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第十八章

もぎ取り寝そべり

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 多少、追い詰められても、と言ってはみたが事実はもっとギリギリだった。試合会場の時計は後半40分を回っている。負傷の治療や交代があったからアディショナルタイムは多目にあるだろうが、それを足しても残りは10分前後だろう。

「ショーキチ殿、ガニアかリストを前に上げますか?」

「いや、出し手として後ろに残しましょう」

 ナリンさんがパワープレイ――背の高いDFを前線に上げてロングボールを放り込み、競った所で何かが起きるのを期待する一か八かの作戦だ――を提案してきたがそれは却下する。ある程度、押し込んでいる今の現状でそれは非常に魅力的な策に見えるが罠だ。これ以上、後ろの選手を削ると却ってパスの出所が無くなる。

「頼んでいて何ですが、エルエルとルーナさんがサイドで攻めまくって本当に5枚が前にいます。でもこれ以上増やすと……あっ!」

 話す間にガニアさんの低い、ライナー性のボールがタッキさんへ渡り、格闘家のエルフはワンツーパンチならぬワンツーパスを狙ってダリオさんへボールを送り前へ走った。

『苦しいですが!』

 ボールはややずれたが姫様は必死に足を伸ばしてトラップし、まだ後ろを向いたままタッキさんへ戻そうとする。そのボールはリーシャさんのマークを捨ててカバーへ走ったケンドール選手がカットするが……。

『リーシャ姉様を離すなんて!』

 右サイドから様子を伺っていたエルエルが素早いダッシュで襲いかかり、ボールを奪った!

『エルエル、ここ!』

『姉様……あっ!』

 フリーのリーシャさんがまたポイントを指しながら走る、エルエルがそこへパスを送ろうとする、ケンドール選手が背後から足を刈る……という出来事が一瞬で起こった。

「ピピー! インセクター代表13番イエローカードです。エルフ代表のFKで再開。壁を作るので笛の後で」

 ドラゴンがまたピッチに舞い降り笛を見せるジェスチャーを交えて宣告する。トリッピングの反則が適用されアローズがFKを獲得したのだ。

『あんだよ! 今のはレッドだろ!』

「ティアさん落ち着いて! ベンチでもカード貰う事があるから!」

 恐らく審判さんへの抗議で色めきたつティアさんを押さえつつ状況を見守る。場所はセンターサークルとペナルティアークの中間、右寄り。少し遠いが直接も間接も狙える距離だ。

「ショーキチ殿、ここはアレなのではありませんか!?」

 暴れるティアさんを背負う俺にナリンさんが話しかけてきた。その顔にはいつの間にかサングラスがかけられ、両手はそれぞれ拳銃を構えるようなポーズをとっている。

「もしかして、マトリックスですか?」

「……はいであります」

「ご丁寧にサングラスまで……リストさんの予備ですか?」

「はい。先ほどシノメがムルトのを取りにいった際に、リストも必要になるかもと」

 なるほどそれで。しかしまあ、見事な再現っぷりだ。アホウの宿で行われたステフの持つ魔法の円盤の鑑賞会は無駄ではなかったのだな。

「あの、ショーキチ殿?」

「はい?」

「あまり、見ないでくださいでありますぅ」

 目だけは黒眼鏡で見えないがナリンさんは相当、照れているようだ。耳まで赤く、2丁拳銃をしていた手で顔をパタパタと仰いでいる。

「照れるならやらなきゃ良いのに」

「いや、その、ここは大事なチャンスなので気合いを入れようと……」

「でもトリニティみたいで綺麗ですよ?」

「なっ!?」

『おまえら! イチャついてないで早く指示を出せ!』

『イチャついてなど! ショーキチ殿、良いですか?』

 ティアさんが何やら怒鳴るとナリンさんは慌てて俺に問いかけた。慌て過ぎたかエルフ語のままだ。

「ええ、それで行きましょう!」

 でもまあ承諾を得ているのであろう事は流れで分かる。俺は強く頷き、ピッチの選手たちへ合図を送った。


『やだやだやだ! 私がとったFKだもん! 私が蹴ってリーシャ姉様へアシストするんだもん!』

『エルエルパイセン、いい加減に立つっすよ』

『どうせエルエルのみえみえのボールだったら軽く跳ね返されるにゃん』

『姫様、どうするでござる?』

『ちょうどマトリックスの様ですね。寝転がせたまま運びましょう。リスト、クエン、お願いできるかしら?』

 ピッチの上では先程ファウルを受けて倒れたエルエルがボールを抱えたまま、何か言っていた。たぶん

「自分が蹴りたい」

とか何かなんだろうな、と思っている間にナイトエルフの2名が彼女を抱え上げインセクターが作る壁の前に横たえる。

『うう、せっかくのチャンスが……何を笑っているんすか!?』

『くすくす別ニー。何でもナイヨー。』

 仰向けになって上を見上げたエルエルは、いつの間にか壁に紛れ込んだタッキさんと何か話している。

「タッキはマトリックスの要なのですが……大丈夫でありますか?」

「彼女の反射神経なら大丈夫でしょう。それにエルエルが状況を理解していない方が、彼女にとって良いでしょうし」

 その『状況』とはこうだ。インセクター4選手が作る壁のちょうど真ん中にタッキさん、エルエルは足下で寝そべる事によってGKからボールが見えなくなる役割、大柄な選手はファーで(もし来るなら)パスを待つ構え、そしてキッカーはダリオさんか……ルーナさん。

「ピピー!」

『行きますわ!』

 審判さん及び各選手の準備が整い笛が鳴った。ダリオさんは合図を送り少し離れた所からボールへ駆け寄るが、蹴らず右に流れる。

『ダリオ姫じゃない? ってうそぉ!』

 その様子を地べたで見ていたエルエルは、続いて目に飛び込んできた風景を見て悲鳴を上げた。


 ルーナさんが小刻みなステップで長い距離の助走をとった上で、渾身の力を込めて左足を振った。
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