上 下
280 / 665
第十六章

鼻れ技

しおりを挟む
 サッカーにおいて『意思統一』というのは非常に大事だ。例えば1点差で残り時間が少ない時に守備陣は引きこもって守ろうとし前線はもう1点穫って試合を終わらせよう……などと考えが違うと、中盤に大きなスペースが開き相手にそこを使われたり、一方的にこぼれ球を拾われずっと攻撃されたりもする。
 そしてその部分ではインセクターというチームは非常に強固だった。上意下達上の命令を下が聞くがスムーズで、システム変更もお手のもの。独断専行で指揮官の思惑と違うプレイを行う選手もおらず、サボる事もない。
 その長所が、身体能力的にあまり強固でもなくボールテクニックに秀でたモノもないインセクターチームを長く一部リーグに留めている理由と言える。
 だが問題なのは、その『指揮官』がどうやら監督ではなくスタンドの遙か上、貴賓席に座る女王かもしれない、という点だった。監督から選手への指示というモノはベンチ前でどれだけ声を枯らしても――実際に叫びすぎて喉を痛める事で有名になり、お菓子メーカーさんからのど飴の提供を受けるに至った監督までいるくらいだ――伝わらない事があるくらい、難しいモノだ。なのにインセクターチームは、もっと遠い位置からどのようにして伝えているのか?
 無線は無い。魔法は封じられている。俺たちのように、サインなど視覚的伝達を行っている様子もない。あと考えられるのは――彼女らの見た目から推測するに――もう匂いしかなかった。

「地球の学者さん達は、昆虫が特殊なフェロモンを出して仲間を呼んだり道案内をしたり、攻撃目標を定めて攻撃性を高めたりするのを研究しています。時には別の匂いをつけて、道に迷わせる実験をしたり。インセクターさんが地球の昆虫とどれほど似た存在かは分からないですけど、状況的に試してみてもよいかと」
 例えばではあるがエルフ代表がリードし、インセクターが追いつく為に攻撃的になる必要がある場面で……。誰かが密かに「守備的になれ!」というフェロモンを漂わせ、選手を混乱させるとか。
「ほうほう。って俺はフクロウじゃないぴよ」
「分かってますけど」
 関心したスワッグが余計なボケを入れながら呟き、アカリさんがクールに反応した。
 しかし、である。仮に全て上手くいって、つまり収集分析できた上にこちらで似たものを作り、女王の指揮を妨害する事ができるとしても。この作戦は非常に陰湿で、実行するにしてもかなりグレーゾーンというか、やや気が引けるものだった。ドワーフの送風装置と違うのは……何でだろう? 機械仕掛けと肉体から発生するものの差かな?
「ただまあ事象が事象なんで、この作戦は今ここにいるメンバーだけの秘密にして欲しいんです。収集分析だけで終わる可能性もありますし」
 と言うか実の所、今回アウェイの試合で首尾良く必要な情報を手に入れたとして、すぐに幻惑用の匂いは用意できなし次の対戦はホームゲームで――カップ戦の予選リーグは可能性があるがまだ抽選前だ――恐らく女王は来ないし、下手したら陽動作戦実施は来シーズンになるかもなんだけど。
 いやもっと早くに知っていればアカサオやステフを試合とは別にインセクターの国へ送り込み手を打てたかもしれないが。まあこれは現地にも行かず、映像も試合だけを観ていた俺の責任だな。
「当分先まで実行しないかもしれない、そのうえ後ろ暗くて他のコーチにも伝えてない、そんな作戦です。面倒なお願いですが危険を犯すのも情報漏洩も絶対にナシの方向でお願いします」
「おう、任せろ!」
「嘴の堅さには自信があるぴい!」
 全く安心できないテンションでまずステフとスワッグが声を上げる。
「腕がなるわー」
「インセクターに変装するの、意外と簡単なんだよね」
 続いてアカリさんサオリさんがそれぞれの首をポキポキ……は鳴らさないが、そんな仕草で頷く。
「あとはシャマーさん?」
「……分かった。匂いの分析装置、いつまでに用意したらいい?」
 シャマーさんの反応は、想像と違って非常に大人しいものだった。正直に言おう、俺は作戦の説明を始めた時からいつ、
『わー! ショーちゃんずるーい! 好きー!』
と言って飛びついてくるか? と警戒していたのだが。
「いつまで? え、いつまでだろ?」
「試合当日じゃないのか?」
「でも試合中は魔法装置も封じられているぴよ」
「なっ、なるはやで受け取って、受領次第潜入、で練習とかで……」
「その匂いを早々に収集して、試合に間に合う可能性が存在?」
 意外な反応と質問に戸惑う俺をフォローして、ステフとスワッグとアカサオが話し合う。流石、専門家だ。
「そっか! じゃあさっそく取りに帰って、今日中にショーちゃん家に届けに行くねー!」
「あ、はい。ありがとうございます」
 別に今晩でなくても、明日の朝でも良いんだけどな……と思ったものの、ようやく明るい声を出したシャマーさんに安心して、俺はその申し出を承諾してしまった。
 それがまさかあんな事になるとは……。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

男女比がおかしい世界に来たのでVtuberになろうかと思う

月乃糸
大衆娯楽
男女比が1:720という世界に転生主人公、都道幸一改め天野大知。 男に生まれたという事で悠々自適な生活を送ろうとしていたが、ふとVtuberを思い出しVtuberになろうと考えだす。 ブラコンの姉妹に囲まれながら楽しく活動!

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

処理中です...