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第十六章

特訓と特喰い

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「確かに。みんな『何処何処へ行くんだ~』とか『何をして遊んであげようかな~』とか楽しそうだもんね」
 ユイノさんが同調するように言う。なんと、もう話が伝わっているのか!? と思ったが居残り組にはユイノさん達と同じく自主練習で遅くまで残っている選手も多い。その場で聞いたのだろう。
「そうか。参加したい、てのならまたそういう機会を計画しようか?」
「いいえ、違うっす」
 クエンさんは少し考え込んだ後、しゃがみ込み床に座る俺と目線を併せて続ける。
「監督とかチームに任せるんじゃなくて、自分たちで計画して自分たちの手を動かしてこういう事がしたいんす」
 そう言いながら彼女は床のボールを拾い上げた。
「自分はヨミケでも貧しい所の出身で、子供の頃はこんな良いボールなんて蹴った事は無かったっす。でもサッカーがあったから道を踏み外さないで生きてこられたし、サッカーのプロにもなれたっす。だからずっとサッカーに恩返しがしたいと思っていたし、自分と同じ様な境遇の子供たちを助けたいと思っていたっす」
 クエンさんは一度そこで口を止めると、ボールに書かれた文字を指でなぞった。
「普及部の活動はとても良い事で続けて欲しいっす。でもそれに乗っかって、チームや監督が用意してくれた仕事を遂行するだけでは、何というか……恩返しにならないっす!」
 普段あまり自己主張をせずプライベートではリストさんを、試合では中盤の守備全般を支えるクエンさんが珍しく強い口調で言い切った。その事象に心で衝撃を受けつつも、頭では冷静に彼女の意図を図る。
「つまりボランティア活動をしたい、って事かな? しかも選手主導で有志を募って、て感じで」
「そう、それっす! ……駄目っすか?」
 クエンさんは不安そうに訊ねる。なるほど、その視点は無かったなあ。なにせここは文明文化の違う異世界だし、社会インフラとかも違うし。
「駄目って事はないよ」
 俺は彼女を安心させる為にひとまず応える。いやしかし、『義勇兵』というくくりで考えれば地球でもまあまあ昔からあるし、この世界のノトジアだって義勇兵が集まってできたような国だ。
 そう言えばクエンさんも俺達と一緒にノトジアへ行っていたな。もしかしてそれも切っ掛けか?
「そんな事を考えていたんだ!? クーちゃん偉い!」
 俺の事をまだ不安そうに見つめるクエンさんの頭を、ユイノさんが上から抱き締めた。
「ちょっとユイノ!」
「おーよちよち」
 照れるクエンさんをユイノさんは容赦なくその豊かな胸に押しつける。ちなみにそのユイノさんを代表とするデイエルフ、ボランティアや貧民救護の精神は元から極めて高く、みなしご等は決して放っておかない……というのはまあ、俺の境遇孤児であることを打ち明けた時などで知っての通り。
 だからこそ普及部の活動に関しても敢えて『ボランティア』の面は強調せず、『サッカードウの普及』という面を強く打ち出していたのだが……クエンさんにはその辺りの事情は分からなくて当然か。
 まあどちらにせよ重要なのはその点だけではない。大事なのは選手主体で、自分達で計画して手足を動かしたい、と言った部分である。
「分かった。稟議書とか企画書的なモノは出して欲しいけど、許可します! あ、その書類もあくまでもチェックや指導ではなくて把握の為だからね。あまり難しく考えず、自由な発想でプランを立てて仲間を募ってみて」
 俺がそう言うとクエンさんとユイノさんは抱き合ったまましばらく見つめ合い……やがて状況を理解し飛び上がって喜んだ。
「やったぁ! ショーパイセンあざっす!」
「やったねクーちゃん!」
 その風景を見て俺も思わず目尻が下がる。が、表情を崩す俺にクエンさんがおずおずと切り出した。
「早速ですけどショーパイセン、このボールのメッセージですけど……」
「ああ、選手に書いて貰って、サインもお願いした方が良いかな?」
 相手のアイデアを先に言ってしまうのは良くないが、今回はさほど問題でもないだろう。
「そうっすね。だって何個かのメッセージ、『胸を抱き舐めるだ!』になってますし」
「えっ!? 嘘!?」
「あ、ほんとだぁー! ははは、おっかしー!」
 ユイノさんは何の忖度もなく笑う。
「ちゃんと目コピーしたつもりだったのに……」
「うんうん、疲れで監督の素直な願望が出たんだと思うよ?」
「でも子供達にはちょっと早いっすねー。いや、年齢によっては遅いとも言えるっすか?」
 ユイノさんが理解ある体でとんでもない事を言い、クエンさんが冷静に分析した。
「願望ちゃうわい!」
「もうもう無理しないで。私たちの仲じゃない? 素直にお願いしたら幾らでもこの胸を貸すのに」
「ちょっとユイノ!?」
 ユイノさんのその言葉には流石にクエンさんも慌てて突っ込む。
「じゃあ……お願いしようかな……」
「はぁ!? ショーパイセンまじっすか!?」
「今日は取りあえずメッセージを書いたボールをチェックして、間違ってたら消す所まで手伝ってくれる?」
 もう夜も遅いので書き直しまでは頼めないが、誤ったメッセージが記されたボールを残していくのも誰かが何か誤解しそうでマズい。
「はーい!」
「あ、そっちすか……了解っす!」
 疲れている筈だがユイノさんクエンさんは嫌な顔一つせずに了承してくれた。
 その後、ユイノさんがチェック、俺が仕分け、クエンさんが間違ったメッセージを消すという役割分担で速やかに作業が終了し、俺達は用具室を後にするのであった。
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