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第十七章

昆虫の恐怖

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 インセクターチームのラリー監督とは握手と簡単な挨拶だけを交わし――傀儡かもしれないとは言え、監督として敬意を持って接しないといけない。俺が自分のチームからそうされてなくてもね!――俺とナリンさんはベンチの前に戻った。コイントスの結果インセクターチームのキックオフで試合開始だ。
 俺たちのスタメンは1442の形でGKユイノさん、DFラインが左からガニア、シャマー、ムルト、ティア。ボランチがマイラ、クエン。中盤ワイドがダリオ、アイラで2TOPはリスト、リーシャ。今日は学生コンビがいない分、守備の強度は高い。とりあえずスタートはオーソドックスな形でプレスをかけてみて、もしそれで簡単に圧倒できるならそれで押し込んでしまいたい。
 正直ゾーンプレスだ何だと言っても、要はプレス回避能力の弱いDFに向かってリストさんリーシャさんの様なパワーのあるFWがスピードに乗ってボールを奪いに行ってるだけ……みたいな面があるかもしれない。だがそれは一部真理で、それで勝てるなら万々歳結果オーライなのだ。
「ピピー!」
 審判さん――今日はドノバンさんというドラゴンだ――が笛を吹き、インセクターのFWが自陣にボールを下げた。さあ、お手並み拝見だな。

『てやーー! でござる!』
 インセクターFPの最後尾でボールを持ったCBへ向けてリストさんが果敢にタックルを試みた。現代サッカーでは『ビルドアップの下手な方のCBを狙う』みたいなセオリーがあるが、左右対称能力均等性のインセクターにはそのテクニックはあまり関係ない。なので今回は単純にボールとの位置関係でリストさんが先陣を切る事になった
『おろ?』
 しかし、CFとDFの二刀流をこなすナイトエルフは簡単にタックルを回避され、片手で逆刃刀を扱う剣士るろうにのような声を漏らしつつバランスを崩して倒れた。
「やっぱ俺も女の人の声派だなあ」
「声でありますか? あ、やはりタックルをする時は無言の方が良いでありますね!」
 ナリンさんが俺の呟きを誤解して素早くメモを取る。いや、そういう意味じゃなかったんだけどどう説明したものか……と悩む間にも続くリーシャさんも惜しいところでパスをひっかけ損ね、ボールは左SBへ渡る。
「意外と上手い! 奪えないありますね……」
 その後もFWがダッシュで迫れば冷静に展開され、しかしこちらも中盤以降には効果的なパスを入れさせない、という形がしばらく続いた。
「ええ、上手いと言うかなんですが」
 試合はこの世界のサッカードウでは極めて珍しい『序盤から降着状態』というものに落ち着いてしまった。普通ならブーイングものだ。しかしインセクターのお客様は無言で勝負を見守り、ごく少数のアローズサポーターだけがチャントを歌い続けている。
「冷静、なんすよね」
 俺はプレスエリアを変更するかむしろ一時、緩和するかの決断を迫られながら呟いた。

 プレスとはボールホルダー付近に選手が殺到し相手のプレーエリアを奪う行為である。だが表に見えるその現象とは別に、もう一つ奪っているモノがある。
「考える時間」
である。
 これは純粋にDFが身を寄せるまでの時間が短くて考える暇がない、という意味も含むがそれ以上に、
「複数に囲まれる、ここで奪われては一気にピンチになる」
という恐怖や焦りが、プレイヤーの判断力を鈍らせ的確な判断を出来ないようにする、という部分が大きいのだ。
 考える時間を奪われれば身体能力も技術も発揮できない。普段なら平気な場面でバランスを崩し、容易に行っていたトラップを失敗する。それをリカバリーしようとして焦ってパスをミスり、相手にボールを渡してしまう……。
 しかし。恐怖や焦りは『人』の判断力を鈍らせる。エルフやドワーフも同様だった。ではインセクターは?
 そもそも虫は人間やエルフと同じ様に恐怖を感じるのだろうか? いや恐怖と言っても種類は幅広いが。とりあえず目の前にその答えの一部があるのは確実だった。

「迫力だけのプレスは駄目っすね。CBもSBも焦ってくれない。オバロまでプレスは控えましょう」
 俺はきっぱりと方針転向を決めた。なんと言っても俺にはこの光景に見覚えがあるのだ。どれだけ相手FWに肉薄されようとも全く慌てず、メッシの様なトラップとデブライネの様なパスを繰り出し決して失敗しない弱小チームのDF達、というシーンを。
「まったく、難易度スパスタのCPUかよ……」
 俺はゲームで起きる理不尽な難易度調整――サッカーゲームで難易度を上げると、弱小チームの無名選手が嘘みたいに強くなるよね?――を思い出した苛立ちを押さえつつ、次の作戦の為のボードを用意して貰おうとナリンさんに声をかけた。
 だが、苛立っているのは俺だけではなかった。
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