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第二十三章
蛇の都市の光と……
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荷物を一つ持ってくれるというダリオさんに素直に従って――選手としての移動中はともかくドレスを着ている女性にポシェットより重い物を持たせるのは忍びないが、中に入っているのは恐らくレイさんのお土産なので執着できない――俺は収監されていた施設の廊下を歩き、外へ出た。
「おおう、未来都市!」
入国管理ゲートである程度の心構えはできていたが、ゴルルグ族の都市グレートワームはかなりSFが入った街だった。
空にそびえる高層建築、街中に張り巡らされた透明チューブの様な道路、良く分からない文字と映像が流れる3D広告……。それらを包むのは半透明のドームで、それらがゴルルグ族にとって快適な気温――関西の盆地に住んでいた俺でもやや暑いと思う程度――を保っているらしかった。
「先にどこかで食事してから宿舎へ向かいますか? それとも直接?」
ダリオさんは伸縮性があるらしいその黒いドレスの胸元を空けて空気を入れながら訊ねてきた。どうやらエルフにとっても暑いらしい。
「しょ、食事っすか!? れ、レストランとかもあるんですか?」
その胸元に見てはいけないモノを見たような気がして、俺は慌てて目を反らしうわずった口調で問い返す。
「ええ。ここは観光都市なので、そういうのが揃っているのです。お洒落な食事と音楽を提供して、お酒が飲める夜のお店もあるのですよ?」
ダリオさんは『音楽』と口にする時に少し踊るように身体を揺らしながら言った。当然、窮屈な試練に耐えた彼女の身体の一部も揺れる。
「よ、夜のお店かー」
それはかなり魅力的な話だ。俺も大人になればこんな綺麗な女性をエスコートして、酒でも飲みながら『君の瞳に乾杯』とか言うようになるもんだと漠然と思っていたもんだけどなー。
「まあ、この街は『外向き』の街で、実際の居住区はかなり違うと聞いていますが」
と、ダリオさんは急に少し暗い顔になって呟いた。そうだ、グレートワームはゴルルグ族が他の種族を迎え、サッカードウの試合をし、交流する為に作られた天候管理都市だ。確かに文明レベルは高く快適に過ごせるかもしれないが、他の種族の出入りをここまでに留めゴルルグ族の真の姿を見せないようにする役割もある。言ってみれば出島だとか、半鎖国状態の国が観光客に見せる為に綺麗にしてある大通りみたいな存在だ。
そしてその真の姿と言えば、なかなかに過酷なモノだそうだ。交流があったナイトエルフ達、そして当の蛇人であるアカリさんサオリさんによれば彼ら彼女らの真の住処は大洞穴の中で、暗く過酷な環境とゴリゴリの階級差別監視社会が君臨しているらしい。
種族間戦争こそもう50年も行われていないが自分たちがこの大陸でもっとも優れた種族である、という考えは強く、その為にゴルルグ族は自分たちを厳しく律し他の生物を抜け目なく監視しているのだ。
まあ確かに文明レベルが幾段も落ちる異世界へ種族ごと転移してくれば、そういう考えになってしまうこともあるかもしれない。
なにせ他ならぬ俺だって地球とここの文明の差に戸惑う毎日だし。なるべく、『この世界は劣っていて仕方ないな』とか『進んでない奴らに啓蒙してやろう』みたいに考えたり態度に出したりしないようにし、逆に勉強になる部分は見習おうとしているが。
しているよね? できているかなあ。
「ダリオさんは優しくて素敵ですよね」
俺は彼女の暗い気分を少し和らげたくて言った。
「私が、ですか?」
姫様は驚いて口に手を当てて言った。そう、彼女のエルフの王国は姫という存在で分かる通り万民が平等な民主主義ではない。王族貴族という確固たる支配者階級がおり、富裕層がおり、普通の民や貧しい民がいる。
