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第十五章

犬の事情と選手寮

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「もし全ての夜が満月であれば、ガンス族はサッカードウにおける太陽になったであろう、と言われているよ」
 ニャイアーコーチはそんな詩的な言葉で説明を締めくくった。くそ、このイケメンにゃんこめ!
「俺にもその表現力を下さい……じゃなくて! つまり、今週末の俺たちとの対戦時はガンス族はヨワヨワで来るからそんなに気合いを入れなくて良い、て事ですか?」
「油断は大敵ですが、そういう事になりますね」
 ナリンさんは静かにそう言った。コーチ陣の中で、いや俺が知り合った知的生命体の中で――大げさな言い方だが『あっちの世界とこっちの世界の理性のある奴らみんな』を一言で表すならこうなる――指折りの慎重な性格を持つ彼女が言うなら本当にそうなんだろう。
「皆さん的にはそれを踏まえて『まあ勝てるな』と思いつつ作戦会議していたと?」
「そうだな」
「じゃあなんすか。『対ガンス族に向けて必殺の戦術を授けたるで!』って俺が腕を組んでいる時、どう思っててんよ君ら!」
「だから申し訳ないのう」
 俺がW○NIMAとミ○クボーイが混ざった様な文句をつけると、ジノリコーチは忍び笑いを隠しつつ謝罪した。
「そっかあ。では擬似カウンターはまだ隠しておく、ということで」
 俺は頭の上で手を組みつつ言った。正直、今回の件についてはコーチ陣を悪く言えない。強いて言えば責められるべきはステフとスワッグだ。
 旅の中で各種族の特徴を俺に講義していた時、あのコンビは
「ガンス族かー。面白味のない奴らだな」
と殆ど真面目に解説してくれなかったのだ。今度会ったら苦情を言ってやる!
「まあまあ。俺には監督のその引き出しの多さが羨ましく思うぞ」
 ザックコーチに慰められつつも更に思いを巡らせる。よくよく考えれば分析で見た例のガンスvsノートリアス戦、ガンスチームの動きはあまり良くなかった。俺から見ればノートリアスの監督が上手くやったからで、彼女もミノタウロスの言う『監督の引き出し』を多く持っているのか? 等と推測していたのだが……全然違うじゃん!
「先日の結果は当然のものです、か」
 今週末の俺たちとの試合が新月なら、一昨日のノートリアス戦はもう月がかなり欠けている。調子が出ず敗北したのも当然か。
「(もういいよ! 私監督やめる!)」
と小声で――聞かれたら誤解を受けるし説明も難しいしね――デ〇マス6話のコンボを一人で完走し、立ち上がって魔法端末を操作し画面を試合画像から日程表に変更する。
「月で調子が変わるなんて不憫ですね。今週がアウェイでアローズ、来週もアウェイでフェリダエですもんね? 他犬事他人事だが大変だ」
「ああ。じゃがこっちもルーナが不調みたいだし、余所を心配している場合ではないがのう」
「ええ、そうですね。そうだ……」
 ジノリコーチの言葉を聞きながらカレンダーを眺めていた俺はふと、引っかかるものがあった。
 月の影響、不調、カレンダー、ルーナ……。いやまさかね?
「えっと、ナリンさん?」
「は、なんでしょう?」
「選手寮に入りたいので、一緒に来て貰えますか?」

 事情は極めて慎重を要するものだった。選手寮とはすなわち女子寮であり、男の俺がずかずかと簡単に入れる様な場所でなく、この後ルーナさんと話す中身は他のコーチや選手には任せられない繊細な内容だからだ。
 幸いなのはルーナさんの体調がやや回復し、面会が可能になっていた事。そして彼女の部屋が寮の隅で――ここで日本人の性質その2だ。最初に選んだ席に固執し、隅から埋まっていく――部屋での接見を選んでくれた事だ。 
 男女の違いはあれど俺も人生の殆どが寮暮らしだ。内部での荒み具合や無法状態は容易に想像できる。風呂上がりパンイチパンツいっちょうで闊歩するなど平常運転だ。談話室で集中して大事な話などできよう筈もない。 
 故に段取りはこうだ。俺を玄関に残しナリンさんが独りで入ってルーナさんと話をし、部屋で密談する事を決定。私生活もピシっとしてそうなコーチが再び玄関に戻り合流、という感じ。
 そして今。目をしっかり塞いだ上にヘッドバンドで覆った俺は、ナリンさんに手を引かれつつ寮の廊下を歩いていた。

「なんなんショーキチにいさん、新しいプレイ?」
「ほっほっほ! ナリショーの新しい燃料投下きたこれでござる!」
 見えなくても分かる、特徴的な喋りと声が二名のナイトエルフの接近を俺に告げていた。
「二人ともおよしなさい。ショーキチ殿はルーナに大事な用があって、こちらに来ているのです」
 ナリンさんはそう説明しながらも歩みを止めない。足止めを喰らったら、更なる注目を集めてしまう事を知っているからだ。
「それは分かったけど、なんで目隠してんのん?」
「きっと新しい刺激を求めてなのだ……」
「マンネリ打破なのです!」
 ドーンエルフ祖母とま……姉妹の声も聞こえる。それと悔しいが良い香りもする。おそらく風呂上がりなのだろう、ルーナさんとの接見の前に石鹸の匂いに遭遇するとは思わなかった。
「そうなんだー。いいなあ、ショーちゃん、私も混ぜてー」
 そんな事を言っている場合ではない! 騒動は遂に最も危険な存在、シャマーさんまで呼び寄せてしまった。
「すみません、プライバシーの侵害になるので同席はご遠慮願います」
 だが俺は毅然とした態度で言った。
「私はされても平気だけどなー。ね、今ならこれ一枚、剥がすだけで際どい所まで侵害できちゃうよ?」
「「おおーっ!」」
 おおーっ、じゃねえわ! と騒ぐ連中に心の中でツッコミつつも、俺は何も言い返せないでいた。何せこちらは目隠し中だ。何も見えず声だけ聞こえる分、自分の『想像力』というヤツが容赦なく俺自身を苛む。まさか異世界に来てまでASMRっぽいものを体験するとは思わなかったぞ……!
「あ、本当に落としちゃった」
「ちょっとシャマーねえさん!」
「それはサービスが過ぎるのです! これを……あいた!」
 近くでぱさっという音と誰かが転倒して何かをひっくり返す音がして、また一層、騒ぎが大きくなった。何名かが慌てて動き、巻き起こった風で良い匂いが運ばれてくる。
 異世界ASMRは匂いまでつくんすね……ってそんな訳あるか!
「ナリンさん、フィジカルコンタクトを恐れている場合じゃない! 行きましょう!」
「はい!」
 チャンスは今しかない。俺達はセットプレーでゴール前に突入する二人のFWの様に密集へ突っ込んでいった……。
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