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第十五章

ウラヲミール・ヤリモク選手

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「ひゃー危なかった」
 そう呟きながらも俺はなんとか試合中継開始直前に食堂へ到着できた。別に監督室や作戦室で観てもかまわないのだがマンデー・ナイト・フットボールの理念というか理想的に、みんなで食事をとりながら……という形で視聴したかったのだ。
「ショーキチ、こっち」
 空いた席を探す俺に気づいたルーナさんが手を振る。選手達の中でもかなり早い時期からクラブハウスに居着いた彼女は食堂でもモニターが見やすい良い席を定位置いつものにしている。と言うか食堂で定位置に固執しているのは俺とルーナさんくらいだけどね!
『日本人は最初の日に座った席に固執する』
と海外の小説でジョークにされていたの思い出しながら俺は半分日本人、半分エルフの隣に座る。
「結構、混んでるね」
 オフの夕方だが選手はかなり多い。まあ一日だけの休日だとそれほど遠くまで行けないだろうし、まだ初戦が終わっただけで疲れもストレスも溜まっていないだろう。
「うん? ああ、そうだね」
 ルーナさんはいま初めて気づいた、という感じで応える。もともとテンションが高い方でもないが今日は一段とロー陰気だな。
「なんかあった?」
「んー。始まりそう……」
 言われて目を向けると、画面の中では審判さんの笛が鳴らされ、フェリダエチームのキックオフで試合が始まっていた。
「おー1部の絶対王者vs昨シーズン2部王者! キング対キングだ! テンション上がるな!」
 サッカードウ史上初の月曜夜の全国放送に良いカードを持ってきたもんだな! と俺は興奮気味に呟いた。
「うん、そうだね……」
 一方のルーナさんはモニターの方を観もせずに皿の上の肉料理をフォークで弄んでいる。なんだろう、この『スポーツバーでの合コンに来たけどスポーツにも合コンにも興味がない女の子と無理に盛り上げようとする男の子』みたいな空気は……。
「やっほー! 試合観戦のお供に出来立てのゴッブコーンはいかが?」
「つられて優しくなっちゃえー」
 そこへブヒキュアの二人がやってきた。
「おおー! それなに?」
「ここは普通、試合に併せてゴブリンの名物料理にするっしょ!」
「ウォルス地方の穀物を煎ったやつー。塩かけて食うなし」
 まっさきに飛びついたユイノさんにナギサさんホノカさんが料理の説明をする。ほほう、それは美味しそうだ。
 俺も早速それを一皿貰い、食べながら観戦することにした。

 フェリダエとゴブリンの試合は、まさにポップコーンでも頬張りながら観るに相応しいエンタメ性に溢れる試合だった。
 共に志向するのは攻撃サッカーながら、個人技と中央突破のフェリダエチームに対しゴブリンチームは集団でのサイド攻略。即興性溢れるワン・ツーや変幻自在のドリブルを駆使してゴールを目指すフェリダエと外から次々とフォローの選手が追い越していく小鬼ゴブリン。互いの良い所をぶつけ合うプロレスのような展開の中、センターにゴブリンスイーパー、カーリー選手を置いたゴブリンチームは善戦していた。
 フェリダエチームの真ん中への執着がどうでるか? と心配し出した前半20分。しかし遂に均衡が破られた。それまでずっとスルーパスを狙っていたフェリダエのボランチが唐突にミドルシュートを放ったのだ。
 その弾丸のようなシュートはブロックに入ったカーリー選手の足でディフレクト――方向が逸れることを言う。文字数で言えば対して省略されてないのに実況は好んで言うよね。なんでだろ?――してGKの逆へ飛んだ。 
 フェリダエチームが先制! これで開幕戦の緊張や中央突破への呪縛が解かれた王者は奔放な攻撃が復活。その後も遊び心が溢れるプレーで追加点を重ね、一方でゴブリンチームもそれで意気消沈することなく同じやり方の攻撃サッカーを貫く。
 終わってみれば7-3の馬鹿試合で昨シーズン王者の勝利! という結果になった。

「いやあ、派手なゲームでしたね! まあ俺たちとの試合ではあんな自由にはやらせませんが……ってこれ観て寝る!?」
 試合後の興奮のままに話しかけた俺は、涎を垂らしながら寝ているルーナさんにいまさら気づいた。
「うーん……。もう食べられない……」
 まじかよこの世界でもその台詞は鉄板なのか!? それともクラマさんの血を引くルーナさんだからか?
「オタくんどうしたー? あー彼女、寝ちゃったかー」
「まさかヤリモクでなんか飲ませた?」
 そこへ食堂の片づけに来たナギサさんホノカさんがやってきた。って初日からこんなに遅くまで働いているなんて……ご苦労様です。
「何も飲ませてませんけど、ヤリモクってなんです?」
 俺も散らばった食器やゴミの収集に参加しつつ訊ねる。なんかロシアのサッカー選手の名前っぽい名前ではあるが?
「え? ふつー言わせるぅ?」
「男女のまぐわい的な目的みたいな?」
 そっちかい! つまりアレをヤルのが目的、の省略でヤリモクか!
「そんな事しません!」
「ふえ? むにゃむにゃ……」
 俺は思わず否定の為に大声を上げたが、ルーナさんはそれでも完全な覚醒にいたらなかった。
「ふーん、違うんだ。オタくん紳士じゃん!」
「もったいないぞ? やっとけやっとけ!」
「やりませんって! あ、ラビンさん!」
 ブヒキュアの二人、仕事っぷりは良いが倫理観は問題がありそうだな……! 俺は食堂に入ってきたこの二人の上長、ラビンさんを呼び止めた。
「あら監督様! 片づけまでモウ手伝って頂いて、ありがとうございます!」
「いえいえ。それよりルーナさんが寝ちゃったので寮の部屋へ運びたいんですが彼女、何号室ですか?」
「ええっ!? そんな事までさせてはモウし訳ないです!」
 目を丸くして驚くラビンさんに、なにこれも監督の仕事ですよ? と言ってはみたものの、冷静に考えれば女子寮に男である俺が入るのも差し障りがある。
 話し合った結果、ブヒキュアの二人がルーナさんを部屋へ運ぶ――余談だか彼女らはいとも簡単にルーナさんを担ぎ上げた――事となり、俺は安心して家に帰り一日を終えるのであった……。
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