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第十七章
昆虫対策その3
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「ずいぶんあっさりだな! 本当に良いのか!?」
「策に拘り過ぎるのは敗北の第一歩ですよ。『君子は豹変す』とも言いますし」
『猪突猛進』と言うか『猪突モ~ウ進』だったミノタウロスチームの元監督、ザックコーチにはやや理解し難い態度だったのだろう。この部分に関しては、上から目線で言うのも何だが彼にも変わって貰わないとなあ。
「いずれ、良い時期があれば改めて試しましょう。その時は前もってエルエルにもチームにも説明して」
「ええ! ありがとうございます、そうして頂けると助かります!」
ナリンさんが笑顔で礼を口にする。俺よりも選手との付き合いの方が長いだけに、よりそちらの気持ちが分かるのだろう。
逆にこういう部分については、俺が変わっていかなければならない所だ。選手の気持ちが分からないままでいて、分からないからこそできる作戦や采配、てのもあるだろう。前半早々の交代だったりインアウト――交代で途中から入った選手が下げられてしまう事だ。かなりの無念らしい――だったり。だが俺はやはり、選手も納得できる形で戦いたい。その為にはもっと選手の気持ちを知らなければ。
とはいえ親密になり過ぎるのも問題だけどな……。と一人密かに最近の行動を恥じつつ、俺は最後の話題を切り出した。
「最後はバックドアの所ですね。何名か試してきましたけど、誰が一番良かったですかね?」
俺はアイラさんを除く前目の選手たち――これにはスタメン、ベンチ全員を含む――の練習時の動画を魔法の鏡に流しながら聞く。
「ワシのお勧めはリストじゃな! 孤立する以上、独力での攻撃力が最もあるのはアヤツじゃろうて!」
ジノリコーチが作戦の立案者として最初に口を開いた。リストさん、意外とジノリコーチに評価されてんだよなあ。逆に本エルフの方はまだ苦手意識あるみたいだけど。
「僕はリーシャをお勧めするね。同じく個人での突破が見込める上に、シュート技術も極めて高い。」
ニャイアーコーチは、FWに転向して存分にその才能を開花しつつあるリーシャさんの名前を上げた。居残りシュート特訓ではコーチ自らGKとして対戦しているからでもあるのだろう。
「自分はヨンですね。個人技では劣りますが、生粋のFWとしてゴール前へ入っていく度胸は一番です」
ナリンさんは守備的FWとして活躍するヨンさんを推薦する。最近は試合のクローザーとしての役割が多いが、一番FWらしいFWと言えば彼女だ。あとこれもやはり選手の気持ちに寄り添うナリンさんとして、黒子役を頑張るヨンさんに日の目を当ててあげたいという想いがあるのかもしれない。
「俺はダリオだな。今、皆が述べた要素全てで一番という訳ではないが高いレベルで行える」
ザックコーチは我らが姫様を選んだ。彼女は今シーズンからキャプテンではなくなったが、その重圧から解放されてかノビノビとプレイしている。その好調から何をやらせても上手く遂行してくれるだろう。
「見事に別れましたね……」
俺はそのまま議論に入るコーチ陣を見つつ、バックドアについて改めて脳内で整理を始めた。
そもそも『バックドア』と一言で言っても、業界によって意味合いは違ってくるだろう。建築用語だったりパソコン用語だったり。言葉としてはまあ、正当な入り口ではなくて裏口の事だったりするのだけれど。
で、これがサッカーとなるとフィールド上のある特定の位置、或いは方向を利用した戦法を意味する事となる。
話は少し遠回りになる――と言うか『遠回り』という概念がそもそもバックドアに近かったりするのだが――が、バックドアの成立には例のオーバーロードが関わってくる。
ここで復習。選手を片方のサイドに集めて人口密度ならぬエルフ口密度を高め、近い距離でのコンビネーションによる崩しを行う、攻撃に失敗しても同じく距離が近いのですぐにゾーンプレスを発動してボール奪取を狙う、というのがオーバーロード。ではその様に選手を配置した場合、逆サイドでは何が起きるか? と言うと……選手のいないスッカスカの広いエリアができる。
その広いエリアを単純に放置しておくか? と言うとそんな訳はない。一名だけ選手を残しておくのである。できれば一発で相手DFの裏に入り、決定的な仕事ができそうな選手を、だ。
またその『裏の取り方』にも理想がある。その選手の対応に残されたDF――すっぱりと諦めて置かないチームもいる。だが恐らくインセクターは残すだろう。彼女らは幾何学的と言うか対称的なモノを好み、アシンメトリーな配置は落ち着かないだろう。これは昆虫に対する俺の偏見だが、チャプターの街並みを見てもそう外れではない筈だ――がオーバーロード側に気を取られた瞬間に、その背後、バックを取ってゴール前へ進入するのが理想だ。
その形ならパスとのタイミングさえ合えば一発でチャンスを迎える。むしろオーバーロードを行っている側よりも、そちらの方が本命と言えるかもしれない。
「大軍で城の正門を攻めている間に、こっそり通用門から精鋭部隊が本丸へ進入するようなイメージです」
と試しに説明してみればまあ、彼女らの理解の早いこと早いこと。そりゃファンタジー世界の住人だもんな。
ちなみに守備においては保険的に一名選手を後方へ残す予定である。そう、本来はCBのガニアさんだ。状況によっては彼女と上手く協調して守備を行うかもしれない。故にバックドア担当の選定にはその辺りも考慮に入れる必要があるのだが……。
