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第十七章

忙しい審判

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『ピピー! ノーゴール。インセクター代表の間接FKで再開です』
 同点! ではなかった。主審のドノバンさん自らが上からピッチに舞い降り、歓喜の輪を作るアローズの選手達の横で片手を上げ後ろ足を上げるジェスチャーをする。悔しいが少し可愛い。
「な! 手で押さえたファウルをとられたでありますか?」
「いや、審判さんの動き的に『危険な方法でのプレー』でしょう」
 サッカーの競技規則にある『競技者を負傷させることになる行為』というもので、一番多いのは誰かが頭でクリアしようとした所に足を振り上げた場合のヤツだ。
「リーシャさんのマーカーが最後、頭っぽい所でブロックしようとしてたから……だと思います」
 俺は苦々しげにナリンさんに説明する。実際、ボールをインパクトする蹴りつける瞬間にリーシャさんの足とCBの頭? の位置が近かったのは事実だ。キャ○テン翼の世界なら軽くスルーされそうなシーンだが――といいつつ、唐突にそのファウルを思い出してツ○サ君のオーバーヘッドによるゴールが取り消された事もあるんだけどね――この場合、それが適応されたのだろう。
「ああ、そんな……」
 ナリンさんが悔しそうに唇を噛む。なんか色っぽいな……じゃなくて!
「俺も納得いきませんけどね」
 リーシャさんの足に向かって頭を突っ込んできたのはそっちじゃないか? とかあの堅そうな頭が相手なら、むしろリーシャの足の方が負傷させられそうだったじゃないか? とかさあ。
「とか言ってる場合じゃないぞ! 戻れー!」
 ふと、視界の隅に不穏な光景を捕らえて俺は前に出て叫んだ。言葉は通じないがその剣幕とジェスチャーで選手たちも気付く。
 間接FKのキッカーがGKのアロンゾ選手ではなくボランチのケンドール選手であること。そしてゴールを祝福しようとしてユイノさんがセンターサークル付近まできていることに。

『ユイノ、カバー!』
 叫びつつ、ファウル覚悟で止めようとしたダリオさんも間に合わずケンドール選手が助走をつけてFKを蹴り上げた。
『だめだめ通さないから!』
 そのボールは誰にも邪魔されずインセクターの右WGに渡る。アローズの選手は誰も追いつかず、ただ急いで横方向へダッシュしたユイノさんが手を広げながら前に立ちはだかる。ここで手を使ったり激しい当たりをして止めればもちろん一発レッドだ。それでも止める気なのだ。
「くそ、またか!」
 だがその右WGは恐ろしい冷静さでボールを前に送った。宛先は唯一守備に戻ったシャマーさんと併走するCFだ。先程見た通り、このマッチアップは分が悪い。身体でブロックしつつシュートを撃たれてしまうかもしれない。そうなれば、シュートを防ぐGKはいない……。
『ゴーール!』
 ストーンフォレストに控え目なアナウンスが再び響いた。予想通り、クワガタのCFは先にシャマーさんに身体を当ててスペースを作ると、短く足を振り抜いてシュートを無人のゴールへ転がし込んだ。
 前半33分、2-0。こうなってはもともと堅守のインセクター相手にこの得点差は絶望的だ。
「とんだ女狐だな……」
「ええ。ボクシー女王はユイノの特徴も、シャマーとCFの相性も見抜いて手を打ってきたでありますね……。我々はどうすれば……」
 俺の言葉にナリンさんが暗い口調で続く。ありゃりゃ? 誤解させてしまったか?
「あーそっちじゃなくて。ウチのキャプテンっすよ。あ、でも一応確認しに行こうかな」
 再び地上に降りてサイドラインで副審のリザードマンさんと話すドラゴンの元へ、俺は歩み寄った。キックオフに向けて淡々と移動するインセクター、失点に肩を落としつつ自陣へ戻るアローズ、両チーム選手の目がこちらに集まる。
「オフサイド……ですよね」
「ああ。副審の方で少し思い違いがあったようだが」
 審判さんはまた俺に分かる言葉でそう応える。魔法で喋っているのか日本語も分かっているのか……謎だ。
「ゲッゲッゲ? トカ、ゲー?」
「さっきの場合ウチのキャプテンが最もゴール寄りで、ユイノさんが2番目なんすよ。だからオフサイドラインはユイノさんの場所で。最後尾がGKである必要は無いんすよ」
 一方、副審さんの言葉は違った。だがジェスチャーで伝わるかもしれないしドラゴンさんも通訳してくれるだろうし、俺は身振りも交えて説明を試みる。
「……という訳だ。では今度はエルフ代表の間接FKで再開で」
「はい。あ、ケンドール選手も説明を求めてきてますよ? 説明とアディショナルタイム宜しくです」
 言葉の前は副審さんに、後半は俺に向けて主審のドノバンさんは言った。俺は視界の隅にケンドール選手を捉えつつ頷き、その場を去る。
「ハリハリハリ。ハーリ?」
「いや分からんし!」
 どういう理由かケンドール選手がまず俺に何か言った。当然、意味は分からないが。ま、抗議うぜえよ! くらいだろう。俺は両手を広げて分かりませーん、というジェスチャーをしつつベンチ前へ戻る。
『あ! ショウキチ監督!』
 そこにはナリンさんと深刻そうな表情で話し込むダリオさんがいた。
「あれ? ダリオさんどうしました?」
「ショーキチ殿! 得点は無効だったでありますか?」
 俺とナリンさんがほぼ同時に質問し、何回か譲りあった後、俺から応えた。
「ええ。オフサイドで無効です。最後尾がシャマーさんだったので。たぶん、彼女が誘いましたね」
 もしそこでオフサイドトラップの様な形、つまりパスが出る前にシャマーさんがCFを置いて前に出るような動きを見せれば、WGはパスを出さずにユイノさんを抜き去る方の判断をした――そしてユイノさんはファウルで止めにいって退場となる――だろう。
 しかしシャマーさんはオフサイドトラップもパスカットも出来ない位置で待ち構え、まんまとパスを出させた。恐らくあの一瞬で判断して罠をしかけて。だからからこそ俺は彼女を『とんだ女狐』と言ったのだ。
「そうだったでありますか! シャマーらしいであります。あ、ダリオの方は……」
 そこでようやく、辛抱強く待ってくれていたダリオさんと目を合わせてナリンさんは続けた。
「どうもバックドアは無理のようであります」
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