356 / 695
第二十章
孤立の緑
しおりを挟む
「「ゴブーブーブー!」」
スタジアムにゴブリンたちのブーイングが鳴り響く。ゴブリンの観衆はある意味で辛抱強く、ある意味では辛抱強くない。どういう意味かと言うと、自分たちの応援しているチームが負けているからと言って足がスタジアムから遠ざかるという事は無いのだが、不甲斐ないサッカードウをしていたり、純粋にスコアに動きがなかったりすると途端に焦れて、不満の声を代表チームへ浴びせる、という事だ。
その声が更なる悪循環をもたらすとも知らずに。
『どっ、どうしろト!?』
ブーイングがもっとも応えてそうなのはカーリー選手の相棒のCB、グリーン選手だった。ゴブリンにしては大柄な体格――それもその筈、彼女はゴブリンの亜種でホブゴブリンという種族らしい――で、空中戦や一対一にそこそこ強い。隣のリベロ程ではないがDFの好選手だ。アローズで言うならシャマーさんがカーリー選手でムルトさんがグリーン選手、みたいな関係性だな。
だが試合冒頭の10分間で、彼女は悪い意味で目立ってしまった。俺たちが最も目をやったのは例のカーリー選手vsダリオ選手の静かな闘いだが、ゴブリン達の多くが目にしたのはその名の通り緑の肌の巨漢がフリーでボールを持ち、しかしパスを出す所に困って自信無さげにドリブルし、やはりパスを出せず途方に暮れる姿だった。
俺たちはカーリー選手にはマークをつけたしゾーンプレスも磨いてきた。しかしグリーン選手には敢えて何もつけずプレスにも行かず、敢えてドリブルのコースを空けて待ち構える体制をとったのだ。
「「ゴブーブー! ゴブーブー!」」
『ええイ! 通レ!』
そして遂にその時が訪れた。味方の筈のゴブリンサポーターの声に押され、グリーン選手は勝負の縦パスを入れた。
『ばっ、馬鹿カ!?』
言葉の意味は分からないが、カーリー選手の叱責と舌打ちが聞こえた気がした。グリーン選手が入れたパスの質そのものは悪くない。ボールを受けに降りてきたイグダーラ選手――もう一名のホブゴブリンで、同じくゴブリンよりは大柄だ――がクエンさんの脇に良い体勢で現れたからだ。
問題は出し手のグリーン選手の場所だ。一つには、彼女はボランチとほぼ横の位置からパスを出した。もしどちらかが斜め後ろの位置にいれば、そこからカウンターを喰らっても後ろの選手がカバーにいける。しかし横並びなら相手が一つ前にパスかドリブルするだけで、両者が置き去りにされてしまう。
そしてもう一つには……グリーン選手はある事に気づけない位置だった。そう、クエンさんの陰に、パスカットを狙うシノメさんが潜んでいる事に。
『クーさん!』
シノメさんはボールがグリーン選手の足から離れると同時に、横飛びしてパスコースへ身体を投げ出した。その膝にボールが当たり、クエンさんの前に落ちる。
『なニッ!?』
『オーケーッす!』
驚くグリーン選手の前でクエンさんがボールを上手くトラップした。ホブゴブリンには無からシノメさんが生じたように見えただろう。それがシノメさんの持ち味だ。
会計士も兼任するムルトさんの後輩さんはデイエルフにしては身体能力が高くないし気も強くない。腕相撲では左腕の俺に両腕で負けるし、領収書の提出が遅れても
「もう、監督! 怒りますよ~~めっ!」
と頬を膨らますだけで全然、怖くない。だが計算能力がムルトさんと同じ程度に高く、インターセプトが得意だ。他の選手の陰からすっと現れてパスをスティールしてしまう。
会計士さんが盗むとか言葉にするとあまり良くないけどね。
『リストパイセン!』
クエンさんはナイトエルフの同胞の名を呼びながら、グリーン選手の背後へパスを出した。シノメさんと対照的に、クエンさんは黒子的なボランチではない。優れた体格とパワーで、相手をなぎ倒すようにしてボールを奪う選手だ。だが意外にもパスが上手い。しかも相手が長く一緒に戦ってきたリストさんと来たら、狙いを外す訳もなかった。
『ひょひょひょ! 解禁解禁でござる!』
癖の強い方のナイトエルフは性格と同じく癖の強いトラップでボールを前に置き、素晴らしいダッシュでグリーン選手らを置き去りにする。
「おー、我慢利くねえ!」
俺は思わず感嘆の声を漏らした。リストさんのドリブルに対してではない。唯一残ったカーリー選手が慌ててリストさんへ詰めるのではなく中間の距離で留まり、パスを出せばリーシャさんがオフサイド、中に行けば近い位置のダリオさんにぶつかる、縦に行けばまだ追いつくかもしれない……という位置をとった事に感心したからだ。
『そういう事でござらば!』
それを見たリストさんは足でボールを跨ぐ、所謂シザースフェイントを繰り出し始めた。短足なゴブリンや簡素な美を尊重する地上のエルフからは決して出てこない発想に観衆がどよめく。
『からの~ふん!』
『なんだト!?』
続いてリストさんはラボーナ――自分の左足より左にあるボールを右足で蹴るキックで、足を後ろから大きく回し、右の脛で左の後ろ脹ら脛を巻き込むようにして蹴る。当然、ボールが右にある時はそれぞれ逆になる――でボールを中央へ送った。
