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第二十一章
友情の酒
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「実の所、何をされているのか俺もさっぱり……」
事実である。ルーク聖林に来てここまで、誘拐された身とは言え俺はかなり丁重に扱われてきた。個室と案内係が用意され、一般のエルフからはフレンドリーに、デニス老公会からは敵意を感じつつも交渉相手としてそれなりに、だ。
それがまさかここに来て謎のウエイトレスさんに水をかけられ乳首を摘まれるような目に遭うとは。
「失礼しましたー。お注ぎいたしますねー」
また心の籠もっていない声でそのエルフは謝罪し有無を言わせずバートさんの手から瓶とグラスを奪うと、俺の前と俺から一番遠い所にグラスを置いて瓶の中身を注いだ。
「ごゆっくり……」
そして軽く頭を下げて去る。ここまで鮮や且つ滑らかな動きだ。俺たちにツッコム隙を全く与えなかった。
「何、あの子……知り合い?」
「え!? いや、そんな筈は……てバートさんの方の知り合いじゃないんですか?」
一つ考えた可能性は彼女はバートさんの知人で、力技で場を和ませようとしてあんな行動に走った、というものだ。
「知らないよ、あんな娘! 今まで見たこと無いし、トンカさんが新しい子を雇ったんだと思うけど」
しかしバートさんは首を横に振った。と言うことは別の可能性になるが、ちょっと早過ぎないかなそれ?
「まあいいや、飲も! これ、私がボトルキープしているちょっと良い果実酒なんだよ」
俺が悩む間にバートさんはさっと気を取り直し、すぐ左隣へグラスと椅子を持ってきて座った。
「え、そんなの俺が飲んで良いんですか?」
「ショーキチさんだから飲んで欲しいの! 迷惑かけてるお詫び、てのもあるけど、貴方はもう私にとって特別な人だから」
バートさんはグラスを掴み、熱っぽい目で揺れる果実酒の水面を見つめながら言った。
「はあ」
俺は頬をボリボリと掻きながら呟く。指先にさっきのウエイトレスさんの身体から移ったのかお化粧の粉がついて、そっちが気になってなんと答えたものか分からない。
「あはは! 何を言ってるんだろうね! ささ、飲んでのんで!」
まあ、大丈夫か。照れた様に笑うバートさんに促され、俺はグラスを呷った。甘い果実の香りと確かなアルコールが口内を、次に喉を熱くし身も心も暖かい感覚に包まれた。
「うわ、美味しい!」
甘くて美味しい、そして度数が意外と高い! これ地球で言う所のロングアイランドアイスティー――女の子を酔いつぶらせてお持ち帰りするのを狙う悪い男が使うので有名なカクテル――の類に近いんじゃないか!?
「気に入ってくれたようで良かった!」
だが俺の言葉を聞いたバートさんは罪のない笑顔で喜んで、更に酒を注ぐ。いやまあ、彼女がそんな事をする筈はないよな?
「ね、次はさ。こうやって腕をクロスさせて飲もう?」
彼女はそう言いながら俺の左腕に右腕を通し、グラスを持ち直す。
「え? なんか恥ずかしいな……」
「友情! 友情のポーズだから!」
そっか友情か! じゃあ普通だな!
「分かりました。では」
「せーの!」
俺もグラスを持ち直し姿勢を正すと、彼女は声をかけ一気にグラスを傾けた。
「(わっ! わっ! ストップ……できない!)」
そこで気付いた。バートさんが腕を持ち上げている以上、俺も腕を下に降ろせない。それはつまり彼女が酒を一気飲みするなら、俺もそれに付き合わざるを得ないのだ!
「ぷはーっ!」
「うわ、きつ……」
一杯目はまだ普通に飲めた。だが二杯目は強制的に一息だ。しかも俺は空きっ腹。目の前がクラクラしてきた。
って空きっ腹に強い酒ってゴブリンの檻場館でもやったな!?
