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第十六章
鼻れ技
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サッカーにおいて『意思統一』というのは非常に大事だ。例えば1点差で残り時間が少ない時に守備陣は引きこもって守ろうとし前線はもう1点穫って試合を終わらせよう……などと考えが違うと、中盤に大きなスペースが開き相手にそこを使われたり、一方的にこぼれ球を拾われずっと攻撃されたりもする。
そしてその部分ではインセクターというチームは非常に強固だった。上意下達がスムーズで、システム変更もお手のもの。独断専行で指揮官の思惑と違うプレイを行う選手もおらず、サボる事もない。
その長所が、身体能力的にあまり強固でもなくボールテクニックに秀でたモノもないインセクターチームを長く一部リーグに留めている理由と言える。
だが問題なのは、その『指揮官』がどうやら監督ではなくスタンドの遙か上、貴賓席に座る女王かもしれない、という点だった。監督から選手への指示というモノはベンチ前でどれだけ声を枯らしても――実際に叫びすぎて喉を痛める事で有名になり、お菓子メーカーさんからのど飴の提供を受けるに至った監督までいるくらいだ――伝わらない事があるくらい、難しいモノだ。なのにインセクターチームは、もっと遠い位置からどのようにして伝えているのか?
無線は無い。魔法は封じられている。俺たちのように、サインなど視覚的伝達を行っている様子もない。あと考えられるのは――彼女らの見た目から推測するに――もう匂いしかなかった。
「地球の学者さん達は、昆虫が特殊なフェロモンを出して仲間を呼んだり道案内をしたり、攻撃目標を定めて攻撃性を高めたりするのを研究しています。時には別の匂いをつけて、道に迷わせる実験をしたり。インセクターさんが地球の昆虫とどれほど似た存在かは分からないですけど、状況的に試してみてもよいかと」
例えばではあるがエルフ代表がリードし、インセクターが追いつく為に攻撃的になる必要がある場面で……。誰かが密かに「守備的になれ!」というフェロモンを漂わせ、選手を混乱させるとか。
「ほうほう。って俺はフクロウじゃないぴよ」
「分かってますけど」
関心したスワッグが余計なボケを入れながら呟き、アカリさんがクールに反応した。
しかし、である。仮に全て上手くいって、つまり収集分析できた上にこちらで似たものを作り、女王の指揮を妨害する事ができるとしても。この作戦は非常に陰湿で、実行するにしてもかなりグレーゾーンというか、やや気が引けるものだった。ドワーフの送風装置と違うのは……何でだろう? 機械仕掛けと肉体から発生するものの差かな?
「ただまあ事象が事象なんで、この作戦は今ここにいるメンバーだけの秘密にして欲しいんです。収集分析だけで終わる可能性もありますし」
と言うか実の所、今回アウェイの試合で首尾良く必要な情報を手に入れたとして、すぐに幻惑用の匂いは用意できなし次の対戦はホームゲームで――カップ戦の予選リーグは可能性があるがまだ抽選前だ――恐らく女王は来ないし、下手したら陽動作戦実施は来シーズンになるかもなんだけど。
いやもっと早くに知っていればアカサオやステフを試合とは別にインセクターの国へ送り込み手を打てたかもしれないが。まあこれは現地にも行かず、映像も試合だけを観ていた俺の責任だな。
「当分先まで実行しないかもしれない、そのうえ後ろ暗くて他のコーチにも伝えてない、そんな作戦です。面倒なお願いですが危険を犯すのも情報漏洩も絶対にナシの方向でお願いします」
「おう、任せろ!」
「嘴の堅さには自信があるぴい!」
全く安心できないテンションでまずステフとスワッグが声を上げる。
「腕がなるわー」
「インセクターに変装するの、意外と簡単なんだよね」
続いてアカリさんサオリさんがそれぞれの首をポキポキ……は鳴らさないが、そんな仕草で頷く。
「あとはシャマーさん?」
「……分かった。匂いの分析装置、いつまでに用意したらいい?」
シャマーさんの反応は、想像と違って非常に大人しいものだった。正直に言おう、俺は作戦の説明を始めた時からいつ、
『わー! ショーちゃんずるーい! 好きー!』
と言って飛びついてくるか? と警戒していたのだが。
「いつまで? え、いつまでだろ?」
「試合当日じゃないのか?」
「でも試合中は魔法装置も封じられているぴよ」
「なっ、なるはやで受け取って、受領次第潜入、で練習とかで……」
「その匂いを早々に収集して、試合に間に合う可能性が存在?」
意外な反応と質問に戸惑う俺をフォローして、ステフとスワッグとアカサオが話し合う。流石、専門家だ。
「そっか! じゃあさっそく取りに帰って、今日中にショーちゃん家に届けに行くねー!」
「あ、はい。ありがとうございます」
別に今晩でなくても、明日の朝でも良いんだけどな……と思ったものの、ようやく明るい声を出したシャマーさんに安心して、俺はその申し出を承諾してしまった。
それがまさかあんな事になるとは……。
そしてその部分ではインセクターというチームは非常に強固だった。上意下達がスムーズで、システム変更もお手のもの。独断専行で指揮官の思惑と違うプレイを行う選手もおらず、サボる事もない。
その長所が、身体能力的にあまり強固でもなくボールテクニックに秀でたモノもないインセクターチームを長く一部リーグに留めている理由と言える。
だが問題なのは、その『指揮官』がどうやら監督ではなくスタンドの遙か上、貴賓席に座る女王かもしれない、という点だった。監督から選手への指示というモノはベンチ前でどれだけ声を枯らしても――実際に叫びすぎて喉を痛める事で有名になり、お菓子メーカーさんからのど飴の提供を受けるに至った監督までいるくらいだ――伝わらない事があるくらい、難しいモノだ。なのにインセクターチームは、もっと遠い位置からどのようにして伝えているのか?
