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第十六章
ボクシ―の名推理
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~インセクターvsエルフ戦後。宮殿にて。その5~
「はい、ダウトじゃ」
「はあ!? ここから良い所なのに!」
「一つ、ショーキチ君は頭の回転が早いし手のコントロールも良いから、別に石鹸を手渡さんでもバスタブに投げ入れる事ができた筈じゃ。二つ、ぬしの胸は残念ながら成人男子の頭部を受け止めるほどのクッション性は無い。三つ、そもそもそこで首尾良く行ったなら、妾の所に来てフェロモンを要求する必要はないじゃろ。つまり今の回想は嘘じゃ。違うかや?」
「ぐぎぎ……そうよ」
「くやしいのうくやしいのう。で、実際はどんな展開だったのじゃ? 聞かんと進めぬのじゃろう。さっさと回想の続きへ行くがよい」
「ごめん、ショーちゃん。持ってきてー」
いや自分で拾ってくれよ、とは言えなかった。彼女はたぶんいま全裸の筈だし、お湯から出ると湯冷めも……って全裸!?
「拾います! 拾ってそちらに投げますので、中に居続けて受け取って下さい!」
「ちぇっ。了解ー」
残念そうな声でシャマーさんが了解の声を上げた。俺は恐る恐るまず石鹸が落ちたらしい草むらに目をやり、近寄って簡単にそれを見つけ、拾う。
「滑ってキャッチするのも難しいだろうから、お湯に着水するように投げます。当たらないように身を潜めて下さい」
「はーい」
応えるシャマーさんの声の発生源が、僅かに低い位置になった。潜るまではいってないだろうが、これで石鹸が直接ぶつかる事もないだろう。
「いきまーす!」
バスタブに目をやる。シャマーさんの身体は完全に隠れ、頭の上半分くらいしか見えない。それでも少しドキっとして、俺はアンダースローで素早く石鹸を投げ込んだ。
「どぼん!」
「きゃっ! もう、飛沫が顔にかかったじゃなーい」
シャマーさん言い方! 別の想像するからやめて!
「身体には当たりませんでしたか? 大丈夫ですか?」
「傷物になったかもー。責任とってくれる?」
シャマーさん言い方! その2!
「大丈夫そうなので俺は戻ります」
「ああん、ごめん待ってー。もう少しお話しよ?」
彼女のからかい攻勢に少し腹を立てて室内に返ろうとする俺を、シャマーさんは猫なで声で止めた。
「はあ~。じゃあもうちょっとだけ」
最終的には彼女を色んな用事に使ってしっかり休息を取らせなかったこちらが悪い。俺はため息をつきながら、バスタブ方面に背を向け座った。
「もう一度確認したいんだけどさー」
「何ですか?」
「このお風呂に入ったの、私が初めて?」
「そうですけど?」
「へっへっへ。ショーちゃんの初めて、私が奪っちゃったー」
もうシャマーさんの言い方に突っ込むの辞めよう。それに奪われたと言えばエルフとの初キスもそうだし、チームの指揮の経験も、初勝利もだ。
思えば……あれから遠くへ来たものだ。今や完全な『日常』になってしまったものの殆どが、冷静に考えればどう見ても『非日常』だよな。
「どうしたのショーちゃん?」
急に黙り込んだ俺を心配するようにシャマーさんが言った。
「それだけじゃないですよ」
「えっ?」
「監督業も、勝利も、異世界での暮らしも、旅も、ぜんぶ初体験です。全部シャマーさんたちに与えられました」
俺の背の方向にある美しい風景も、この家も、全てエルフのみなさんから与えられたものだ。俺は静かになったシャマーさんに、決意を伝えるように言った。
「だから、俺もシャマーさんたちにたくさんの初体験を与えます。もっと厳しい練習に、高度なサッカードウの戦術。そしてたくさんの勝利の喜びの後に……タイトルをね」
「(うううー、もう!)」
再びお湯が跳ねるバシャバシャという音だけが聞こえた。
「どうしました?」
「いやー、ちょっとお湯が熱くって!」
「じゃあお湯を足しま……って冷えたんじゃなくて熱い!?」
流石に追い炊き機能なんてないぞ!?