「策に拘り過ぎるのは敗北の第一歩ですよ。『君子は豹変す』とも言いますし」
『猪突猛進』と言うか『猪突モ~ウ進』だったミノタウロスチームの元監督、ザックコーチにはやや理解し難い態度だったのだろう。この部分に関しては、上から目線で言うのも何だが彼にも変わって貰わないとなあ。
「いずれ、良い時期があれば改めて試しましょう。その時は前もってエルエルにもチームにも説明して」
「ええ! ありがとうございます、そうして頂けると助かります!」
ナリンさんが笑顔で礼を口にする。俺よりも選手との付き合いの方が長いだけに、よりそちらの気持ちが分かるのだろう。
逆にこういう部分については、俺が変わっていかなければならない所だ。選手の気持ちが分からないままでいて、分からないからこそできる作戦や采配、てのもあるだろう。前半早々の交代だったりインアウト――交代で途中から入った選手が下げられてしまう事だ。かなりの無念らしい――だったり。だが俺はやはり、選手も納得できる形で戦いたい。その為にはもっと選手の気持ちを知らなければ。
とはいえ親密になり過ぎるのも問題だけどな……。と一人密かに最近の行動を恥じつつ、俺は最後の話題を切り出した。
「最後はバックドアの所ですね。何名か試してきましたけど、誰が一番良かったですかね?」
俺はアイラさんを除く前目の選手たち――これにはスタメン、ベンチ全員を含む――の練習時の動画を魔法の鏡に流しながら聞く。
「ワシのお勧めはリストじゃな! 孤立する以上、独力での攻撃力が最もあるのはアヤツじゃろうて!」
ジノリコーチが作戦の立案者として最初に口を開いた。リストさん、意外とジノリコーチに評価されてんだよなあ。逆に本エルフの方はまだ苦手意識あるみたいだけど。
「僕はリーシャをお勧めするね。同じく個人での突破が見込める上に、シュート技術も極めて高い。」
ニャイアーコーチは、FWに転向して存分にその才能を開花しつつあるリーシャさんの名前を上げた。居残りシュート特訓ではコーチ自らGKとして対戦しているからでもあるのだろう。
「自分はヨンですね。個人技では劣りますが、生粋のFWとしてゴール前へ入っていく度胸は一番です」
ナリンさんは守備的FWとして活躍するヨンさんを推薦する。最近は試合のクローザーとしての役割が多いが、一番FWらしいFWと言えば彼女だ。あとこれもやはり選手の気持ちに寄り添うナリンさんとして、黒子役を頑張るヨンさんに日の目を当ててあげたいという想いがあるのかもしれない。
「俺はダリオだな。今、皆が述べた要素全てで一番という訳ではないが高いレベルで行える」
ザックコーチは我らが姫様を選んだ。彼女は今シーズンからキャプテンではなくなったが、その重圧から解放されてかノビノビとプレイしている。その好調から何をやらせても上手く遂行してくれるだろう。
「見事に別れましたね……」
俺はそのまま議論に入るコーチ陣を見つつ、バックドアについて改めて脳内で整理を始めた。
そもそも『バックドア』と一言で言っても、業界によって意味合いは違ってくるだろう。建築用語だったりパソコン用語だったり。言葉としてはまあ、正当な入り口ではなくて裏口の事だったりするのだけれど。
で、これがサッカーとなるとフィールド上のある特定の位置、或いは方向を利用した戦法を意味する事となる。
話は少し遠回りになる――と言うか『遠回り』という概念がそもそもバックドアに近かったりするのだが――が、バックドアの成立には例のオーバーロードが関わってくる。
ここで復習。選手を片方のサイドに集めて人口密度ならぬエルフ口密度を高め、近い距離でのコンビネーションによる崩しを行う、攻撃に失敗しても同じく距離が近いのですぐにゾーンプレスを発動してボール奪取を狙う、というのがオーバーロード。ではその様に選手を配置した場合、逆サイドでは何が起きるか? と言うと……選手のいないスッカスカの広いエリアができる。
その広いエリアを単純に放置しておくか? と言うとそんな訳はない。一名だけ選手を残しておくのである。できれば一発で相手DFの裏に入り、決定的な仕事ができそうな選手を、だ。
またその『裏の取り方』にも理想がある。その選手の対応に残されたDF――すっぱりと諦めて置かないチームもいる。だが恐らくインセクターは残すだろう。彼女らは幾何学的と言うか対称的なモノを好み、アシンメトリーな配置は落ち着かないだろう。これは昆虫に対する俺の偏見だが、チャプターの街並みを見てもそう外れではない筈だ――がオーバーロード側に気を取られた瞬間に、その背後、バックを取ってゴール前へ進入するのが理想だ。
その形ならパスとのタイミングさえ合えば一発でチャンスを迎える。むしろオーバーロードを行っている側よりも、そちらの方が本命と言えるかもしれない。
「大軍で城の正門を攻めている間に、こっそり通用門から精鋭部隊が本丸へ進入するようなイメージです」
と試しに説明してみればまあ、彼女らの理解の早いこと早いこと。そりゃファンタジー世界の住人だもんな。
ちなみに守備においては保険的に一名選手を後方へ残す予定である。そう、本来はCBのガニアさんだ。状況によっては彼女と上手く協調して守備を行うかもしれない。故にバックドア担当の選定にはその辺りも考慮に入れる必要があるのだが……。
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