373 / 651
第二十一章
二つのお願い
しおりを挟む
外に出ると空はすっかり白くなっていた。あの早歩きの間に朝になっていたらしい。それから逆算すると、俺が最初の部屋で目覚めたのは真夜中を過ぎてからだろうか。
「みんなの元へ戻るけど。ショーキチさん、その前にお願いが二つあります」
「はい、何でしょう?」
歩きながらアビーさんは言い、彼女の先程の寂しげな笑顔が気になって俺は無条件でうなづく。
「私の事はまた『バート』って呼んで下さい。『アビー』はあの男がつけた名前なんで好きじゃないんです」
「はい、分かりました」
「ちなみに『あの男』というのは父です。母と私を置いて何処かへ消えた男です」
俺が聞いて良いものか悪いのか悩む手間をかけさせずに、バートさん――に戻そう。心の中でも――は教えてくれた。
「父はドーンエルフで、面白くて頭も良いエルフだったけど母や私より魔法の方が好きだったみたいです。それでもあの男がつけた名前でプレイを続ければいつか目に留めて帰って来てくれるかも? と思っていましたが、無意味でした」
そんな内容を口にしながらも彼女の表情は変わらなかった。既に変わりようがないくらい、暗いものになっていたから。しかしそんな事情があったのか。現象だけ言えばレイさんのケースと似てはいるが、バートさんのお父さんは行方が分からないんだな。
そう言えばレイさんは今、何をしているのだろう?
「それでバートさんもデイエルフである事に拘りを?」
ナイトエルフの天才少女を思い出した勢いで俺は聞き難い事を訊く。
「どうだろう? 家族の事を馬鹿にされて、ショーキチさんは真剣に怒ったよね? それがちょっと羨ましかった。私はあの男の事でそんな感情にならないもん。そんな私はデイエルフとは言えないし、ドーンエルフとも認めたくない。じゃあ私は誰なんだろう?」
バートさんの父は行方不明、レイさんの父母は行き違いで離れて――後に再会し共に生活できるようになった――暮らし、俺の家族は死んでいる。それぞれに事情が違う。だから簡単にコメントはできない。
例えば俺は父や母を記憶の中で美化できているが、それはもう変わることがないからだ。もし生き続けたら喧嘩して仲が悪くなった可能性だってある。一方、バートさんは父を恨み続けているようだ。会って失踪の理由を問いただす事も、死を確認して葬式をあげて心の区切りをつけることもできない。
だから俺が出来ることは……。
「バートさん!」
「ええっ!?」
俺は先を行くバートさんの手を掴み、後ろから抱き寄せた。
「バートさんはエルフ代表歴代最高のウイングプレイヤーで、みんなから愛されているツリーメイトで、やっかいなデニス老公会のオッサンたちに手を焼いてるボスで、あと俺のトモダチです。それで良いじゃないですか? と言うか問題なければトモダチになって下さい!」
色々と順番がおかしかった。まず抱いて、トモダチ宣言して、トモダチになってくれとお願いしているのだから。
「ははっ、おかしー」
だがバートさんは嬉しそうに笑って頷いた。
「うん、いいよ! トモダチになろう! でもさ、ここでこんな風に抱き合っていたら、『問題』になっちゃうかも?」
バートさんはそう言って周囲に目を配る。確かに、遠巻きに俺たちを見ているエルフが何名もいる。このままでは良くてカップルのイチャイチャ、悪ければ彼女を捕らえて脱走を試みようとしている人間に思われてしまうだろう。
「あわわ、すみません!」
俺は慌てて身を話した。『首ナイフ問題』もかなりの難問だが、そのままでは彼女のくびれにナイフじゃないものを突きつける事になりかねなかったからだ。
って何を言ってるの俺!?
「そうやってあの個性豊かな若い子たちを手懐けているのねー?」
「違います!」
どうやってだよ!? と心の中で突っ込む俺に、バートさんはまた急に真剣な顔になって告げる。
「もう一つのお願いを言います。ショーキチさんのその指導力をもって、私以外のデニス老公会も諭してやって下さい」
一つ目の時と同じく畏まった口調でお願いされてしまった。これまた無条件で応じるしかない。
「非才の身を捧げてその依頼に応えるつもりです」
「ふふっ、大げさな!」
「いえ、本当に大事なミッションですから。デニス老公会は味方につけなければ、と思ってまして」
都におけるアローズの人気は高まってきている。勝ち続ければ多種族にだってサポーターを増やせるだろう。だが何と言っても大多数のエルフからの支持を集めてこそのエルフ代表チームだ。
もちろん、その為に普及部を多地方へ派遣して草の根活動も行っているが、広くデイエルフに影響力を持つデニス老公会の支持を取り付ければ、その活動はより盤石のものになるだろう。
「『諭す』なんて上から目線の事はとてもじゃないができませんが、交渉できる部分や妥協点を何とか探らないと」
「あー!」
俺の言葉を聞いたバートさんが急に大声を上げ、空を見上げた。
「どうしたんですか!?」
つられて見上げた木々の隙間から見える青は、完全に昼に見えた。
「あれ?」
「点と言えば『勝ち点』! たぶん、今回は失っちゃったけど、何とか後で挽回してね?」
バートさんはそう言いながらゴメンね? と舌を出してウインクした。いや可愛いのは良いけど、どういうこと?
