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第十八章
車内鑑賞会
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「ヨンさんは前線でハイボールを競り合うだけの選手だったけど、運動量と守備で本当にチームを助けてくれている」
「ボナザさんは本当に守備範囲が広いGKになりましたよね! これはペナルティエリア外でプレーしている時間の比較表ですが……」
「デュエルの強いボランチのクエンさんがいなかった、昨シーズンまでのアローズの平均的なボール奪取エリアは今より10mは低くてね」
そこから夜半まで、俺たちは次々と選手を呼んでは個別ミーティングを行っていった。基本的には昨年までのプレーと今年を動画と数字で比較して良くなった点を取り上げ応援する、といった内容だが、前年はアローズにいなかったクエンさんとリストさんについては例外的にチームへ与えた好ましい変化について言及する事にし、チーム合流が遅れたタッキさんについては練習で見せたアクロバティックなゴールを中心に編集し、少しだけルール講習をつけた。
これらの動画とデータ比較表はこの日に向けて作成したものだった。移動中のリラックスした時間を使い選手達とより親密な会話をする目的で、だ。
彼女たちには内緒の話だが、動画は全員同じ時間で構成され話を切り上げるタイマーの役割も果たしている。これは、
「誰々だけ長く話していた!」
という不公平感を誰にも覚えさせない為のものだ。
一方、データの方は彼女たちが練習で着用するヘッドバンドに特殊な物質を仕込み、それを魔法でリアルタイム監視し集計した成果だ。残念ながらこの世界にはGPSという技術はないし試合中の魔法の使用も禁止されているので精度もサンプル数も満足行くモノではないが、無いよりはましだろう。
何よりも数字があるか無いかで、
「もっとプレスに参加しよう」
とだけ言うか
「全選手のプレス参加回数は平均10回だが君は5回だ。せめてあと2回は増やそう」
と具体的に言えるかどうかが変わってくる。
将来、こういったデータの集計を試合でも可能にするようDSDKに交渉して精密さを上げる――代償としてリーグ全体が同じ恩恵を受けるようにはなるだろう――か、或いは満足行くものではないが現状をキープし独占を続けるかは悩み所だ。
まあ結論を急ぐ事はあるまい。何故ならそれよりも早急に答えを出さなければならない問題が俺の前に迫りつつあったからだ……。
「もう、プロデューサーさん! このエオンを最後の方に回すなんて……好物を後で食べるタイプでしょっ!?」
その問題は拗ねた様な甘える様な声を出し、自分の顔を指で指すポーズをとりながら俺の前に現れた。
「プロデューサーさんじゃなくて監督だよ、エオンさん。まあ座って」
白とピンクのモコモコした可愛い寝間着姿のエオンさんに椅子を勧めつつ、俺はこっそりナリンさんに訊ねる。
「(ナリンさん、俺が知らないだけで実はこの世界には『頭部がアルファベットのPの型をした種族』が存在したりします?)」
「(いえ、自分も聞いた事はありませんが……)」
そうか。そりゃそうだよな。
「遅くなったのはごめん。もう寝るところだった?」
ジェラートピケのパジャマみたいな服――こちらとしてはどうしてもバルセロナの長身DFを思い出してしまうが――を見て謝罪しつつ準備は止めない。
「ええ、美容には良い睡眠が肝心ですからっ」
「じゃあ手早く済ませよう。これを見て」
俺はそう言って魔法の手鏡を操作し、彼女にも今までの選手と同じように昨シーズンから今シーズンまでの動きと数字をまとめた動画を見せる。
「ふむふむ……」
こちらもエオンさんの少し残念なプレーから良くなってきた所をピックアップし各部分の説得力を増す為のデータを並べる、という作りだったのだが……
「ぷい!」
エオンさんは動画の序盤で腕を組み、実際に口でぷい! と言いながらそっぽを向いてしまった。ほんまにおるんやそんな存在……。
「エオン! ショーキチ殿が貴女の為に作った動画なのよ? ちゃんと観なさい!」
「やだっ!」
ナリンさんが素早く注意をするも、エオンさんは彼女と目を合わせないまま長めの袖から指先だけを出し――萌え袖、で良いんだっけ?――画面に突きつけた。
「だって、あまり可愛く撮ってくれてないんだもんっ!」
いや、そういう動画じゃないからね?
「ここなんか、凄くブスに映っているしっ! プロデューサーさんもそう思わない!?」
「だからPじゃなくて監督なんだけど……」
とは言ったものの映像作品の責任者という意味ならプロデューサーであっているのか!? そうやって間を取りながらも、俺は非常に難しい局面を迎えていることに気づきつつあった。
一般的には職場で女性の容姿をからかう事は紛う事なきセクハラ案件である。いや、嘲る様なニュアンス無しで言及するだけでも十分、アウトでになり得る。
他方、女性から水を向けられて特に気の利いたコメントを返せないと、それはそれで面白味の無いヤツとして人権を失う。大げさな言い方かもしれないが関西ではあながち嘘でもない。
もちろんここ異世界は俺のいた現代日本、そして関西と法も倫理も同じではないが、言動を間違えると人間関係と言うか人間エルフ関係が難しくなるのは一緒だ。
で、それを踏まえた上でここにこの、
「ブスに映ってない?」
という趣旨の質問である。
まず事実ベースの話で言うと画面の中のエオンさんは相手DFを背負ったり、プレスをかけにいったり、渾身のシュートを放とうとして必死な顔に、つまり少し面白い顔になっている。
でここで
「ほんまっすね! めっちゃブスになってますやん」
などと言った日には『死』である。コールセンター時代の後輩がそれをやって、何日も村八分にされることで身を持って証明してくれている。
では
「そんな事ないですよ。可愛く映っていますよ」
と答えたとしても、そんな軽い嘘は簡単にばれる。ばれる上に媚びを売った奴として女性だけでなく男性陣からも唾棄すべき存在として扱われる。
ならば俺の選択は……
「ボナザさんは本当に守備範囲が広いGKになりましたよね! これはペナルティエリア外でプレーしている時間の比較表ですが……」
「デュエルの強いボランチのクエンさんがいなかった、昨シーズンまでのアローズの平均的なボール奪取エリアは今より10mは低くてね」
そこから夜半まで、俺たちは次々と選手を呼んでは個別ミーティングを行っていった。基本的には昨年までのプレーと今年を動画と数字で比較して良くなった点を取り上げ応援する、といった内容だが、前年はアローズにいなかったクエンさんとリストさんについては例外的にチームへ与えた好ましい変化について言及する事にし、チーム合流が遅れたタッキさんについては練習で見せたアクロバティックなゴールを中心に編集し、少しだけルール講習をつけた。
これらの動画とデータ比較表はこの日に向けて作成したものだった。移動中のリラックスした時間を使い選手達とより親密な会話をする目的で、だ。
彼女たちには内緒の話だが、動画は全員同じ時間で構成され話を切り上げるタイマーの役割も果たしている。これは、
「誰々だけ長く話していた!」
という不公平感を誰にも覚えさせない為のものだ。
一方、データの方は彼女たちが練習で着用するヘッドバンドに特殊な物質を仕込み、それを魔法でリアルタイム監視し集計した成果だ。残念ながらこの世界にはGPSという技術はないし試合中の魔法の使用も禁止されているので精度もサンプル数も満足行くモノではないが、無いよりはましだろう。
何よりも数字があるか無いかで、
「もっとプレスに参加しよう」
とだけ言うか
「全選手のプレス参加回数は平均10回だが君は5回だ。せめてあと2回は増やそう」
と具体的に言えるかどうかが変わってくる。
将来、こういったデータの集計を試合でも可能にするようDSDKに交渉して精密さを上げる――代償としてリーグ全体が同じ恩恵を受けるようにはなるだろう――か、或いは満足行くものではないが現状をキープし独占を続けるかは悩み所だ。
まあ結論を急ぐ事はあるまい。何故ならそれよりも早急に答えを出さなければならない問題が俺の前に迫りつつあったからだ……。