本来、ラボーナは利き足でない足の精度に自信が無い選手が仕方なく使ったり、遊びで試したりする技だ。そもそも両足とも利き足と言ってよいリストさん――ここでも二刀流ということだ――が頼る必要はなく、初めて訪れた大チャンスでチャレンジするものでもない。
だが、いやだからこそと言うべきか? ただでもシザースフェイントで揺さぶられていたカーリー選手はそのボールに反応できず、意外な軌道で転がるボールにゴブリン代表GKは飛び出すこともできず、ゴールライン上を通ったボールは逆サイドまで旅していく。
『ええいですっ!』
そこには何故かエオンさんがいた。彼女はそのままでは届かないと思ったのだろう、身を倒しながら滑り込んでいった。
「いよっしゃ!」
ボールは右WGの長い足の爪先に当たり、90度に進行方向を変え、そのままゴブリン代表ゴールへ吸い込まれる! 前半11分、先制!
スタジアムにゴブリンたちのブーイングが鳴り響く。ゴブリンの観衆はある意味で辛抱強く、ある意味では辛抱強くない。どういう意味かと言うと、自分たちの応援しているチームが負けているからと言って足がスタジアムから遠ざかるという事は無いのだが、不甲斐ないサッカードウをしていたり、純粋にスコアに動きがなかったりすると途端に焦れて、不満の声を代表チームへ浴びせる、という事だ。
その声が更なる悪循環をもたらすとも知らずに。
『どっ、どうしろト!?』
ブーイングがもっとも応えてそうなのはカーリー選手の相棒のCB、グリーン選手だった。ゴブリンにしては大柄な体格――それもその筈、彼女はゴブリンの亜種でホブゴブリンという種族らしい――で、空中戦や一対一にそこそこ強い。隣のリベロ程ではないがDFの好選手だ。アローズで言うならシャマーさんがカーリー選手でムルトさんがグリーン選手、みたいな関係性だな。
だが試合冒頭の10分間で、彼女は悪い意味で目立ってしまった。俺たちが最も目をやったのは例のカーリー選手vsダリオ選手の静かな闘いだが、ゴブリン達の多くが目にしたのはその名の通り緑の肌の巨漢がフリーでボールを持ち、しかしパスを出す所に困って自信無さげにドリブルし、やはりパスを出せず途方に暮れる姿だった。
俺たちはカーリー選手にはマークをつけたしゾーンプレスも磨いてきた。しかしグリーン選手には敢えて何もつけずプレスにも行かず、敢えてドリブルのコースを空けて待ち構える体制をとったのだ。
「「ゴブーブー! ゴブーブー!」」
『ええイ! 通レ!』
そして遂にその時が訪れた。味方の筈のゴブリンサポーターの声に押され、グリーン選手は勝負の縦パスを入れた。
『ばっ、馬鹿カ!?』
言葉の意味は分からないが、カーリー選手の叱責と舌打ちが聞こえた気がした。グリーン選手が入れたパスの質そのものは悪くない。ボールを受けに降りてきたイグダーラ選手――もう一名のホブゴブリンで、同じくゴブリンよりは大柄だ――がクエンさんの脇に良い体勢で現れたからだ。
問題は出し手のグリーン選手の場所だ。一つには、彼女はボランチとほぼ横の位置からパスを出した。もしどちらかが斜め後ろの位置にいれば、そこからカウンターを喰らっても後ろの選手がカバーにいける。しかし横並びなら相手が一つ前にパスかドリブルするだけで、両者が置き去りにされてしまう。
そしてもう一つには……グリーン選手はある事に気づけない位置だった。そう、クエンさんの陰に、パスカットを狙うシノメさんが潜んでいる事に。
『クーさん!』
シノメさんはボールがグリーン選手の足から離れると同時に、横飛びしてパスコースへ身体を投げ出した。その膝にボールが当たり、クエンさんの前に落ちる。
『なニッ!?』
『オーケーッす!』
驚くグリーン選手の前でクエンさんがボールを上手くトラップした。ホブゴブリンには無からシノメさんが生じたように見えただろう。それがシノメさんの持ち味だ。
会計士も兼任するムルトさんの後輩さんはデイエルフにしては身体能力が高くないし気も強くない。腕相撲では左腕の俺に両腕で負けるし、領収書の提出が遅れても
「もう、監督! 怒りますよ~~めっ!」
と頬を膨らますだけで全然、怖くない。だが計算能力がムルトさんと同じ程度に高く、インターセプトが得意だ。他の選手の陰からすっと現れてパスをスティールしてしまう。
会計士さんが盗むとか言葉にするとあまり良くないけどね。
『リストパイセン!』
クエンさんはナイトエルフの同胞の名を呼びながら、グリーン選手の背後へパスを出した。シノメさんと対照的に、クエンさんは黒子的なボランチではない。優れた体格とパワーで、相手をなぎ倒すようにしてボールを奪う選手だ。だが意外にもパスが上手い。しかも相手が長く一緒に戦ってきたリストさんと来たら、狙いを外す訳もなかった。
『ひょひょひょ! 解禁解禁でござる!』
癖の強い方のナイトエルフは性格と同じく癖の強いトラップでボールを前に置き、素晴らしいダッシュでグリーン選手らを置き去りにする。
「おー、我慢利くねえ!」
俺は思わず感嘆の声を漏らした。リストさんのドリブルに対してではない。唯一残ったカーリー選手が慌ててリストさんへ詰めるのではなく中間の距離で留まり、パスを出せばリーシャさんがオフサイド、中に行けば近い位置のダリオさんにぶつかる、縦に行けばまだ追いつくかもしれない……という位置をとった事に感心したからだ。
