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第十九章
アダ・マウロ選手
しおりを挟む「なるほどそのデニス老害会、もとい老公会が事実上デイエルフの指導者階級みたいなもんでダリオさんも対応に困っている、と」
ナリンさんの説明を聞き終わった俺は天井を見上げながら必死に記憶を探った。彼女の説明によると昨シーズンの直後に行われた報告会及び監督就任発表の席にも彼らはいたらしい。
いや駄目だ全然、思い出せない。何せあれは異世界転移二日目、どのエルフも同じに見える頃だったからなあ。
「デニス老公会の長老たちも普段であれば達観してらっしゃるというか、世俗の栄光や損得、欲望とは無縁なのでありますがサッカードウに関しては……」
そう語るナリンさんの口調にはかなり明確な尊敬と困惑の感情が現れていた。
「そこはねえ。地球でも『サッカーは少年を紳士に、紳士を少年にするスポーツだ』って言いますし」
恐らく数百歳であろうエルフの長老、もはや紳士という域を越えてそうではあるけどね!
「はあ。『シンシ』……でありますか? それは1等陸士やそれに類するもので?」
ナリンさんが美しい髪を揺らして首を傾げる。ちょっとクラマさん自衛隊の階級は教えて紳士を教えてないとか有り!? 知識の偏りさあ?
「階級ではなくて、いや階級的に多いゾーンもあるんですけど、礼儀や節度をわきまえた大人、くらいの意味です」
話がわき道に逸れないよう、俺は簡潔に説明をした。
「なるほど、そんな言葉が。覚えるであります! ちなみにその例ですとレブロン王は紳士に入るでありますか?」
メモをとりながらナリンさんは際どい説明を放つ。
「えっと、それは……」
俺は稚気に溢れるダリオさんの父親を思い浮かべて言葉に詰まった。遠足に持って行くおやつにバナナが入るかどうか? みたいな簡単な問題ではない。
「それは……ギリギリ入るんじゃないでしょうか?」
ナリンさん、ひいてはデイエルフ全体の王への敬意という、今まさに直面している問題にも近い背景を考慮して、曖昧な返事を返す。
「ふむふむ。ありがとうございます」
生真面目なデイエルフの典型のようなナリンさんはそれを聞いて再びメモに書き込んでいた。
しかしそうなんだよな。真面目なデイエルフと不真面目なドーンエルフとの関係は、王国の社会の縮図でありアローズの構造でもある。
大多数の国民はデイエルフではあるが、国家の運営はドーンエルフ。選手の大半がデイエルフであるが、チームの所有者やキャプテンはドーンエルフ。
今まではその、歪なようで意外としっくり来るバランスで問題なくやれてこれた。しかし、国家の方は知らないが――と言いつつもダリオさんが苦労している様子から少し察する部分がなくもないダッシュサッカードウについては上手くいかなくなっており、それが昨シーズンの降格危機にも繋がった。
そこへ俺が現れナイトエルフという第三勢力も加え、チームをより(デイエルフからしたら)混沌としたものに変えた。
俺達が重視するデータの観点で言うと、昨シーズンまでのアローズは平均するとスタメン中9名がデイエルフで、ドーンエルフはダリオさんとカイヤさんのみ。カイヤさんが大事をとって控えに回って以降はダリオさんだけである。
一方、今シーズンのここまでプレシーズンマッチを含む4試合において、スタメンのデイエルフは――デイエルフとドーンエルフのハーフであるティアさんをどちらに計算するかで変わるが――平均4名前後。半分以下になっているのである。
保守的なデイエルフの長老さんからしたらそれは看過できかねる状況なんだろう。伝統と栄光が台無しにされる、みたいな? 昨年のデイエルフだけで構成されたアローズが降格危機を迎えていた、という部分は綺麗さっぱり忘れて?
「しかしなあ。伝統言うても『50年の伝統、ニシザ○ガクエン』くらいだろうに」
「はい?」
ちょっと後ろ向きな内容だったので、ナリンさんにも分からないよう、動画サイトで見た関西ローカルCMのネタで愚痴を呟いた。
「いえ、なんでもありません。話を戻しますが、デニス老公会についての対処も考えておかないと、ですね」
現在はアウェイ旅の空の下で、何かされる訳でもなし彼らの抗議を真剣にとりあう段階ではない。
「申し訳ないであります……」
ナリンさんが何度目かの申し訳なさそうな顔になって頭を下げる。
「そんな、ナリンさんは悪くないですよ! とりあえず頭には入れて一度忘れて、目の前の仕事に集中しましょう!」
俺はそう言ってナリンさんの背後の人影に視線をやった。
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