「もう、プロデューサーさん! このエオンを最後の方に回すなんて……好物を後で食べるタイプでしょっ!?」
その問題は拗ねた様な甘える様な声を出し、自分の顔を指で指すポーズをとりながら俺の前に現れた。
「プロデューサーさんじゃなくて監督だよ、エオンさん。まあ座って」
白とピンクのモコモコした可愛い寝間着姿のエオンさんに椅子を勧めつつ、俺はこっそりナリンさんに訊ねる。
「(ナリンさん、俺が知らないだけで実はこの世界には『頭部がアルファベットのPの型をした種族』が存在したりします?)」
「(いえ、自分も聞いた事はありませんが……)」
そうか。そりゃそうだよな。
「遅くなったのはごめん。もう寝るところだった?」
ジェラートピケのパジャマみたいな服――こちらとしてはどうしてもバルセロナの長身DFを思い出してしまうが――を見て謝罪しつつ準備は止めない。
「ええ、美容には良い睡眠が肝心ですからっ」
「じゃあ手早く済ませよう。これを見て」
俺はそう言って魔法の手鏡を操作し、彼女にも今までの選手と同じように昨シーズンから今シーズンまでの動きと数字をまとめた動画を見せる。
「ふむふむ……」
こちらもエオンさんの少し残念なプレーから良くなってきた所をピックアップし各部分の説得力を増す為のデータを並べる、という作りだったのだが……
「ぷい!」
エオンさんは動画の序盤で腕を組み、実際に口でぷい! と言いながらそっぽを向いてしまった。ほんまにおるんやそんな存在……。
「エオン! ショーキチ殿が貴女の為に作った動画なのよ? ちゃんと観なさい!」
「やだっ!」
ナリンさんが素早く注意をするも、エオンさんは彼女と目を合わせないまま長めの袖から指先だけを出し――萌え袖、で良いんだっけ?――画面に突きつけた。
「だって、あまり可愛く撮ってくれてないんだもんっ!」
いや、そういう動画じゃないからね?
「ここなんか、凄くブスに映っているしっ! プロデューサーさんもそう思わない!?」
「だからPじゃなくて監督なんだけど……」
とは言ったものの映像作品の責任者という意味ならプロデューサーであっているのか!? そうやって間を取りながらも、俺は非常に難しい局面を迎えていることに気づきつつあった。
一般的には職場で女性の容姿をからかう事は紛う事なきセクハラ案件である。いや、嘲る様なニュアンス無しで言及するだけでも十分、アウトでになり得る。
他方、女性から水を向けられて特に気の利いたコメントを返せないと、それはそれで面白味の無いヤツとして人権を失う。大げさな言い方かもしれないが関西ではあながち嘘でもない。
もちろんここ異世界は俺のいた現代日本、そして関西と法も倫理も同じではないが、言動を間違えると人間関係と言うか人間エルフ関係が難しくなるのは一緒だ。
で、それを踏まえた上でここにこの、
「ブスに映ってない?」
という趣旨の質問である。
まず事実ベースの話で言うと画面の中のエオンさんは相手DFを背負ったり、プレスをかけにいったり、渾身のシュートを放とうとして必死な顔に、つまり少し面白い顔になっている。
でここで
「ほんまっすね! めっちゃブスになってますやん」
などと言った日には『死』である。コールセンター時代の後輩がそれをやって、何日も村八分にされることで身を持って証明してくれている。
では
「そんな事ないですよ。可愛く映っていますよ」
と答えたとしても、そんな軽い嘘は簡単にばれる。ばれる上に媚びを売った奴として女性だけでなく男性陣からも唾棄すべき存在として扱われる。
ならば俺の選択は……
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