「ううん、やっぱり何でもない! もうそろそろ上がるね!」
「ま、待って! じゃあ部屋に入ります!」
シャマーさんが立ち上がる音がして、俺も慌てて身を翻し家の中へ駆け出した。
「あ、ショーちゃん……」
背後で呼びかけられたような気がした。しかし振り返る訳にも行かず、俺は自分の部屋まで猛ダッシュで逃げて、扉に鍵をかけてベッドへ倒れ込んだ……。
~インセクターvsエルフ戦後。宮殿にて。その6~
「んんんん!? そこでその日は終わり?」
「そうだよ。なによ、早く感想戦へ行きたいんじゃなかったのー?」
「そうじゃが……ぬしらそこで止まっちゃうの?」
「だってショーちゃんあんな声であんなこと言うしさー。キュン、てなっちゃったし」
「ぬしもぬしでオボコじゃの。まあ良いわ、次の日からはどんな練習をしたのじゃ?」
練習三日目。その日からいよいよジノリコーチが考案した戦術を詰めていく事となった。
そう、彼女が言っていた作戦『オーバーロード』だ。
「形が違うからと言って今までしてきた事を捨てる訳じゃないぞ! 魔王の様に冷酷に、大胆に動くのじゃ!」
ジノリコーチは定位置――ザックコーチに肩車された状態だ――から発破をかける。作戦名とその描写から俺は更に不安になるが、選手たちも別の意味で少し不安な様だった。
「監督、今の位置で良かったですか? と言うか本当に私で良いんです?」
動きを止めて逆サイドの連中が説明を受けているタイミングで、次の試合では左SBに入る予定のガニアさんが訊ねてきた。
「すごく良かったです! それにガニアさんがいるからこの作戦が成り立つんですよ、期待してますよ!」
俺は作戦名だけ口走らないように注意しながら、改めてその意義を彼女に説明する事にした。
「はい、ダウトじゃ」
「はあ!? ここから良い所なのに!」
「一つ、ショーキチ君は頭の回転が早いし手のコントロールも良いから、別に石鹸を手渡さんでもバスタブに投げ入れる事ができた筈じゃ。二つ、ぬしの胸は残念ながら成人男子の頭部を受け止めるほどのクッション性は無い。三つ、そもそもそこで首尾良く行ったなら、妾の所に来てフェロモンを要求する必要はないじゃろ。つまり今の回想は嘘じゃ。違うかや?」
「ぐぎぎ……そうよ」
「くやしいのうくやしいのう。で、実際はどんな展開だったのじゃ? 聞かんと進めぬのじゃろう。さっさと回想の続きへ行くがよい」
「ごめん、ショーちゃん。持ってきてー」
いや自分で拾ってくれよ、とは言えなかった。彼女はたぶんいま全裸の筈だし、お湯から出ると湯冷めも……って全裸!?
「拾います! 拾ってそちらに投げますので、中に居続けて受け取って下さい!」
「ちぇっ。了解ー」
残念そうな声でシャマーさんが了解の声を上げた。俺は恐る恐るまず石鹸が落ちたらしい草むらに目をやり、近寄って簡単にそれを見つけ、拾う。
「滑ってキャッチするのも難しいだろうから、お湯に着水するように投げます。当たらないように身を潜めて下さい」
「はーい」
応えるシャマーさんの声の発生源が、僅かに低い位置になった。潜るまではいってないだろうが、これで石鹸が直接ぶつかる事もないだろう。
「いきまーす!」
バスタブに目をやる。シャマーさんの身体は完全に隠れ、頭の上半分くらいしか見えない。それでも少しドキっとして、俺はアンダースローで素早く石鹸を投げ込んだ。
「どぼん!」
「きゃっ! もう、飛沫が顔にかかったじゃなーい」
シャマーさん言い方! 別の想像するからやめて!
