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第十六章

見送り

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 仕事が多いと時間が経つのも早い。俺達は試合前々日、対戦相手の情報を入れた上での練習そして相手国への移動という日を迎えていた。
 まずインセクターチームの特徴や対処方法をまとめた動画を見せ実際に身体を動かし軽く実践、その後着替えて移動……としたいのは山々であったが、一度ドワーフとのプレシーズンマッチで行った時の「スーツ姿で作戦室で講義を受けたい」の意見は今なお強く、彼女らの希望を尊重して朝一でミーティング、その後みんなでいつもの船に乗り、王城の魔法陣でテレポートしてチャプターに到着、という段取りになった。
 しつこい様だがプロスポーツチームにとっては遠征や試合もルーティーンの一部だ。いつも通りに準備し平常心で挑み、普通で当たり前の物事を積み重ねて普通でない事を成し遂げる。ベンチャー企業の社長なんかは『日々感動』とかなんとか怪しい言葉が好きだが、俺は選手達が自分のペースで準備し試合へ挑めるよう手配していた。
 そもそもそんなに感動が好きなら、下々の者に強制するのではなく上に立つ者が勝手に頑張れば良いのである。
 そんな訳で、俺は遠征への旅立ちにもちょっとした仕込みをしていた。

『離れていても想いは一つ』
『二連勝で帰ってこい!』
 王城へ向かう運河の両岸にはそんな内容が書かれた横断幕が所狭しと掲げられていた。
「平日の午前中だよな?」
「そ……。ありえない……」
 夜更かしが好きで朝が弱いティアさんと、まだ血液が足りなくてずっと眠たがっているルーナさんのSBコンビが呆れた声を出す。横断幕に飽きたらず、橋の上からアローズのタオルマフラーを振って声援を送るサポーターさん達を見つけたからだ。
「で、君は何をされてる方なの?」
と和田ア○子さんの真似をしながら俺も聞きたくなる所だが、実は知っている。あの辺りは何をしている人どころか確か何もしていないエルフ、具体的に言うと貴族だったり親が資産家な所の息子さんだったりする。
 例えばコールリーダーに声をかけてくれた例のジャックスさん、彼は王立歌劇団所属の国民的俳優ニコルさん……の息子だし。大物芸能人の息子が親のコネやスネを齧って、と考えると異世界まで来てなかなか切ない背景だが、仮にサッカードウ選手をアーティスト、芸術家だとすれば貴族や豪商がパトロンたにまちについている様なものと考えられなくもない。……かな?
「こんな風に応援されてアウェイに赴くのも悪くないですね!」
 そんな裏事情を知らないナリンさんがまぶしい笑顔で言う。そっちの事情は知らないが、俺がサポーターさん達と連携してこの辺りを仕込んだ――遠征へ出発するチームの船がいつ頃どこを通るか、をステフを使ってサポーターさん達や報道陣へリークし、見送りに来るよう仕向けた――事は知っての笑顔である。複雑な気分だ。
「あ、マスコミも来ているのでしたね! しゃんとしないと……!」
 サポーターさん達とは別方向にメディア陣を見つけ、ナリンさんは文字通りスーツの襟を正してきりっと前を向いた。俺がこのスーツもオフィシャルグッズとして売ろうとしていること、移動中に映る事で宣伝にしようとしていることも彼女は分かっているのだ。
「なんか急に自分の浅ましさが恥ずかしくなってきたな……」
 選手達を応援すべく船に手を振るサポーターさん達と、それを素直に喜ぶ選手達に比べて俺の汚れていることよ……。
「でもまあ全てはチームが勝つ為だ! 何だってやってやるさ!」
 この先はアウェイ二連戦という未知の領域だ。手加減などしてられない。俺は岸へ向かってにこやかに手を振りながら、決意を新たにするのであった……。


第一六章:完
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