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第二十三章

でもデモ

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 考えてみれば搬入口というのは盲点だが利に適っていた。ほどほどの広さがあり道具もある。そして人目につかず、何より掃除もし易い。
「よく見つけてくれましたね、こんな所まで探して貰って……」
「いえ、お気になさらず。そうだ! ご案内後、自分は大浴場の準備を行いますが、そちらへの道程はご存じですか?」
 ゴルゴンさんは首を横に振ったのち、少し傾げてナリンさんの顔を覗き込む。動きだけ言えば獲物に飛びかかろうとする蛇のそれだが、実際は機転と親切心からの行為だ。
「何から何まで申し訳ないであります! 大丈夫、分かるであります!」 
 既にこのホテルを何度も利用し、今回も数日前から宿泊しているナリンさんはもちろん余裕で把握しているようだ。両者の間で他者に気遣いをするタイプ同士が被った時の何とも言えない譲り合いが発生した後、ゴルゴンさんは一礼してその場を去った。
 さて、次は遠慮ないあのエルフをとっちめる時間だ。

「顔から塗らないと、下に垂れて描きになるからねー」
「ユイノさん、しゃがんで貰えますか?」
「あ、じゃあ自分とユイノさん、長身同士で組みましょう。シノメさんはタッキさんとで」
「タッキさん、入れ墨と被らないー?」
「大丈夫ヨー。でもツンカ、ちょっとくすぐったいネ」
「フリーズ! 動かないで!」
 そんな会話と正気を疑うような風景が、搬入口前の空いたスペースで繰り広げられていた。

 この搬入口と言うのはいわゆる裏方用の出入り口で、主に食材や物資をお客様の目に触れずに館内へ持ち込む入り口の事だ。ホテルや劇場だけでなく、なにげにスタジアムにもあるのでお馴染みと言えばお馴染みだ。
 なおここザ・ウォーマー・ワンの搬入口には棚やスロープと広い空間が用意され、もし地球であればトラックやリフトが出入り展開し余裕で積み卸しを出来るだろう。
 だがもちろんこの世界にはそんな乗り物はなく、台車や小さな荷馬車、そして未搬入のまま外に置かれた食材――恐らく『彼女ら』が邪魔で作業を終えられてないのだろう――などが端の方に寄せられている。
 そしてそれより少し中央寄りにはこの場に似つかわしくない物体がいくつか、塗料の入ったバケツや刷毛、そして乱雑に脱ぎ捨てられた衣服などが散らばっている。
 最後にこのスペースの中央。そこには下着姿で互いの肌に派手な色彩で文字や絵を描きつけているイカれたエルフ達の姿が6体あった。

「何をしてはるんですか?」
「あ、これはねー。不当拘束されたショーちゃんの即時釈放を、ハンガーストライキならぬ半裸ストライキで訴える有志の集いなのだ!」
 俺が背後からそっと訊ねると、シャマーさんは既にピンクと黄色で染められた控えめな胸を張って言った。
「塗料を顔に塗れば、拘置所前でデモをしても素性がバレませんし」
 そう応えたのは恐らくシノメさんだ。眼鏡がない上に顔が真っ青なので確証はないが、この体型はたぶん彼女だろう。
「でもなんで下着姿?」
「監督、そんなことも分からないの? 下着だったら肌にメッセージを書き込めるし、視線もそっちに行くんだよ?」
「一石二鳥ネー」
 ユイノさんが諭すように話し、タッキさんも嬉しそうに続いた。タッキさんが一石二鳥と言うと武術の技みたいに聞こえるな。
「えっと、シャマーさん、シノメさん、ユイノさん、タッキさん、ヨンさん、ツンカさんの6名で間違えないですか?」
 俺は眼鏡をかけ、隣に控えるナリンさんの作戦ボードを覗き込んで訊ねた。
「そうですね」
 ナリンさんが表を見せながら応える。一応、全員控え選手だ。スタメンに声をかけないだけ、まだシャマーさんも理性が働いたか。
「あ、ナリンも来たんだー? 一緒にする?」
「監督もナリンさんが加わった方が嬉しいよね?」
 振り返ったシャマーさんがナリンさんに、ユイノさんが俺にとそれぞれ問いかける。
「それは実際に監督に見て頂いて判断しな……え? 監督!?」
 そこまで言って、遂にヨンさんが俺の存在に気づいた。
「かっ、監督! なぜここにいるんですか!?」
 そう言いつつ長身FWは小柄なタッキさんの後ろへ隠れる。
「あ、ほんとダー! 久しぶリー!」
「ショー!? 無事だった? 怪我ない? ハグさせて!」
 脳天気に手を振るタッキさんの横からツンカさんが飛び出し抱きしめようとしたが、俺は素早く飛び退いた。辞めろ! ペンキ? がつくだろ!
「諸々、協力頂いて今は自由の身です!」
「監督、私たちが助ける前に脱走しちゃったの?」
 ユイノさんが心配そうに訊ねる。脱走言うなや合法的な釈放やっちゅーねん!
「みなさんはバカな事をしてくれた……しようとしてくれたもんですね」
「監督、あの、説明させてください」
 いつの間にか上着と眼鏡を着用したシノメさんが会話に割り込み何か言おうとする。
「いえ、結構です。どうせ首謀者はシャマーさんでしょ?」
が、俺は手を挙げてそれを制止し、悪いキャプテンの方を睨んだ。
「う、ごめんショーちゃん……」
 睨まれたシャマーさんはいくらかばつが悪そうな顔をする。
「反省してください」
「うん、先に脱出されちゃったー。ちょっと作戦始動が遅かったかなー」
「そうじゃありません!」
 俺は話している間にナリンさんが集めてくれた彼女らの衣服を手に取り、それぞれに投げながら続ける。
「いくら蒸し暑いグレートワームだからって、夜に半裸でこんな格好して体調崩したらどうするんですか! それに本当にデモとかしたら国際問題ですよ! しかもそんな恰好で……」
「OH! ソーリー、ショー……」
 俺が語気荒くそう説明すると、いつも元気なツンカさんたちも流石にシュンとする。
「ここの片づけは俺たちがするので、皆さんはさっさと大浴場で塗料落として寝てください!」
「えっ!? 良いんですか?」
「良くないけど……今回は俺も落ち度があるので不問にします」
 俺は訊ねるヨンさんにそう断言した。特に彼女は他の子引っ張られた、ってタイプだろうし。
「コンシェルジュさんが浴場で待機してくれているから。早く行きなさい」
 ナリンさんも続いて優しい声で言う。
「ううっ、監督、ごめんねー」
「反省する……アチュー!」
 ユイノさんが涙声で謝罪し、続くツンカさんがタイミングよく、くしゃみした。ツンカさん、くしゃみまでアメリカンなんだな。
「ほらほら。本当に風邪ひきそうじゃん! 早く行って」
 俺が笑いながらそう言うと、みんなも少し緩んだ空気になった。次々と頭を下げて館内へ走って行く。
「やれやれ……」
 コーチ陣とのカレーミーティングの後、俺はシャマーさんの計画を聞きつけ慌てて探しに走ったのだが……なんとか間に合ったか。
「お帰り早々、お疲れさまです」
「いえいえ。変な話しだけど、『帰ってきたなー』て実感してます」
 俺はそう言って周囲の片づけに着手しつつ、ナリンさんと視線を合わせて笑った。

 しかし、本当は笑っている場合ではない事に、その時は気づいていなかった。

第二十三章:完
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