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第十八章

剣士と拳士の暴走

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 後半30分、交代が行われアイラ、ティア、ムルトさんが下がりタッキ、エルエル、ルーナさんが入った。余談だがある年度のプレミアリーグで、負けているのに後半30分までに選手交代を行わなかったチームがその試合に勝利する確率は10%以下だったそうな。こりゃギリギリだな。
『リスト、本番でCBは久しぶりでしょう? 大丈夫ですの?』
 下がってきて俺と握手をしながらムルトさんが何か問う。眼鏡を外して遠いピッチの方を見ているので目が細くなっている。それすると更に視力が悪くなるし駄目だよ? いやエルフと人間の目の構造が同じか知らんけど。
「リストがちゃんとCBをやれるか心配してくれているであります」
 ナリンさんがリストさんの懸念を伝えてくれた。今のDFラインは左からルーナ、ガニア、シャマー、リスト、エルエルという並びだ。
「気にしてくれるんだ。優しいね! あのウイングはちょっと変な選手だけど、だからこそ規格外のリストさんにとってお得意さまかもしれないよ?」
『ガニア、リストに目をかけてくれてありがとう。あのウイングの特性とリストの個性が良い方向に噛み合うと、ショーキチ殿は考えているわ』
『なっ! 目をかけてなんていませんわ! それよりこのまま負けるとセンシャですのよ! 覚えてらっしゃるの!?』
 なにやら急に赤面したガニアさんの言葉をナリンさんが笑いながら逐一、通訳してくれた。ガニアさんツンデレかよ。
『ムルト先輩、どうぞ』
 そこへシノメさんがやってきて、スポーツ用ではない普通の眼鏡をムルトに渡した。気の利く後輩だ。
「大丈夫。ちょうど良い、アイシングしながら見ててよ」
 俺は眼鏡をかけてもなおしかめっ面きびしい顔のムルトさんを微笑ましく眺めつつ、ピッチの方を指さした。

 アローズの今のシステムは1541。DFラインは先ほど並びで、中盤はマイラさんとクエンさんを底辺とし、ダリオさんとタッキさんを上辺とする正方形。1TOPは引き続きリーシャさんだ。
 これをどう、インセクターと同じ1325に変えてミラーゲームにするかと言うと……俺たちには上から匂いで指示してくれる女王もいないので、『根性』の一言になる。
 つまりDFラインの両サイドが必死に走ってDFラインの5からFWラインへジャンプアップし、同じく中盤前目の2名もFWと並び立って最前線で5を形成するのである。
「よし、行けるな」
 俺はそれがそこまで無理な注文ではない事を確信しながら呟いた。折しもシャマーさんがリストさんとパス交換しながら機会を伺い、頃合いを見て右サイドのエルエルにパスを通す。同時にルーナさんも駆け上がりダリオさんタッキさんがバイタルエリアへ突っ込んだ。
 エルエルには見えていないかもだが、この勝負で負けると中盤の後ろ以降はかなり手薄な状況だ。だがここで腰が引けていてはサイドは制圧できない。行って貰うしかない。
「びびんな! 勝負勝負!」
『エルエル! 縦に勝負!』
 俺とナリンさんが声の限りに叫ぶ。だが言われるまでもなくエルエルはドリブルで対面のSBを抜くつもりだろう。何故ならそれが彼女の憧れたリーシャさんの姿であり、エルフのWGプレイヤーの生き様だからだ。
『うおぉぉぉ!』
 そんなシリアスな雰囲気を台無しにするような叫び声を上げながら、リストさんが一つ内側を爆走していく。自分がマークすべきWGを放っておいて。
『なにを考えてますの!?』
 ムルトさんが驚いた声で何か言った。恐らく呆れ果てているのであろう。だがその予想外の攻め上がりが、SBに隙を作った。複眼で周囲が見える蜻蛉型のインセクターさんだが、逆に見え過ぎたのだ。
『甘い!!』
 エルエルは一瞬の隙を突いてボールを縦に蹴り出しSBを置き去りにする。カバーに走れるインセクターのDFはいない。そしてそのままペナルティエリアの角付近まで進むと余裕をもってクロスを中へ入れた。
「リーシャさん、あ、タッキさん!」
 いくらでも工夫できる場面ではあったが、ボールはとんでもなく素直にリーシャさんへ向かって飛んでいった。こちらも意図が見え過ぎである。だがそれでも意地でリーシャさんがボールに触れ、高く戻ったボールにタッキさんが突っ込む。
『ふっ!』
 タッキさんがまた独特の呼気を吐きながら跳躍しクワガタのCBと競り合う。ミノタウロス戦でも思ったが角や顎がある巨漢相手によくヘディング勝負できるねエルフのお嬢さん達!?

 ドゴォォ!

 俺の疑問への返答はそんな轟音だった。普通、ボールからはそんな音は聞こえない。これは振り上げたタッキさんの肘が、クワガタの顎を粉砕した音だった……。
「ピピー!」
「おおう……」
 そのままタッキさんのヘディングシュートがゴールネットを揺らし、審判さんの笛が轟く。エルフのサポーター連中と一部アローズの選手はゴールが決まったと思い喜び歓声を上げたが、それ以外の面々にはほぼ分かっていた。
「ノーゴール! エルフ代表9番、ストライキングの反則でイエローカードです」
『ええ? なんデ!? ワタシ、足は上げてないヨ~?』
 まるで分かってない感じのタッキさんに審判さんが黄色いカードを示し、俺たちは頭を抱えた。
「やってしまったでありますか……」
「まあイエローで済んで良かったというか……大丈夫ですかね、あのCB」 
 相手がインセクターだからこんなもの――一部の観衆が顎で威嚇音を出し医療チームがのんびりと遺体、もとい痛がっているかどうか不明な選手をピッチ外へ運び治療している――で収まっているが、普通なら大ブーイングと乱闘騒ぎである。
「ちょっと話した方が良いでありますか?」
「そうですね。治療や交代もありそうですし」
 俺が申し出に承諾すると、ナリンさんはダリオさんと話し込むタッキさん達を呼んだ。
「まあ……良いゴールなんだけどなあ」
 俺は上空の水晶球に映るリプレイを見て、そう苦笑いした。
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