「ショーキチさんならきっとできるって! さあ、観に行こう!」
バートさんは首を捻る俺の手を引っ張り、ややこしい老公たちの待つ木まで俺を引っ張っていった。
そこで俺は信じられないモノを目にする事になった。
「みんなの元へ戻るけど。ショーキチさん、その前にお願いが二つあります」
「はい、何でしょう?」
歩きながらアビーさんは言い、彼女の先程の寂しげな笑顔が気になって俺は無条件でうなづく。
「私の事はまた『バート』って呼んで下さい。『アビー』はあの男がつけた名前なんで好きじゃないんです」
「はい、分かりました」
「ちなみに『あの男』というのは父です。母と私を置いて何処かへ消えた男です」
俺が聞いて良いものか悪いのか悩む手間をかけさせずに、バートさん――に戻そう。心の中でも――は教えてくれた。
「父はドーンエルフで、面白くて頭も良いエルフだったけど母や私より魔法の方が好きだったみたいです。それでもあの男がつけた名前でプレイを続ければいつか目に留めて帰って来てくれるかも? と思っていましたが、無意味でした」
そんな内容を口にしながらも彼女の表情は変わらなかった。既に変わりようがないくらい、暗いものになっていたから。しかしそんな事情があったのか。現象だけ言えばレイさんのケースと似てはいるが、バートさんのお父さんは行方が分からないんだな。
そう言えばレイさんは今、何をしているのだろう?
「それでバートさんもデイエルフである事に拘りを?」
ナイトエルフの天才少女を思い出した勢いで俺は聞き難い事を訊く。
「どうだろう? 家族の事を馬鹿にされて、ショーキチさんは真剣に怒ったよね? それがちょっと羨ましかった。私はあの男の事でそんな感情にならないもん。そんな私はデイエルフとは言えないし、ドーンエルフとも認めたくない。じゃあ私は誰なんだろう?」
バートさんの父は行方不明、レイさんの父母は行き違いで離れて――後に再会し共に生活できるようになった――暮らし、俺の家族は死んでいる。それぞれに事情が違う。だから簡単にコメントはできない。
例えば俺は父や母を記憶の中で美化できているが、それはもう変わることがないからだ。もし生き続けたら喧嘩して仲が悪くなった可能性だってある。一方、バートさんは父を恨み続けているようだ。会って失踪の理由を問いただす事も、死を確認して葬式をあげて心の区切りをつけることもできない。
だから俺が出来ることは……。
「バートさん!」
「ええっ!?」
俺は先を行くバートさんの手を掴み、後ろから抱き寄せた。
「バートさんはエルフ代表歴代最高のウイングプレイヤーで、みんなから愛されているツリーメイトで、やっかいなデニス老公会のオッサンたちに手を焼いてるボスで、あと俺のトモダチです。それで良いじゃないですか? と言うか問題なければトモダチになって下さい!」
色々と順番がおかしかった。まず抱いて、トモダチ宣言して、トモダチになってくれとお願いしているのだから。
「ははっ、おかしー」
だがバートさんは嬉しそうに笑って頷いた。
「うん、いいよ! トモダチになろう! でもさ、ここでこんな風に抱き合っていたら、『問題』になっちゃうかも?」
バートさんはそう言って周囲に目を配る。確かに、遠巻きに俺たちを見ているエルフが何名もいる。このままでは良くてカップルのイチャイチャ、悪ければ彼女を捕らえて脱走を試みようとしている人間に思われてしまうだろう。
「あわわ、すみません!」
俺は慌てて身を話した。『首ナイフ問題』もかなりの難問だが、そのままでは彼女のくびれにナイフじゃないものを突きつける事になりかねなかったからだ。
って何を言ってるの俺!?
「そうやってあの個性豊かな若い子たちを手懐けているのねー?」
「違います!」
どうやってだよ!? と心の中で突っ込む俺に、バートさんはまた急に真剣な顔になって告げる。
「もう一つのお願いを言います。ショーキチさんのその指導力をもって、私以外のデニス老公会も諭してやって下さい」
一つ目の時と同じく畏まった口調でお願いされてしまった。これまた無条件で応じるしかない。
「非才の身を捧げてその依頼に応えるつもりです」
「ふふっ、大げさな!」
「いえ、本当に大事なミッションですから。デニス老公会は味方につけなければ、と思ってまして」
都におけるアローズの人気は高まってきている。勝ち続ければ多種族にだってサポーターを増やせるだろう。だが何と言っても大多数のエルフからの支持を集めてこそのエルフ代表チームだ。
もちろん、その為に普及部を多地方へ派遣して草の根活動も行っているが、広くデイエルフに影響力を持つデニス老公会の支持を取り付ければ、その活動はより盤石のものになるだろう。
「『諭す』なんて上から目線の事はとてもじゃないができませんが、交渉できる部分や妥協点を何とか探らないと」
「あー!」
俺の言葉を聞いたバートさんが急に大声を上げ、空を見上げた。
「どうしたんですか!?」
つられて見上げた木々の隙間から見える青は、完全に昼に見えた。
「あれ?」
「点と言えば『勝ち点』! たぶん、今回は失っちゃったけど、何とか後で挽回してね?」
バートさんはそう言いながらゴメンね? と舌を出してウインクした。いや可愛いのは良いけど、どういうこと?
「ショーキチさんならきっとできるって! さあ、観に行こう!」
バートさんは首を捻る俺の手を引っ張り、ややこしい老公たちの待つ木まで俺を引っ張っていった。
そこで俺は信じられないモノを目にする事になった。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
社長の奴隷
星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる