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第十八章
レンタル馬車屋で儀式
しおりを挟む「こちらとこちらにサインを」
「えっと、日本語で良いんですよね?」
魔法陣を出て30分後。俺はナリンさんに教えて貰いながら、レンタル魔法馬車屋さんのカウンターで書類と格闘していた。
「ええ、どのようなもじでかかれようともおきゃくさまをにんしきしてけーやくがせーりつしますので」
俺たちの会話を聞きつけた、台に乗ったノームの店員のお爺さんが早口で怖い事を言う。
「(約款に大事な事とか書いてないですかね?)」
「(大丈夫ですよ。今までトラブルが起きた事はありませんし)」
俺は小声でナリンさんに訊ねてしまったが、これはまあ以前の職業病と言うか、コールセンターの人間は逆に約款を盾にお客様の要求をお断りすることが多々あったりしたからである。
「よろしいですか?」
気が短いドワーフの親戚が俺の書き上げた書類を素早く取り上げ、鋭い目でサインをチェックする。ノームという種族は少々、せっかちだが仕事は丁寧だ。見た目は良く似ているが少し大柄で鉄や石といったものの加工を好むドワーフと違い、魔法やからくり細工といった道具にも造形が深い。
まあドワーフでありながら眼鏡屋さんだったレンジャースさんとか、ノームでありながら足場の組立主任だったノームの親方とか、例外というのは常に存在するものだけれど。
「うむこれでもんだいなしです! ではこちらへ!」
ノームの店員さんは書類を背後の棚に仕舞うと、小走りで表の方へ出て行った。小走り、とは言ったものの何せ足の長さが違うので俺たちは余裕の歩きで追いつく。
「こちらでございます! おおう、これはみなさま……」
短い足でパタパタと駆けていったノームはアローズの面々が控え室にすし詰めになっているのを見て怖じ気付いた。
「ええと、きのうのせつめいのほうは……」
「大丈夫です。ありがとうございました」
俺は見慣れているのでつい忘れてしまうが、これだけの数のエルフがスーツ姿で群れているとまあまあの威圧感がある。それにそもそもサッカードウの選手というのはアスリートで体格も良いので近くで見ると圧倒されたりするしね。
「それではここで!」
「はい。じゃあみんな注目~」
店員さんが去るのを見送り、俺は選手たちへ声をかけた。
「ここからは通達通り、馬車2台に分乗してウォルスへ向かいます」
マイラさんが離脱した――表向きにはアーロンで私用を果たす為、となっているが実は疲労回復がメインである。なんやかんやと誤魔化しているが彼女は高齢のお婆さんなのだ――俺たちは総勢28名だ。ちょうど14名づつに分けられる。
「スワッグ号、レンタル号の振り分けはこちらで決めました。ナリンさんお願いします」
「はい。2号車スワッグ号、御者はステフさん。搭乗者はショーキチ殿、自分、ニャイアーコーチ、ボナザ、シャマー、ルーナ、ツンカ、クエン、エオン、アガセ、リスト、ヨン、タッキ」
俺は名前を呼ばれた選手へ順番に手を振り、外に停めてあるスワッグ号の近くへ誘う。
「1号車レンタル馬車、御者はアイラ。搭乗者はザックコーチ、ジノリコーチ、アカリさん、サオリさん、ユイノ、ムルト、ティア、ガニア、パリス、シノメ、ダリオ、エルエル、リーシャ」
1号車の引率はジノリコーチだ。俺と同じく名前を呼ばれた選手を順々に見やり、手を振った。
「じゃあ移動~」
俺はそう声をかけ外の道路へ出た。2号車には既にスワッグが繋がれ、道行く馬に色目を使っている。その背後の1号車に牽引する生物の姿はまだなかった。
「ほい、乗るのじゃ乗るのじゃ!」
ジノリコーチに急かされ2号車メンバーはステフに、1号車メンバーはザックコーチに大きな荷物を預けて乗り込んでいった。受け取った両者は馬車の上や背面の収納スペースに荷物を縛り付けていく。大変そうだ。俺も手伝った方が良いかな?
「1号車は良いけどよ、なんでこっちが後ろなんだ? あと御者やらせてくれよ!」
他の選手たちが唯々諾々と搭乗するなか一番、乗り物のハンドルを握らせてはいけないタイプのティアさんが寄ってきた。
「ウォルスまでは山道で他の馬車なんかとの離合、すれ違いが難しいんだ。時に対向車に広い場所で待って貰う事があるだろ? その時に数字が大きい方が先行する事で『あと何台です』て知らせる意味があるんだよ」
まあ今回は2台しかいないけどね、と付け足した所でアイラさんが御者台についたのを確認する。
「んで御者の方は……できるの、アレ?」
俺はそう言いながらアイラさんに目で合図を送った。
「ああん? このティアさんに乗りこなせない馬なんていねえぞ! なんなら今晩、お前に跨がって……」
シュババーン!
ティアさんの不穏な発言を裂くように、稲妻が響きわたった。一斉に皆がそちらを見ると……
「ブヒヒヒヒン!」
何もなかった筈の空間に、黒い全身に燃えるような目をした馬が2頭、表れていた。その身は半透明に透け蹄からは小さな煙が上がっている。
「おおお、なんじゃこりゃ!?」
「『ファントム・スティード』って言ったかな? 魔法の馬だってさ」
この2頭はレンタルした魔法の馬車に付属する装置を使い、アイラさんが召喚した魔法の存在だった。餌も休憩もいっさい必要とせず、並の馬の数倍の重量を牽く事ができるらしい。
「ティアさんは召喚術とか得意じゃないでしょ? ここは魔法が得意なアイラさんにお任せなのだ」
俺がそう言うとお前なんだその口調は? という目でティアさんが睨んできたがおそらく図星なのだろう、さっさと乗り込んでしまった。
「あ、終わっちゃいました?」
それを見届けザックコーチに近づくと荷物の搭載もほぼ終わっていた。いや、手伝う気はあったんだよ? ただティアさんが話しかけてきたからね?
「ああ。終わりの筈だ。だが確か例の……」
「アナター! モウちょっと待ってー!」
確認する俺たちの所に、可愛らしい叫び声が聞こえてきた。
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