それでも彼女たちはかなりの善政を敷いている方だと思う。階級が上の者が下の者を理由もなく害すれば罰せられるし、身分によってつけない職業も無いし、貧民を救う制度もある。
それを支えているのは社会の仕組みではなくエルフという種族の根本的な善性だ。簡単に言えば優しいから、悪い政治をしていない。それが良いことか悪いことかは別にして、とりあえずエルフたちはかなり幸せに生きているように見える。
で、その優しいエルフにとって伝え聞くゴルルグ族下層民の暮らしは少々、胸が痛むものらしかった。それが彼女が蛇人たちの居住区について自ら口にした時に、暗い顔になった理由だった。
「自分の国のことでもいっぱいいっぱいなのに、他の国の民のことを心配しているんですよね? 優しいって証拠ですよ」
俺がそう言うとダリオさんは一気に顔を赤くした。実際、父親であるレブロン王があんな感じだし、彼女が国政に果たす役割は非常に大きいものらしい。正直そんな彼女をたかがスポーツへ駆り出していて良いものか? と思う時もある。
「ショウキチさん……」
ダリオさんは顔を赤くしたまま少しうつむき、眼鏡を外した。そしてしばらく眼鏡を持った手で眉の辺りを触っていたが、急に自分の胸を隠すような姿勢を取った。
「『おっぱいおっぱい』ですって? そんなに胸が気になります?」
「そんな事は言ってません!」
なんだよシリアスな雰囲気かと思ってたのにドーンエルフって奴らは!
「でも先ほど、私の胸元を見てましたよね?」
「見てません!」
見てたけどね!
「ふふ。気兼ねなく見れるよう、個室のある飲食店へ寄りますか?」
「いや、直接宿舎へ行きましょう! 時間が無くなりました!」
俺は通じないが腕時計を示す仕草をし、さっと彼女に背を向けた。
「あら? 失敗しちゃいましたね、残念。では乗用蛇を呼びます」
ダリオさんはそう言い、恐らくタクシー的な存在を呼びに少し離れた。前言撤回だ。この世界にもうちょっと倫理観とか男女の慎みみたいなのを啓蒙したい……。
「おおう、未来都市!」
入国管理ゲートである程度の心構えはできていたが、ゴルルグ族の都市グレートワームはかなりSFが入った街だった。
空にそびえる高層建築、街中に張り巡らされた透明チューブの様な道路、良く分からない文字と映像が流れる3D広告……。それらを包むのは半透明のドームで、それらがゴルルグ族にとって快適な気温――関西の盆地に住んでいた俺でもやや暑いと思う程度――を保っているらしかった。
「先にどこかで食事してから宿舎へ向かいますか? それとも直接?」
ダリオさんは伸縮性があるらしいその黒いドレスの胸元を空けて空気を入れながら訊ねてきた。どうやらエルフにとっても暑いらしい。
「しょ、食事っすか!? れ、レストランとかもあるんですか?」
その胸元に見てはいけないモノを見たような気がして、俺は慌てて目を反らしうわずった口調で問い返す。
「ええ。ここは観光都市なので、そういうのが揃っているのです。お洒落な食事と音楽を提供して、お酒が飲める夜のお店もあるのですよ?」
ダリオさんは『音楽』と口にする時に少し踊るように身体を揺らしながら言った。当然、窮屈な試練に耐えた彼女の身体の一部も揺れる。
「よ、夜のお店かー」
それはかなり魅力的な話だ。俺も大人になればこんな綺麗な女性をエスコートして、酒でも飲みながら『君の瞳に乾杯』とか言うようになるもんだと漠然と思っていたもんだけどなー。
「まあ、この街は『外向き』の街で、実際の居住区はかなり違うと聞いていますが」