「身体には当たりませんでしたか? 大丈夫ですか?」
「傷物になったかもー。責任とってくれる?」
シャマーさん言い方! その2!
「大丈夫そうなので俺は戻ります」
「ああん、ごめん待ってー。もう少しお話しよ?」
彼女のからかい攻勢に少し腹を立てて室内に返ろうとする俺を、シャマーさんは猫なで声で止めた。
「はあ~。じゃあもうちょっとだけ」
最終的には彼女を色んな用事に使ってしっかり休息を取らせなかったこちらが悪い。俺はため息をつきながら、バスタブ方面に背を向け座った。
「もう一度確認したいんだけどさー」
「何ですか?」
「このお風呂に入ったの、私が初めて?」
「そうですけど?」
「へっへっへ。ショーちゃんの初めて、私が奪っちゃったー」
もうシャマーさんの言い方に突っ込むの辞めよう。それに奪われたと言えばエルフとの初キスもそうだし、チームの指揮の経験も、初勝利もだ。
思えば……あれから遠くへ来たものだ。今や完全な『日常』になってしまったものの殆どが、冷静に考えればどう見ても『非日常』だよな。
「どうしたのショーちゃん?」
急に黙り込んだ俺を心配するようにシャマーさんが言った。
「それだけじゃないですよ」
「えっ?」
「監督業も、勝利も、異世界での暮らしも、旅も、ぜんぶ初体験です。全部シャマーさんたちに与えられました」
俺の背の方向にある美しい風景も、この家も、全てエルフのみなさんから与えられたものだ。俺は静かになったシャマーさんに、決意を伝えるように言った。
「だから、俺もシャマーさんたちにたくさんの初体験を与えます。もっと厳しい練習に、高度なサッカードウの戦術。そしてたくさんの勝利の喜びの後に……タイトルをね」
「(うううー、もう!)」
再びお湯が跳ねるバシャバシャという音だけが聞こえた。
「どうしました?」
「いやー、ちょっとお湯が熱くって!」
「じゃあお湯を足しま……って冷えたんじゃなくて熱い!?」
流石に追い炊き機能なんてないぞ!?
「ううん、やっぱり何でもない! もうそろそろ上がるね!」
「ま、待って! じゃあ部屋に入ります!」
シャマーさんが立ち上がる音がして、俺も慌てて身を翻し家の中へ駆け出した。
「あ、ショーちゃん……」
背後で呼びかけられたような気がした。しかし振り返る訳にも行かず、俺は自分の部屋まで猛ダッシュで逃げて、扉に鍵をかけてベッドへ倒れ込んだ……。
~インセクターvsエルフ戦後。宮殿にて。その6~
「んんんん!? そこでその日は終わり?」
「そうだよ。なによ、早く感想戦へ行きたいんじゃなかったのー?」
「そうじゃが……ぬしらそこで止まっちゃうの?」
「だってショーちゃんあんな声であんなこと言うしさー。キュン、てなっちゃったし」
「ぬしもぬしでオボコじゃの。まあ良いわ、次の日からはどんな練習をしたのじゃ?」
練習三日目。その日からいよいよジノリコーチが考案した戦術を詰めていく事となった。
そう、彼女が言っていた作戦『オーバーロード』だ。
「形が違うからと言って今までしてきた事を捨てる訳じゃないぞ! 魔王の様に冷酷に、大胆に動くのじゃ!」
ジノリコーチは定位置――ザックコーチに肩車された状態だ――から発破をかける。作戦名とその描写から俺は更に不安になるが、選手たちも別の意味で少し不安な様だった。
「監督、今の位置で良かったですか? と言うか本当に私で良いんです?」
動きを止めて逆サイドの連中が説明を受けているタイミングで、次の試合では左SBに入る予定のガニアさんが訊ねてきた。
「すごく良かったです! それにガニアさんがいるからこの作戦が成り立つんですよ、期待してますよ!」
俺は作戦名だけ口走らないように注意しながら、改めてその意義を彼女に説明する事にした。
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