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第二十一章

二つのお願い

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 外に出ると空はすっかり白くなっていた。あの早歩きの間に朝になっていたらしい。それから逆算すると、俺が最初の部屋で目覚めたのは真夜中を過ぎてからだろうか。
「みんなの元へ戻るけど。ショーキチさん、その前にお願いが二つあります」
「はい、何でしょう?」
 歩きながらアビーさんは言い、彼女の先程の寂しげな笑顔が気になって俺は無条件でうなづく。
「私の事はまた『バート』って呼んで下さい。『アビー』はあの男がつけた名前なんで好きじゃないんです」
「はい、分かりました」
「ちなみに『あの男』というのは父です。母と私を置いて何処かへ消えた男です」
 俺が聞いて良いものか悪いのか悩む手間をかけさせずに、バートさん――に戻そう。心の中でも――は教えてくれた。
「父はドーンエルフで、面白くて頭も良いエルフだったけど母や私より魔法の方が好きだったみたいです。それでもあの男がつけた名前でプレイを続ければいつか目に留めて帰って来てくれるかも? と思っていましたが、無意味でした」
 そんな内容を口にしながらも彼女の表情は変わらなかった。既に変わりようがないくらい、暗いものになっていたから。しかしそんな事情があったのか。現象だけ言えばレイさんのケースと似てはいるが、バートさんのお父さんは行方が分からないんだな。
 そう言えばレイさんは今、何をしているのだろう?
「それでバートさんもデイエルフである事に拘りを?」
 ナイトエルフの天才少女を思い出した勢いで俺は聞き難い事を訊く。
「どうだろう? 家族の事を馬鹿にされて、ショーキチさんは真剣に怒ったよね? それがちょっと羨ましかった。私はあの男の事でそんな感情にならないもん。そんな私はデイエルフとは言えないし、ドーンエルフとも認めたくない。じゃあ私は誰なんだろう?」
 バートさんの父は行方不明、レイさんの父母は行き違いで離れて――後に再会し共に生活できるようになった――暮らし、俺の家族は死んでいる。それぞれに事情が違う。だから簡単にコメントはできない。
 例えば俺は父や母を記憶の中で美化できているが、それはもう変わることがないからだ。もし生き続けたら喧嘩して仲が悪くなった可能性だってある。一方、バートさんは父を恨み続けているようだ。会って失踪の理由を問いただす事も、死を確認して葬式をあげて心の区切りをつけることもできない。
 だから俺が出来ることは……。
「バートさん!」
「ええっ!?」
 俺は先を行くバートさんの手を掴み、後ろから抱き寄せた。
「バートさんはエルフ代表歴代最高のウイングプレイヤーで、みんなから愛されているツリーメイトで、やっかいなデニス老公会のオッサンたちに手を焼いてるボスで、あと俺のトモダチです。それで良いじゃないですか? と言うか問題なければトモダチになって下さい!」
 色々と順番がおかしかった。まず抱いて、トモダチ宣言して、トモダチになってくれとお願いしているのだから。
「ははっ、おかしー」
 だがバートさんは嬉しそうに笑って頷いた。
「うん、いいよ! トモダチになろう! でもさ、ここでこんな風に抱き合っていたら、『問題』になっちゃうかも?」
 バートさんはそう言って周囲に目を配る。確かに、遠巻きに俺たちを見ているエルフが何名もいる。このままでは良くてカップルのイチャイチャ、悪ければ彼女を捕らえて脱走を試みようとしている人間に思われてしまうだろう。
「あわわ、すみません!」
 俺は慌てて身を話した。『首ナイフ問題』もかなりの難問だが、そのままでは彼女のくびれにナイフじゃないものを突きつける事になりかねなかったからだ。
 って何を言ってるの俺!?
「そうやってあの個性豊かな若い子たちを手懐けてたらしこんでいるのねー?」
「違います!」
 どうやってだよ!? と心の中で突っ込む俺に、バートさんはまた急に真剣な顔になって告げる。
「もう一つのお願いを言います。ショーキチさんのその指導力をもって、私以外のデニス老公会も諭してやって下さい」
 一つ目の時と同じく畏まった口調でお願いされてしまった。これまた無条件で応じるしかない。
「非才の身を捧げてその依頼に応えるつもりです」
「ふふっ、大げさな!」
「いえ、本当に大事なミッションですから。デニス老公会は味方につけなければ、と思ってまして」
 都におけるアローズの人気は高まってきている。勝ち続ければ多種族にだってサポーターを増やせるだろう。だが何と言っても大多数のエルフからの支持を集めてこそのエルフ代表チームだ。
 もちろん、その為に普及部を多地方へ派遣して草の根活動も行っているが、広くデイエルフに影響力を持つデニス老公会の支持を取り付ければ、その活動はより盤石のものになるだろう。
「『諭す』なんて上から目線の事はとてもじゃないができませんが、交渉できる部分や妥協点を何とか探らないと」
「あー!」
 俺の言葉を聞いたバートさんが急に大声を上げ、空を見上げた。
「どうしたんですか!?」
 つられて見上げた木々の隙間から見える青は、完全に昼に見えた。
「あれ?」
「点と言えば『勝ち点』! たぶん、今回は失っちゃったけど、何とか後で挽回してね?」
 バートさんはそう言いながらゴメンね? と舌を出してウインクした。いや可愛いのは良いけど、どういうこと?
「ショーキチさんならきっとできるって! さあ、観に行こう!」
 バートさんは首を捻る俺の手を引っ張り、ややこしい老公たちの待つ木まで俺を引っ張っていった。

 そこで俺は信じられないモノを目にする事になった。
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