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第十七章

縦の意図と横の意図

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『ダリオ! リーシャ! 交代です』
 ナリンさんがそう叫ぶのを聞いてダリオさんとリーシャさんが位置を変える。今ではダリオさんがリストさんと並ぶ2TOPの位置へ入り、バックドアを狙う孤立したポジションにはリーシャさんが立つ事となった。
 大言壮語した割にささやかな変化だ。隙を探りタイミングで裏を狙うダリオさんから、スピードでぶち抜くリーシャさんへの変更。ただそれだけの違いだが、対面するSBには大きな違いだった。
『裏ーっ!』
 何度かの奪い合いの後、ボールがCBを背負うダリオさんへ渡る。それを見届けると同時にリーシャさんはスペースを指さしながら走り出した。
『確かこんな感じでしたね!』
 ダリオさんは先程インセクターのCFがやった様にボールを受ける前にCBに一度身体をぶつけ、少しスペースを空けてボールをトラップすると、リーシャさんの方を見ないままヒールキック踵で蹴ってでボールを後ろへ流す。
「おう、ダリオさん強い!」
 あのクワガタ型インセクター相手にそんなポストプレーを出来る力が残っているとは……いや、残っているわ。ダリオさん、ここまでバックドアで待っていて殆ど力を使ってないもんな!
『リーシャ姉様!』
 再びエルエルが叫ぶ。ライン裏に出されたボールにより近いのはSBの方で、ボールもリーシャさんの動きも彼女には見えている。だが先にボールへ追いついたのはリーシャさんだった。
 まあ全てが見えていたとしても、あの姿勢から走り出してはリーシャさんに追いつける筈がない。見えているSBだがただ一つ、自分の身体だけは見えていなかったのだ。

 ある動き出しをする時にどのような方向に身体を向け、どんな順番で足を踏み出すか。サッカー用語ではしばしばボディシェイプと言う――要は姿勢だったり予備動作だったりするが言い換える事でまた文字数が増えてるね! ボールと相手DFが同時に見える位置に立ちましょうとか、マークする相手とは半身で当たりましょうとかその辺りの話だよ――概念だが、インセクターの選手は全般的にそれが殆どできていなかった。何せそんな事を気にしなくても複眼で全部が見えたり、顎で捕まえたりできるからだ。
 しかし、その事が仇となる瞬間を彼女らは迎えていた。

 DFがFWを見失い追走もできていない状況であれば、GKも前に出て処理する判断をしていたかもしれない。だがSBは遅れながらもリーシャさんを追っていたし、そもそもアロンゾ選手はゴールラインに張り付いてそのエリアに守備の網を張るタイプのGKだ。蜘蛛だけに。
『決める!』
 三度リーシャさんに巡ってきた大チャンス、前の二つで強力なシュートを放ち一度は止められ一度は無効になった彼女の選択は……。
「ははっ、またかー」
 そう、又ではなく股。アロンゾ選手の股間を抜く平和に地面を転がる軌道。ミノタウロス戦でも決めていたような、股抜きシュートだった。

「ピピー!」
『リーシャやったー!』
『姉様、凄い!』
 リーシャさんのシュートは緩やかにネットへ受け止められ、審判さんが笛を吹いてゴールを認めた。それを見て最後尾からユイノさん、ウォーミングアップゾーンからエルエルがそれぞれ駆け出しメインスタンド側まで駆け寄ってきたリーシャさんに抱きつく。
『エルエル! ちょっと私も!』
『ユイノさんはいつもやってるでしょ!』
『お前ら喧嘩すんな! 祝え!』
 ユイノさんとエルエルがリーシャさんを奪い合い、ティアさんが笑いながら両者の頭を叩いている。快速FWのゴールを祝福する時、いつも真っ先に駆けつけるのはユイノさんだった。だが今回はスタメンGKとして出場し彼女まで距離がある。その結果、今日はじめてエルエルが先に包容する機会を得たのだ。
「股抜きシュート、完全にモノにしてますね!」
「あの位置にはアロンゾ選手の手も届かないであります!」
『アレ、ムカつくんだよニャー!』
 一方の俺は両手と股を広げたジェスチャーをしながら笑い、コーチ陣とハイタッチを交わす。ゴールしてもリーシャさんが俺の所へ来てくれないのはもう過去の悲しい経験で分かり切っているからだ。
『お主は分かっておったんじゃな!』
「ショーキチ殿は分かっておられたのでありますか?」
 え? リーシャさんが来ないこと? コーチ陣の和の中でジノリコーチが何か言ってナリンさんが伝えてくれる。このドワーフ、笑顔でエグい事を聞いてくるな……と思いつつナリンさんの通訳を待つ。
『バックドアの適任がダリオではなくリーシャであることを』
「前日練習でリーシャにもバックドアの備えをさせたのは、彼女の方がふさわしいからでありますか?」
「あーそれっすか」
 それについては微妙な所なので、ちょっと歯切れが悪い返答になってしまう。何せ気づいたのはインセクターさんの、本来であれば非公開な筈の練習を見せて貰った時に気づいた事による判断だったからだ。
「どちらこと言うとこちらよりあちらの都合ですね。インセクターの前日練習を見た感じでは、あのSBには消える動きより一瞬の早さの方が有効な気がして」
 俺はあの日、見た光景を思い出しながら続ける。インセクターが練習で見せたモノは確かに無駄が無く統制された動きだった。それこそボードゲームを越えてテーブルサッカーゲーム――バーや昔のゲームセンターにあるような、某で繋がった選手を動かしてボールを弾くやつ――を思い出させたくらいだ。
 だがそれはサッカーのプレイ上で実際には必要な動き、予備動作や姿勢変更、首を振って周囲の状況を確認する、などをあまり考慮してない様に思えた。まるでサッカーを知らない人が上から見て位置の指示だけをしているかのような……。
 まあそこは俺も同じなんだけどね! だからこそ最近は選手に混ざって実際にボールを蹴ってみたり一緒に走ったりしてるんだよ!
「あとフェイントや駆け引きを多様して横方向へ動くダリオさんから、縦に直線的なリーシャさんへ代わるというチェンジアップ変化球みたいな効果もあったでしょうね」
「ピピーッ!」
 FWを二人並べる時にホリゾンタルな選手とバーティカルな選手を組み合わせる様なもので……と説明を続けようとした所で審判さんが前半終了の笛を鳴らした。
「ありゃりゃ。そんな時間か」
 確認してみたらリーシャさんの同点ゴールは前半45分だった。話している間に試合は再開しロスタイムも終わったんだな。うーん、ハラヒロミじゃないが良い時間帯に取った!
「残りの話はまた今度。ロッカールームへ行きましょう!」
 俺はそう言ってコーチ陣と一緒に中へ向かった。
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