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第二十三章

スパイスを与える存在

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「ゴルルグ族、ですか」
 ダリオさんは視界内にいる何名かの蛇人に視線をやりながら言った。
「ええ。他の種族であれば、それは我々チームメイトにとってすらですが、ナイトエルフは理解の範囲外の存在です。でもゴルルグ族だけは彼女らを深く研究しているんです」
 そのテクニックやアイデアだけでなく、地上では殆ど知られていない存在である、という部分もナイトエルフの優位点だ。特にレイさんのトラップやドリブル等はゲームで言う『初見殺し』だ。手前味噌だが俺たちはそれを巧みに利用して序盤の勝ち点を稼いできた。
 だがそれは地上相手の話である。地下の相手には通用しない。元々、研究熱心と言うか偏執的に他種族の情報を集める蛇人たちだが、同じ大洞穴の住人で定期交流戦の相手とならばその蓄積は俺の想像の上を行く筈だ。
「ゴルルグ族にとってはリストもクエンも驚く相手、未知の存在ではない、と」
「そうです。アカリさんサオリさんなんか、担当じゃない時から調べてたくらいですから」
 ゴルルグ族から引き抜いたスカウティング――他のチームの情報を集めたり分析したりするスタッフだ――担当の名を挙げて俺は言った。
「確かに。まあサオリさんの場合、個人の趣味も入っていた様ですが。……所で未知の存在と言えば、私にとって未知の存在が来たみたいですよ?」
 ダリオさんは目を輝かせつつ、そう言った。だが彼女に言われるまでもなく俺はその存在に気付いていた。
 鼻で。

「カレーライス、お持ちしました」
 ゴルルグ族のウエイターさんが持ってきたのは濃厚で香ばしく何とも食欲をそそる独特の匂いを発する黄色い液体、間違いなくカレーであった。
「ありがとうございます」
 たいてい皿も熱々になっているので、俺は受け取らずテーブルの上の物を整理して場所を空け、彼が置くのを見届けて礼だけ言った。
「とても熱そうですね」
 ダリオさんは唇を舐めながら呟いた。普段であれば艶めかしく見とれる仕草だが、俺の目の前にはより魅惑的にテラテラ光る物体がある。ダリオさんに断りを入れグラスの水に付属のスプーンを軽く浸し、頂きますと小さく呟いてスプーンにカレーとライスを適量載せ一口、口に入れる。
「(……う、美味い!)」
 香辛料の辛さとスパイスの刺激が口内に広がり、俺は思わず心の中で叫んだ。カレーライスは俺のいた社員寮でも出してくれる料理で、俺がこの世界に来る切っ掛けになったウイイレ大会で勝利していれば――その試合には寮の夕食をリクエストできる権利もかかっていた――真っ先に選んでいたメニューだ。実際に口にするのは何ヶ月ぶりだろう?
「(しかもホテルのカレーだと言うのに適度に庶民的だ!)」
 ホテルカレーと言えばワインが入っていたり何か知らんけど高そうなキノコ類が入ったり気取ったイメージがある。しかしこのカレーは俺が知る、町の食堂で食べるようなチープな味わいもある親しみやすい一品だった。
 サッカードウにおいては厄介なゴルルグ族さんの研究熱心さだが、今だけは心から感謝だな……!
「ショウキチさん、もし宜しければ……」
 ダリオさんがおずおずと声をかけてきた。普段の大人びた感じはやや減り、まるで少女の様だ。
「食べますか? はい、どうぞ」
 正直、俺は腹がめっちゃ減っている。『カレーは飲み物』の名言を体現するかのように一気に飲み込んでしまう事だってできそうな位だ。
 だがそれ以上に、カレーを食べてみたそうにしているダリオさんが可愛かった。そして、実際口にしたらどうなるのか見てみたかった。
「良いんですか!? ありがとうございます」
 ダリオさんは礼を言うと、俺を真似てほどほどにカレーとライスを掬って口へ運んだ。
「……まあ!」
 目を見開いた時から彼女の興奮は分かっていた。だがダリオさんは礼儀正しく食事を全て飲み込むまで口を開かなかったし、俺も辛抱強くそれを待った。
「お口に合いますか?」
「合います! 美味しいです! こんなの初めて……」
 上を向いて足をややバタつかせながら感動を表す言葉を探そうとしているダリオさんに、俺はジェスチャーでもう一口どうぞ? と示す。
「はい! 頂きます!」
 お酒が入った時以外は己を厳しく律している王族にして元キャプテンだが、カレーの魔力には屈したようだった。異世界に何か持ち込んで無双する創作物はよくあるらしくステフなんかはそれ系の愛読者らしいが、カレーならそれも容易に納得できるかもしれない。
 と、俺が考えている間にダリオさんが掬った一盛りは、スプーンの面積で物理法則を越えた大きさだった。まさかこのエルフ、魔法を使って『一口』を拡大している!?
「あー」
「あっ」
 俺が気付いた事に気付いたダリオさんは残念そうに舌を出し――因みにその舌もカレー色に染まっていて子供みたいだ――スプーンを戻そうとした。
「良いですよ。小細工せず好きなだけ食べて下さい」
「やりました! あ、いえ、良いのでしょうか?」
「塩分や脂質の多さを考えれば食べ過ぎは良くないですが、ダリオさんは試合にエントリーしてないしその量なら」
 俺がそう言うとダリオさんは嬉しそうに頷き、皿を自分の前へ持って行って本格的に食べ始めた。実際、カレーと言うのはアスリートにとって最良の料理と言う訳ではない。ヘルシーとは言い難いし刺激物でもあるし。一方で味や精神面での効用は高く、日本では多くの選手が勝負飯として挙げている。
 もし選手全体に好評の様なら、コーチ陣やコック陣と相談して食堂のメニューに加えるのもアリかもしれないな……。
「ショーキチ殿!」
 俺の想いが彼ら彼女らへ至ったその時、ちょうどその彼女からの声が俺の耳へ届いた。
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