と、ダリオさんは急に少し暗い顔になって呟いた。そうだ、グレートワームはゴルルグ族が他の種族を迎え、サッカードウの試合をし、交流する為に作られた天候管理都市だ。確かに文明レベルは高く快適に過ごせるかもしれないが、他の種族の出入りをここまでに留めゴルルグ族の真の姿を見せないようにする役割もある。言ってみれば出島だとか、半鎖国状態の国が観光客に見せる為に綺麗にしてある大通りみたいな存在だ。
そしてその真の姿と言えば、なかなかに過酷なモノだそうだ。交流があったナイトエルフ達、そして当の蛇人であるアカリさんサオリさんによれば彼ら彼女らの真の住処は大洞穴の中で、暗く過酷な環境とゴリゴリの階級差別監視社会が君臨しているらしい。
種族間戦争こそもう50年も行われていないが自分たちがこの大陸でもっとも優れた種族である、という考えは強く、その為にゴルルグ族は自分たちを厳しく律し他の生物を抜け目なく監視しているのだ。
まあ確かに文明レベルが幾段も落ちる異世界へ種族ごと転移してくれば、そういう考えになってしまうこともあるかもしれない。
なにせ他ならぬ俺だって地球とここの文明の差に戸惑う毎日だし。なるべく、『この世界は劣っていて仕方ないな』とか『進んでない奴らに啓蒙してやろう』みたいに考えたり態度に出したりしないようにし、逆に勉強になる部分は見習おうとしているが。
しているよね? できているかなあ。
「ダリオさんは優しくて素敵ですよね」
俺は彼女の暗い気分を少し和らげたくて言った。
「私が、ですか?」
姫様は驚いて口に手を当てて言った。そう、彼女のエルフの王国は姫という存在で分かる通り万民が平等な民主主義ではない。王族貴族という確固たる支配者階級がおり、富裕層がおり、普通の民や貧しい民がいる。
それでも彼女たちはかなりの善政を敷いている方だと思う。階級が上の者が下の者を理由もなく害すれば罰せられるし、身分によってつけない職業も無いし、貧民を救う制度もある。
それを支えているのは社会の仕組みではなくエルフという種族の根本的な善性だ。簡単に言えば優しいから、悪い政治をしていない。それが良いことか悪いことかは別にして、とりあえずエルフたちはかなり幸せに生きているように見える。
で、その優しいエルフにとって伝え聞くゴルルグ族下層民の暮らしは少々、胸が痛むものらしかった。それが彼女が蛇人たちの居住区について自ら口にした時に、暗い顔になった理由だった。
「自分の国のことでもいっぱいいっぱいなのに、他の国の民のことを心配しているんですよね? 優しいって証拠ですよ」
俺がそう言うとダリオさんは一気に顔を赤くした。実際、父親であるレブロン王があんな感じだし、彼女が国政に果たす役割は非常に大きいものらしい。正直そんな彼女をたかがスポーツへ駆り出していて良いものか? と思う時もある。
「ショウキチさん……」
ダリオさんは顔を赤くしたまま少しうつむき、眼鏡を外した。そしてしばらく眼鏡を持った手で眉の辺りを触っていたが、急に自分の胸を隠すような姿勢を取った。
「『おっぱいおっぱい』ですって? そんなに胸が気になります?」
「そんな事は言ってません!」
なんだよシリアスな雰囲気かと思ってたのにドーンエルフって奴らは!
「でも先ほど、私の胸元を見てましたよね?」
「見てません!」
見てたけどね!
「ふふ。気兼ねなく見れるよう、個室のある飲食店へ寄りますか?」
「いや、直接宿舎へ行きましょう! 時間が無くなりました!」
俺は通じないが腕時計を示す仕草をし、さっと彼女に背を向けた。
「あら? 失敗しちゃいましたね、残念。では乗用蛇を呼びます」
ダリオさんはそう言い、恐らくタクシー的な存在を呼びに少し離れた。前言撤回だ。この世界にもうちょっと倫理観とか男女の慎みみたいなのを啓蒙したい……。
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