無線は無い。魔法は封じられている。俺たちのように、サインなど視覚的伝達を行っている様子もない。あと考えられるのは――彼女らの見た目から推測するに――もう匂いしかなかった。
「地球の学者さん達は、昆虫が特殊なフェロモンを出して仲間を呼んだり道案内をしたり、攻撃目標を定めて攻撃性を高めたりするのを研究しています。時には別の匂いをつけて、道に迷わせる実験をしたり。インセクターさんが地球の昆虫とどれほど似た存在かは分からないですけど、状況的に試してみてもよいかと」
例えばではあるがエルフ代表がリードし、インセクターが追いつく為に攻撃的になる必要がある場面で……。誰かが密かに「守備的になれ!」というフェロモンを漂わせ、選手を混乱させるとか。
「ほうほう。って俺はフクロウじゃないぴよ」
「分かってますけど」
関心したスワッグが余計なボケを入れながら呟き、アカリさんがクールに反応した。
しかし、である。仮に全て上手くいって、つまり収集分析できた上にこちらで似たものを作り、女王の指揮を妨害する事ができるとしても。この作戦は非常に陰湿で、実行するにしてもかなりグレーゾーンというか、やや気が引けるものだった。ドワーフの送風装置と違うのは……何でだろう? 機械仕掛けと肉体から発生するものの差かな?
「ただまあ事象が事象なんで、この作戦は今ここにいるメンバーだけの秘密にして欲しいんです。収集分析だけで終わる可能性もありますし」
と言うか実の所、今回アウェイの試合で首尾良く必要な情報を手に入れたとして、すぐに幻惑用の匂いは用意できなし次の対戦はホームゲームで――カップ戦の予選リーグは可能性があるがまだ抽選前だ――恐らく女王は来ないし、下手したら陽動作戦実施は来シーズンになるかもなんだけど。
いやもっと早くに知っていればアカサオやステフを試合とは別にインセクターの国へ送り込み手を打てたかもしれないが。まあこれは現地にも行かず、映像も試合だけを観ていた俺の責任だな。
「当分先まで実行しないかもしれない、そのうえ後ろ暗くて他のコーチにも伝えてない、そんな作戦です。面倒なお願いですが危険を犯すのも情報漏洩も絶対にナシの方向でお願いします」
「おう、任せろ!」
「嘴の堅さには自信があるぴい!」
全く安心できないテンションでまずステフとスワッグが声を上げる。
「腕がなるわー」
「インセクターに変装するの、意外と簡単なんだよね」
続いてアカリさんサオリさんがそれぞれの首をポキポキ……は鳴らさないが、そんな仕草で頷く。
「あとはシャマーさん?」
「……分かった。匂いの分析装置、いつまでに用意したらいい?」
シャマーさんの反応は、想像と違って非常に大人しいものだった。正直に言おう、俺は作戦の説明を始めた時からいつ、
『わー! ショーちゃんずるーい! 好きー!』
と言って飛びついてくるか? と警戒していたのだが。
「いつまで? え、いつまでだろ?」
「試合当日じゃないのか?」
「でも試合中は魔法装置も封じられているぴよ」
「なっ、なるはやで受け取って、受領次第潜入、で練習とかで……」
「その匂いを早々に収集して、試合に間に合う可能性が存在?」
意外な反応と質問に戸惑う俺をフォローして、ステフとスワッグとアカサオが話し合う。流石、専門家だ。
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それがまさかあんな事になるとは……。
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