「あはははは! ショーキチさん、顔真っ赤!」
「そりゃそうですよ!」
「じゃあ次は互いに飲ませ……」
「はい! お通しになりまーす!」
盛り上がるバートさんと朦朧とし始めた俺の間に、どすんと皿が置かれた。
「こちらお代わり自由ですー」
例のウエイトレスさんだ。再び俺の顔面に身体を押しつけながら、トレイに乗せてきた各種の料理をテーブルに並べていく。
「あのさあ!」
唐突にバートさんが立ち上がり、そのウエイトレスさんに指を突きつけ言い始めた。
「わたしとしょーきりさんは楽しくのんでるわけぇ? 分かる? じゃわぁしないでほしいら!」
その大声に周囲の目が一気に集まる。バートさんの視線と呂律は定まらず、声のボリューム調整は壊れている。つまりかなり酔っている。
「フン」
しかし酔漢を前にウエイトレスさんは冷淡な態度だ。トレイで顔をパタパタと扇いでいる。ふと、その仕草に思い出すものがあった。
「あーあー、すみません皆さん! バートさん、随分と酔っちゃったみたいで」
だが俺の記憶がハッキリとする前に、厨房からトンカさんが出てきて周囲とバートさんを宥めにかかった。
「トンカしゃん! ウエイトレスさんのしちゅけがなってましぇん!」
バートさんは次の標的をトンカさんと定めたようだ。更に怪しくなった呂律で問いつめる。
「ツンカがいたころはらのこがしゃんとして……あれ? そういえばトンカしゃんとしょーきちさんはしょらいめんなんらっ……け……?」
言葉の途中でバートさんはこちら――ウエイトレスさんから薬を貰いそれをお冷やで飲んでいた俺――を向いたが、最後まで言えずに倒れ込んだ。
「おおっとだぴい!」
力を失ったエルフの身体が床に当たる前にふさふさの羽毛がその身をキャッチする。俺はそれを見ながら、向こうのテーブルから立ち上がった懐かしい面々に声をかけた。
「中の客も全員、そうだったんだ。しかし随分、早かったね?」
事実である。ルーク聖林に来てここまで、誘拐された身とは言え俺はかなり丁重に扱われてきた。個室と案内係が用意され、一般のエルフからはフレンドリーに、デニス老公会からは敵意を感じつつも交渉相手としてそれなりに、だ。
それがまさかここに来て謎のウエイトレスさんに水をかけられ乳首を摘まれるような目に遭うとは。
「失礼しましたー。お注ぎいたしますねー」
また心の籠もっていない声でそのエルフは謝罪し有無を言わせずバートさんの手から瓶とグラスを奪うと、俺の前と俺から一番遠い所にグラスを置いて瓶の中身を注いだ。
「ごゆっくり……」
そして軽く頭を下げて去る。ここまで鮮や且つ滑らかな動きだ。俺たちにツッコム隙を全く与えなかった。
「何、あの子……知り合い?」
「え!? いや、そんな筈は……てバートさんの方の知り合いじゃないんですか?」
一つ考えた可能性は彼女はバートさんの知人で、力技で場を和ませようとしてあんな行動に走った、というものだ。
「知らないよ、あんな娘! 今まで見たこと無いし、トンカさんが新しい子を雇ったんだと思うけど」
しかしバートさんは首を横に振った。と言うことは別の可能性になるが、ちょっと早過ぎないかなそれ?
