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第十七章
500年のベテラン
しおりを挟む「あ、ショーキチ殿ー! 中におられたのですね!」
インセクターの公開練習が終わり、交代でアローズが入ってきた。引率してきたナリンさんが記者席の俺たちを見つけて大きく手を振る。
「はいー! ザックコーチ、忙しいですがアップとリーシャさんの件、お願いします」
前半はナリンさんに後半はザックコーチに言いつつ、俺は下まで降りてピッチの脇で草むしりをしているグランドキーパーさんへ近づいた。
「ステフ、VVV作戦の方はどう?」
「ステフ? はてワシはグランドキーパー一筋500年の老婆で、そんなKKE、可愛い賢いエルフとは何の関係もないのじゃが……」
そう言って振り向いたグランドキーパーさんの顔には、見覚えのあるシャマーさんのマスクが被せてあった。
「はあ。でもそのマスク知ってる気がするんすよ」
「ああ、これがあると花粉や草の切れ端を吸い込まなくて楽なんじゃよ」
「ふーん」
俺は感心した様に頷きながら、自称老婆の後頭部をチョップした。
「いて! あ、マスクが!」
その衝撃で長い嘴とゴーグルが地面に落ち、慌てたステフの顔が現れる。
「何すんだよショーキチ!」
「グランドキーパー一筋500年のお婆さんはどうした?」
「あっ!」
立ち上がって俺に抗議しかけたステフは慌てて腰を曲げ、マスクを被る。
「こんな婆になんとご無体な……」
「ここで遊んでいるという事は、収穫なしか」
「いや、お前もずっと見ていただろ? 女王は来ないし残留粒子も殆どないし、お手上げだ」
老婆はあっさりとマスクを剥ぎ、ステフに戻って言った。
「まあ今回は諦めるかなあ」
「それよりお前、よくあたしに気付いたな!」
ステフは曲げていた腰を延ばし、背伸びしながら訊ねる。
「ああ。先に練習していたチームのコーチが、草刈りの人に変装して残って次のチームの練習を盗み見る、て作戦があってさ。怪しい動きをしている奴がいないかチェックしてたんだよ、っと!」
そのままステフが手を伸ばしてきたので、俺は彼女の腕をひっぱりストレッチを手伝いながら応えた。
「あーきくきくありがと! その代わりと言ってはなんだけどよ! あ、あの蠍の彼女……あー蠍のポーズ!」
今やステフは片足で立ち、後ろに振り上げたもう片方の足を威嚇する蠍のように擡げながら話していた。
「ケンドール選手だろ? 彼女は駒じゃないな。自分なりの意思と言うか……思考みたいなものを感じる」
俺は先ほどの前日練習で見たケンドール選手の顔を思い出した。彼女も身体については他のインセクターと大差がなく無理矢理直立二足歩行している蠍といった感じだが、頭部が割と人間的というか肌が赤い事を除けば切れ目の美しい女性だった。
ちょうど、インセクターの女王の様に。
「もしかしたら女王のフェロモン、全員が嗅ぎ取っているんじゃなくて、蠍の彼女みたいな頭良さそうなのだけが反応している可能性もあるよな?」
ステフの言い方は相手へのリスペクトを大いに欠いているが、一理あった。ケンドール選手はその姿が他のインセクターとは一線を画するだけでなくボランチ――ポルトガル語で『舵』の意味で、文字通りチームの舵取りをするポジションだ――でもある。女王の指示を彼女が受け取り、それをチームに伝達する形をとっている可能性があるかもしれない。
「そうだな。となるとフェロモンの放出パターンも、拡散式ではなくて一点放射式かもしれない。そうなると検出は更に難しくなる。一方でVVV作戦に頼らず、ケンドール選手の動きで可変システムの動向を読む手段がとれるかもしれない、て事か」
俺は右手で匂いが漂うイメージを空中に描きながら呟いた。
「そういう訳よ! なんか作戦の存在意義が怪しくなってくるけどな!」
ステフは気恥ずかしさを誤魔化すように笑って言った。
「怪しいと言えばこのマスクもだし! てかさ、こんなマスクがあるなら、アタシが鼻に管を刺して液体を流し込む必要ってあ……」
「いや、ありがとうステフ! これはこれで作戦を考え直すよ! じゃあ!」
ちょっと色々と気付いたかもしれない。俺は礼を言うと、急ぎその場を離れて練習に合流する事にした。
「おおい、ショーキチ! 話はまだ途中だぞ!」
そんなステフの声は、残念ながら俺の耳には届かなかった。
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