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第十八章

長距離馬車

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 2時間後。選手は誰も遅れる事なく集合し、改めて2台の馬車はゴブリンの街ウォルスへ向けて出発した。
 空は夕暮れ。ただでも殺風景なアーロンの街のそこかしこに夜の先駆けと影が手を伸ばし、視界は暗い。
 しかし俺たちの心は晴れやかだった。特にザックコーチの肌はツヤツヤで、きっとあちらの馬車ではさぞかし冷やかされている事だろう。前回、俺たちだけで旅した時とは速度が違うが、それでも明日の夜にはつく。それまでの辛抱だ。耐えて欲しい。
「みんな、寝る時はストレッチしてから寝るんだよー」
 俺は馬車の中でリラックスする選手たちに声をかけた。スワッグ号の車内は以前よりも更にグレードアップしており、14脚のリクライニング式の椅子が壁際に距離を空けて設置してあるだけでなく、カーテンの仕切も各ブースにある。その他、寝転がる事が出来るくらいの大き目のマットレスや書き物できるテーブルもあり、ちょっとした合宿所だ。
 確か1号車も内装は似た感じらしい。これなら一昼夜程度の旅なら快適に過ごせるだろう。
「うーん、寝たいようなそうでもないような……」
「駄目だヨ、ルーナサン! その姿勢、腰に良くないヨ!」
 座席でだらーっと伸びながら本を読んでいたルーナさんが呟き、隣の床でブリッジをしていたタッキさんが注意を与えた。
 この2名は例のセットプレイ『マトリックス』で同点弾を上げた殊勲のコンビだが、その練習の間に多くの交流を行い当然の帰結として随分と仲が良くなっていた。こっそり聞いた所によるとルーナさんの女の子の日生理についても、覇霊寺に伝わる体操なぞでかなり楽になったらしい。気孔とか武術って凄いんだな……。
「自分も眠たいです!」
「ちょっとヨンパイセン、場所とりすぎ!」
 ヨンさんがそう宣言しながら共用マットレスのど真ん中で大の字に寝そべり、クエンさんが笑いながら押しのけようとする。ヨンさん、試合では献身的でエゴのないFWなのに、私生活だとこうなんだ。
「なかなかピリっとしませんね」
 俺の手にお茶を手渡しながらナリンさんが苦笑混じりに呟く。
「まあ、仕方ないかもしれませんが」
 俺は選手たちを庇う様に言った。それもその筈、選手たちの大半は出発が遅延になった間に夕食を取り、暗くなってから乗車および発車、
「腐らせてはいけないから」
とラビンさんのお土産のパイをデザート代わりに頂き、ナリンさんが淹れてくれたお茶を飲んでゆったり馬車に揺られ……という状態だ。
 シャキっとしろと言う方が無理というものだろう。
「ある意味、こういうタイミングの方がやりやすいかもですね」
 俺がそう言うとナリンさんが少し考え込んで頷いた。
「確かにそういう面もありますね」
「ええ。互いに大らかな気分の時の方が良いかと」
 その言葉を合図にナリンさんは立ち上がり、彼女を呼びに行った。

「え? 私から?」
 テーブルの上にファイルやら魔法の手鏡やらを並べた俺を見て、ルーナさんが放った第一声がそれだった。
「何が?」
「面談が」
「ああ、そっちね。ルーナさん眠たいだろ? 最初にやった方が長く眠れるかな? と思って」
 それはどうも、と呟き彼女は俺が勧めた椅子に腰を下ろした。
「こんな場所だから『面談』みたいな重いヤツじゃなくれさ。ちょっとしたムービーを一緒に観て雑談でもしようかな? と」
 俺はそう言うとナリンさんに操作をお願いした。出来るコーチがさっと手鏡に触れると表面に動画が流れ始める。
「これは?」
「昨シーズンまでのルーナさんと、ここまで……今期の最初の練習からインセクター戦前までの比較動画だよ。後でちょっと数字も出る」
 過去の動画の中でもルーナさんは脚力を生かして果敢なオーバーラップを行い、パワーを発揮して力強く相手FWを吹き飛ばしていた。だが……
「う……黒歴史……」
 続きを見てルーナさんが思わず呻き声を上げる。彼女が目にしたのは、攻撃参加したものの呼吸が合わずにパスカットされ逆襲を受けるシーンや、同じハイボールに突っ込みガニアさんと衝突する場面だった。
「まあまあ、気を落とさず見続けて」
 俺はそう言って画面を指さす。動画は今期に切り替わり、シャマーさんの合図に従ってタイミング良く上がるシーンや相手SBに渡ったボールへ一気に距離を詰め、数人がかりでプレスをかけて奪う局面が流れていた。
「昨シーズンまでのルーナさんも良い選手だった。エルフには無いパワーと強力な左足で存在感を放っていたよね。ただコミュニケーションや戦術理解不足があって生かせてなかった」
 そう言う間に動画は終わり、幾つかの項目と数字が並んだ静止画が表示される。
「オーバーラップの回数も昨シーズンは終盤がメインだ。推測だけどこれは相手のスタミナ切れを待ってとか、負けてて不利な状況だから挽回を狙って、とかの理由が多かったんじゃないかな? でも今期は前後半、満遍なく出てる。どんな時でも安定して自分を出せている証拠だ」
 俺がそう言うとポーカーフェイスのルーナさんには珍しいくらいに驚いた表情が顔に出た。
「そうだけど……良く見てるね……!」
「いやいや本当は更に大きな武器、FKにも言及したかったんだけど時間がなくてさ」
 そう言う間に画面からは静止画も消えた。実はこれこそ時間がない合図だったりするが、まあその話は彼女には言わなくて良いか。
「ルーナさんはコンビネーションや戦術の面で長足の進歩を遂げている。これからもそれを続けて欲しい、ってエールでした」
「ルーナ、ご足労ありがとう。戻っておやすみなさい」
 俺とナリンさんがそう言うと、ルーナさんは静かに頷いて立ち上がった。そして自分の席へ帰ろうとし……急に振り返って俺とナリンさんを両腕で抱き締めた。
「こちらこそありがとうショーキチ、ナリン! 私……頑張る」
「お、おう。こちらこそありがとう」
「期待しているわ、ルーナ」
 予想外の行動でコーチ達を驚かせて静かなファイター、ルーナさんは去っていった。
「上手くいったというか……想像以上ですね」
「いやいや。ナリンさんの献身的な準備の賜物です」
 俺とナリンさんは正直な感想を漏らしつつ、テーブルの下で静かに拳を合わせグータッチた。いや喜んでいる場合じゃない。
「他にも早く寝たいタイプがいるかもしれません。そういう選手を優先して行きましょう」
「そうですね。ちょっと見渡して呼んできます」
 そう言ってナリンさんは立ち上がり、俺は資料を入れ替える準備を始めた。さあ、忙しくなるぞ。
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