上 下
378 / 651
第二十一章

トロール戦と交渉の終焉

しおりを挟む
 その後はかなり辛いシーンが訪れる事となった。まず頭部を負傷したパリスさんは下がり、交代選手としてタッキさんが入る。担架で運ばれる勇気ある選手パリスさんへ無事を祈る拍手が送られたが、治療用の布で顔面を覆って運ばれる彼女の様子はなかなか痛々しいものだった。
 そしてトロールチームと因縁があるモンクがFWにはいるとそこから玉突き的にエオンさんが左MF、ツンカさんが左SB、ティアさんがCB……とポジションを移動した。
 その大きなポジション変更にバランスを崩したアローズはプレスを効果的にかけられず、ボールを回すトロール代表に振り回され続けた。それでもなんとか前半をそれ以上失点せずに凌ぐが、後半は完全にトロールペースで試合が進み、例のタイミングでの攻撃が悉く成功。後半25分と41分に追加点、あとやはり小競り合いを起こしたタッキさんにイエローカードが出て試合終了。
 アローズは開幕5戦目にして初黒星を喫する事となった……。

「リーシャさんが常に裏を狙って相手のラインを押し下げます。もちろん、ポリンちゃんとタイミングが合えば一発でとっても良い。主要な目的は2列目の3名のスペースを与える事です」
「さっきのタイミングでセンタリングが上げれなかったのかって? いや、エオンさんは一度切り返すのでどうしても遅れますね」
「ヨンさんの仕事はDFラインの前で起点となること、守備の強度で不安があるアガサさんポリンちゃんの分も走る事です」
「タッキさんとアガサさんの相性は悪くないです。あの陰で肘打ちされてなかったらパスに追いついていた筈です」
「WBがボランチ横へ絞るのは中央を閉める為です。サイドなら相手に走られても良い」
 そんな中でも俺は自分が考える布陣の説明と差し込まれる質問への回答、そしていま行われている試合の現象についての解説を続けた。
 そして……
「今回は負けたが、お主が直々に指揮していれば勝てたと思うか?」
 試合終了を見届けて、ジャバさんが無念のため息を吐きながら俺に訊ねた。
「指揮、だけでは無理ですね」
 実の所、今現在の力関係ではトロールは10回やって8回負ける――と思っている事はごく少数にしか打ち明けていない。モチベーションに関わるからね――相手だ。仮にいま説明したプラン通りに動いても、だ。とは言えここでのプレゼンテーションはったりはこの先の俺の境遇を変えるかもしれないモノだ。俺は自信満々に続けた。
「ですが1週間、これに向けて準備できれば勝ち目はあります。ありました。あとここでも説明はできませんが、まだ明かしていないセットプレイも幾つかあります。トロールは機敏ではないしファウルも多いチームです。FKの機会も多いですから」
 俺がそう言うと、ジャバさんでもウォジーでもないデニス老公会のエルフが――そろそろ名前を聞きたいような、もうどうでも良いような――縋るように言った。
「今すぐお主を解放してチームに戻せば、その作戦で次のゴルルグ族に勝てると思うか?」
「いや、ゴルルグ族にはまた別のやり方になると思いますが」
 俺は少し微笑んでそのエルフに期待を持たせた上で、続けた。
「お断りします」
「なっ!?」
「サッカードウは相手あってのモノです。だから相手によって毎回やり方は違います。互いの持てる力と知恵を振り絞ってぶつかって、勝ったり負けたりする競技です。と言うか全ての力を出さなければ相手に失礼だ」
 言っている内容は1週間前の会談と大差ない内容だ。だが実際にデイエルフだけの布陣で挑んで敗戦したこと、そして自惚れて良ければ俺が試合中に見せたサッカードウへの姿勢がその言葉に説得力を与えていた。
「良いですか? 『全ての力』です。デイエルフだけの力ではありません。全エルフ、そしてアローズスタッフである全種族の力です。そもそも俺はアローズの、エルフ代表の資格として一番重要なのは『エルフチームの為に全てを捧げ、最後まで戦い続ける心』を持っているかどうか? だと思っています。ナイトエルフだデイエルフだとか、何処の名家の血筋だとかは関係ありません。ですから貴方たちの言う選抜方法で選んだ選手だけで闘うつもりもありません」
 本当ならここまでで良い筈だった。だが次の言葉を足してしまったのは俺の若さだろう。
「そもそも何故パリスさんをスタメンに入れたんですか? 負傷交代するまででもプレイはボロボロだったじゃありませんか! 当たり前です。俺を誘拐する為の騒ぎに一枚噛んでいたんだから、まともなメンタルでプレイできる訳ないでしょう! 彼女に怪我をさせたのはアンタたちだ!」
 話している間に自分の言葉で感情が高まってしまうという現象があるだろう。今の俺がまさにそれだった。
「パリスさんが許しても俺はお前たちを許さない。だがもしまともな心があるなら今すぐ彼女の所へ飛んでいって、謝罪して彼女を全力でサポートしろ! そうしたら考えてやる」
 いつもガニアさんにくっついて動いていて影が薄いが色んな意味でチームを支えてくれて、最近は少し俺にも打ち解けてくれてきたパリスさんの顔が思い浮かんだ。あとミノタウロス戦後の謝恩会で俺を抱き締めてくれた時の姿も。
「ショーキチさん……」
 怒鳴る俺の手を後ろからバートさんが掴んだ。見ると彼女の眼に涙が浮かんでいる。しまった、彼女まで泣かせる気はなかった。
「少し、時間をくれないか? 考えさせてくれ」
「食事でもとってきたらどうだ? バート、食堂へ案内すると良い」
 デニス老公会の面々の声も弱々しかった。途端に自分が老人に大人げない言葉を投げた若者に思えてくる。
「ええ。ショーキチさん、こっちへ」
 徐々に頭が冷えて自分がとんでもなく空気を悪くした事が実感として襲ってきた。俺は逃げ出すような気持ちでバートさんに続いてその部屋を出た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜

mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!? ※スカトロ表現多数あり ※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...