『そういう事でござらば!』
それを見たリストさんは足でボールを跨ぐ、所謂シザースフェイントを繰り出し始めた。短足なゴブリンや簡素な美を尊重する地上のエルフからは決して出てこない発想に観衆がどよめく。
『からの~ふん!』
『なんだト!?』
続いてリストさんはラボーナ――自分の左足より左にあるボールを右足で蹴るキックで、足を後ろから大きく回し、右の脛で左の後ろ脹ら脛を巻き込むようにして蹴る。当然、ボールが右にある時はそれぞれ逆になる――でボールを中央へ送った。
本来、ラボーナは利き足でない足の精度に自信が無い選手が仕方なく使ったり、遊びで試したりする技だ。そもそも両足とも利き足と言ってよいリストさん――ここでも二刀流ということだ――が頼る必要はなく、初めて訪れた大チャンスでチャレンジするものでもない。
だが、いやだからこそと言うべきか? ただでもシザースフェイントで揺さぶられていたカーリー選手はそのボールに反応できず、意外な軌道で転がるボールにゴブリン代表GKは飛び出すこともできず、ゴールライン上を通ったボールは逆サイドまで旅していく。
『ええいですっ!』
そこには何故かエオンさんがいた。彼女はそのままでは届かないと思ったのだろう、身を倒しながら滑り込んでいった。
「いよっしゃ!」
ボールは右WGの長い足の爪先に当たり、90度に進行方向を変え、そのままゴブリン代表ゴールへ吸い込まれる! 前半11分、先制!
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説

セリオン共和国再興記 もしくは宇宙刑事が召喚されてしまったので・・・
今卓&
ファンタジー
地球での任務が終わった銀河連合所属の刑事二人は帰途の途中原因不明のワームホールに巻き込まれる、彼が気が付くと可住惑星上に居た。
その頃会議中の皇帝の元へ伯爵から使者が送られる、彼等は捕らえられ教会の地下へと送られた。
皇帝は日課の教会へ向かう途中でタイスと名乗る少女を”宮”へ招待するという、タイスは不安ながらも両親と周囲の反応から招待を断る事はできず”宮”へ向かう事となる。
刑事は離別したパートナーの捜索と惑星の調査の為、巡視艇から下船する事とした、そこで彼は4人の知性体を救出し獣人二人とエルフを連れてエルフの住む土地へ彼等を届ける旅にでる事となる。

男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にいますが会社員してます
neru
ファンタジー
30を過ぎた松田 茂人(まつだ しげひと )は男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にひょんなことから転移してしまう。
松本は新しい世界で会社員となり働くこととなる。
ちなみに、新しい世界の女性は全員高身長、美形だ。

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~
味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。
しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。
彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。
故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。
そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。
これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)
@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」
このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。
「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。
男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。
「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。
青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。
ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。
「カクヨム」さんが先行投稿になります。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる