある。だから俺がそうするしかない。幸い彼女は女性を感じさせない筋肉をしているので割と容赦なく力を込められる。
「……ふう。こんなもんですかね」
「ウン。監督、良くやってるネ! 対応どこで知ったノ?」
俺の問いとは言えぬ呟きにモンクが反応し、逆に質問してきた。しかも俺はタッキさんの消毒についてのつもりだったが、彼女は今回の集団感染に対する対応全般の話しだと思っている様だ。
「あー俺の働いていたコールセンターって場所は機密保持の為に物理的に閉鎖的で、で絶えず全員が喋っているので感染系の病気が天敵なんです。パートさんには子持ちの奥様も多くて、園で貰ってくるパターンもあって。なので会社の研修で少々。タッキさんは?」
俺は吹き終わった布を蓋のついたゴミ箱に捨てて訊ねる。この洗浄エリアには布と酒瓶を置く為の大きなテーブル、俺が方々へ連絡を取る為の魔法装置が設置された小さなテーブルと椅子、そしてゴミ箱があるだけだ。ただそれらの並びで廊下が区切られちょっとした部屋みたいになっている。
「ワタシは覇霊寺から派遣されてアッチ、コッチネー」
タッキさんはそう言いながらテーブルをぴょん、ぴょんと飛び越える。武術家の修行の様とも、今風に言えばパルクールの様とも言える。
「そっか、タッキさんは実戦経験者でしたね」
彼女が看護役を申し出てくれた時に聞いたが、覇霊寺のモンクたちは修行の一環として疫病や呪いに苦しむ村で奉仕活動をしたりするらしい。日本の昔話でも旅の僧がそういった場所を訪れ、医療やらお経やらで治療して去る、みたいな話があるもんな。まさにモンク、修行僧だ。
「ウン。でもこういう場所では珍しいカナー。ヤッパリ、夜にアンナことしたのが悪かっタ?」
タッキさんはそう言って少し申し訳なさそうな顔になった。確かに彼女の言う通りだ。そもそも疫病が流行ってお坊さんが助けに行く村などは貧しくて不衛生な場所が多く、この様な高級ホテルである事はまずない。それでもこういった場所で起きるには何か特別な原因が必要で、その一つがあの半裸ストライキ未遂というか準備と考えるのは、まあ普通の事だろう。
「そこは複合的な理由だと思いますけど。アレで風邪気味になっただけでここまではならないでしょうし。クラブハウスにいた頃から腹の中に抱えていたものが出たのかもしれないし、高温多湿なグレートワームの環境がお腹や食べ物に悪さしたのかもしれないし」
そして半裸ストライキの首謀者はシャマーさんだが、それも俺が税関で捕まったせいでもある。そして俺が捕まった理由は……。
やめよう。『なぜなぜ分析』は人に使ってはいけない。精神的に病むだけだ。それにどうせ使うなら、前向きな事に使うべきだ。
「そうだネ……。タッキ、頭悪いからいつも分からないまま終わっちゃウ」
「いやいや、タッキさんは良い頭を持ってますよ。また使って貰うかもしれませんから」
自虐的に笑うタッキさんに俺はすぐフォローを入れる。
「そうなノ? いや分かっタ! また誰かの顎に頭突きを入れるんでショ! 任せテ!」
エルフのモンクはそう言うと低い構えから空中へ頭を突き上げる。いや顎に入れたらまた退場になっちゃうでしょうが!
「うん、ヘディングも含めての話しですけどね。恐らく、試合が開催されるならタッキさんにはリーシャさんの代わりに1TOPへ入って貰う事になります。だから試合中にポストプレイを覚えて下さいね!」
「試合中!? 90分デ!? あと試合、本当にするノ!?」
本当に90分あれば良いほうだけどなあ。俺はそんな考えを隠しつつ、驚いてアレこれ聞いてくるワンタッチゴーラーに説明をするのであった。
そしてそのトイレが『汚染』されてしまったので、もうそこを感染者専用のモノとし彼女らの病室もその付近に設定した。その外の廊下には洗浄エリアを設定し大量の布とアルコールを設置して俺が直接、ヒトとモノの出入りの監視につく。
と言っても出入りするヒトとは看護役を買って出たエルフのタッキさん――やはり彼女は修行によって病魔を退ける力を得ているらしい。モンクや格闘家ってゲームによってはタンク、壁役を担ってるもんな。ついでに言うとウチのセットプレーでも――だけだし、出て行くモノについてはマイラさんの魔法で氷漬けにしてシャマーさんの魔法の手で焼却炉へ運び、アイラさんが魔法で焼き尽くすのが大半だ。
焼き捨てるのが難しい、といったモノだけは俺が酒につけ消毒する。と言うか消毒できている事を祈るしかない。
どんなモノかって? 例えば瓶とか台車とか。あとタッキさんそのものとか。
「アハハ監督、くすぐったいヨー」
「すみません、我慢して下さい」
そんな訳で俺は隔離所から出てきたタッキさんの全身を、酒に浸した布でゴシゴシと擦っていた。霧吹きといった洒落たモノは無く、いくら身体が柔らかいモンクと言っても本人と言うか本エルフの手が届かない場所がある。だから俺がそうするしかない。幸い彼女は女性を感じさせない筋肉をしているので割と容赦なく力を込められる。
「……ふう。こんなもんですかね」
「ウン。監督、良くやってるネ! 対応どこで知ったノ?」
俺の問いとは言えぬ呟きにモンクが反応し、逆に質問してきた。しかも俺はタッキさんの消毒についてのつもりだったが、彼女は今回の集団感染に対する対応全般の話しだと思っている様だ。
「あー俺の働いていたコールセンターって場所は機密保持の為に物理的に閉鎖的で、で絶えず全員が喋っているので感染系の病気が天敵なんです。パートさんには子持ちの奥様も多くて、園で貰ってくるパターンもあって。なので会社の研修で少々。タッキさんは?」
俺は吹き終わった布を蓋のついたゴミ箱に捨てて訊ねる。この洗浄エリアには布と酒瓶を置く為の大きなテーブル、俺が方々へ連絡を取る為の魔法装置が設置された小さなテーブルと椅子、そしてゴミ箱があるだけだ。ただそれらの並びで廊下が区切られちょっとした部屋みたいになっている。
「ワタシは覇霊寺から派遣されてアッチ、コッチネー」
タッキさんはそう言いながらテーブルをぴょん、ぴょんと飛び越える。武術家の修行の様とも、今風に言えばパルクールの様とも言える。
「そっか、タッキさんは実戦経験者でしたね」
彼女が看護役を申し出てくれた時に聞いたが、覇霊寺のモンクたちは修行の一環として疫病や呪いに苦しむ村で奉仕活動をしたりするらしい。日本の昔話でも旅の僧がそういった場所を訪れ、医療やらお経やらで治療して去る、みたいな話があるもんな。まさにモンク、修行僧だ。
「ウン。でもこういう場所では珍しいカナー。ヤッパリ、夜にアンナことしたのが悪かっタ?」
タッキさんはそう言って少し申し訳なさそうな顔になった。確かに彼女の言う通りだ。そもそも疫病が流行ってお坊さんが助けに行く村などは貧しくて不衛生な場所が多く、この様な高級ホテルである事はまずない。それでもこういった場所で起きるには何か特別な原因が必要で、その一つがあの半裸ストライキ未遂というか準備と考えるのは、まあ普通の事だろう。
「そこは複合的な理由だと思いますけど。アレで風邪気味になっただけでここまではならないでしょうし。クラブハウスにいた頃から腹の中に抱えていたものが出たのかもしれないし、高温多湿なグレートワームの環境がお腹や食べ物に悪さしたのかもしれないし」
そして半裸ストライキの首謀者はシャマーさんだが、それも俺が税関で捕まったせいでもある。そして俺が捕まった理由は……。
やめよう。『なぜなぜ分析』は人に使ってはいけない。精神的に病むだけだ。それにどうせ使うなら、前向きな事に使うべきだ。
「そうだネ……。タッキ、頭悪いからいつも分からないまま終わっちゃウ」
「いやいや、タッキさんは良い頭を持ってますよ。また使って貰うかもしれませんから」
自虐的に笑うタッキさんに俺はすぐフォローを入れる。
「そうなノ? いや分かっタ! また誰かの顎に頭突きを入れるんでショ! 任せテ!」
エルフのモンクはそう言うと低い構えから空中へ頭を突き上げる。いや顎に入れたらまた退場になっちゃうでしょうが!
「うん、ヘディングも含めての話しですけどね。恐らく、試合が開催されるならタッキさんにはリーシャさんの代わりに1TOPへ入って貰う事になります。だから試合中にポストプレイを覚えて下さいね!」
「試合中!? 90分デ!? あと試合、本当にするノ!?」
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