「まあいいや、飲も! これ、私がボトルキープしているちょっと良い果実酒なんだよ」
俺が悩む間にバートさんはさっと気を取り直し、すぐ左隣へグラスと椅子を持ってきて座った。
「え、そんなの俺が飲んで良いんですか?」
「ショーキチさんだから飲んで欲しいの! 迷惑かけてるお詫び、てのもあるけど、貴方はもう私にとって特別な人だから」
バートさんはグラスを掴み、熱っぽい目で揺れる果実酒の水面を見つめながら言った。
「はあ」
俺は頬をボリボリと掻きながら呟く。指先にさっきのウエイトレスさんの身体から移ったのかお化粧の粉がついて、そっちが気になってなんと答えたものか分からない。
「あはは! 何を言ってるんだろうね! ささ、飲んでのんで!」
まあ、大丈夫か。照れた様に笑うバートさんに促され、俺はグラスを呷った。甘い果実の香りと確かなアルコールが口内を、次に喉を熱くし身も心も暖かい感覚に包まれた。
「うわ、美味しい!」
甘くて美味しい、そして度数が意外と高い! これ地球で言う所のロングアイランドアイスティー――女の子を酔いつぶらせてお持ち帰りするのを狙う悪い男が使うので有名なカクテル――の類に近いんじゃないか!?
「気に入ってくれたようで良かった!」
だが俺の言葉を聞いたバートさんは罪のない笑顔で喜んで、更に酒を注ぐ。いやまあ、彼女がそんな事をする筈はないよな?
「ね、次はさ。こうやって腕をクロスさせて飲もう?」
彼女はそう言いながら俺の左腕に右腕を通し、グラスを持ち直す。
「え? なんか恥ずかしいな……」
「友情! 友情のポーズだから!」
そっか友情か! じゃあ普通だな!
「分かりました。では」
「せーの!」
俺もグラスを持ち直し姿勢を正すと、彼女は声をかけ一気にグラスを傾けた。
「(わっ! わっ! ストップ……できない!)」
そこで気付いた。バートさんが腕を持ち上げている以上、俺も腕を下に降ろせない。それはつまり彼女が酒を一気飲みするなら、俺もそれに付き合わざるを得ないのだ!
「ぷはーっ!」
「うわ、きつ……」
一杯目はまだ普通に飲めた。だが二杯目は強制的に一息だ。しかも俺は空きっ腹。目の前がクラクラしてきた。
って空きっ腹に強い酒ってゴブリンの檻場館でもやったな!?
「あはははは! ショーキチさん、顔真っ赤!」
「そりゃそうですよ!」
「じゃあ次は互いに飲ませ……」
「はい! お通しになりまーす!」
盛り上がるバートさんと朦朧とし始めた俺の間に、どすんと皿が置かれた。
「こちらお代わり自由ですー」
例のウエイトレスさんだ。再び俺の顔面に身体を押しつけながら、トレイに乗せてきた各種の料理をテーブルに並べていく。
「あのさあ!」
唐突にバートさんが立ち上がり、そのウエイトレスさんに指を突きつけ言い始めた。
「わたしとしょーきりさんは楽しくのんでるわけぇ? 分かる? じゃわぁしないでほしいら!」
その大声に周囲の目が一気に集まる。バートさんの視線と呂律は定まらず、声のボリューム調整は壊れている。つまりかなり酔っている。
「フン」
しかし酔漢を前にウエイトレスさんは冷淡な態度だ。トレイで顔をパタパタと扇いでいる。ふと、その仕草に思い出すものがあった。
「あーあー、すみません皆さん! バートさん、随分と酔っちゃったみたいで」
だが俺の記憶がハッキリとする前に、厨房からトンカさんが出てきて周囲とバートさんを宥めにかかった。
「トンカしゃん! ウエイトレスさんのしちゅけがなってましぇん!」
バートさんは次の標的をトンカさんと定めたようだ。更に怪しくなった呂律で問いつめる。
「ツンカがいたころはらのこがしゃんとして……あれ? そういえばトンカしゃんとしょーきちさんはしょらいめんなんらっ……け……?」
言葉の途中でバートさんはこちら――ウエイトレスさんから薬を貰いそれをお冷やで飲んでいた俺――を向いたが、最後まで言えずに倒れ込んだ。
「おおっとだぴい!」
力を失ったエルフの身体が床に当たる前にふさふさの羽毛がその身をキャッチする。俺はそれを見ながら、向こうのテーブルから立ち上がった懐かしい面々に声をかけた。
「中の客も全員、そうだったんだ。しかし随分、早かったね?」
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