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第十四章

危機的投擲

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「お願いしまーす!」
『分かったのです!』
 マイラさんは事前に伝えていた通り、大量の水が入ったバケツや水筒を山ほど抱えて俺たちの方へ走り……
『ひゃん! なのです!』
 オーク代表ベンチの前付近で盛大にこけた。
『あーん、痛いのです!』
「あーあー、もう」
 倒れた拍子に水を湛えた器が飛び散り、辺りは水浸しだ。
『ブッヒッヒ! 今度は控え選手が倒れてるブヒー!』
 オーク代表の控え選手やスタッフの嘲笑が浴びせかけられる中、俺はマイラさんまで走りより彼女を助け起こし、ばら撒かれた品々を拾う。
『(これで良いの監督にゃん?)』
「(バッチリです!)」
 何となく雰囲気で確認と感謝を交わし、マイラさんと一緒にレイさん達の所へ戻る。
「レイさん、ごめん。一応、ちょっと残ってるし足を冷やせるけど……」
『いや、もう要らんで。ちゃんと治療して貰ったし』
 俺の言葉をナリンさん経由で聞いたレイさんは包帯が巻かれた足を指さしながら何か言う。大丈夫、という事だろう。
「じゃあ、お願いするね。真ん中まで戻って審判さんの合図をちゃんと待ってから入ってね」
 俺はそう言ってレイさんの背中を叩いた。彼女は軽くウインクすると、本当にダメージなど無かったかのようにセンターの方へ走って行った。たぶん、これでもう勝てるだろう。

 実の所、今のやりとりの間にオーク代表のスローインは一度、行われていた。ムルトさんがヘディングでクリアしアイラさんが拾ってサイドへ蹴り出し再び……となっていたようだ。
「次は行けるよな」
 レイさんの再入場が認められ――治療の為にピッチの外へ出た選手は、基本的に一度くらいはプレーが行われるまで再入場が認められない。相手にカードが出るような時はまた例外ではあるが――彼女が位置につきペイトーン選手が再びロングスローに入る。じわじわとアローズゴール前に近づいてきている。チャンスは今だろう。
 そう、ピンチではなくチャンスだ。
『ブッヒイ!』
『ボナザ、ゴー!』
 ペイトーン選手が裂帛の気合いと共にボールを放り、ニャイアーコーチがタイミングを読んでボードを振った。その合図でアローズDFが前後左右に開き、GKの道を開ける。
『オッケー!』
 ベテランGKはそのルートを使って一気に前進し、競り合うオークDFの側頭部を肘で軽く擦りながら――ってえぐいな!――難なくそのボールを両手でキャッチした。
 まるでドワーフ戦の冒頭のように。
『ブヒヒ!?』
『レイちゃーん!』
 すぐさまボナザさんはキャッチしたボールをレイさんの足下へ投げつける。スローインとは違う、片手だが遠心力を充分に使える投げ方で放たれたボールは低い弾道を描きピッチへ戻ったばかりのテクニシャンの元へ飛んだ。
『まずい! もどれー!』
 事態に気づいたサンダー監督が慌てて叫ぶ。でもまあ悪いけど、監督が叫んだ所でこの距離と薄い守備陣がどうにかなるものでもないんだよな。
「ボールを保持したら安全第一でパスを回し、スローインそのものの回数を減らす」
「ロングスローが来たらなるべくボナザさんがキャッチを試みる。ドワーフ戦のゼーマンアタック参照」
「キャッチできればすぐ、スロワーであるペイトーン選手がいるのと逆のサイドへ展開する」
 ナリンさんへ託したメモに俺が書いていた『ロングスロー対策』はその3点だけであった。だが彼女はちゃんとそれをかみ砕き、チームへ伝えてくれていたようであった。
 で、その対策とやらを行うにはまず対象を正確に分析する必要があり、分析するには比較対象があった方がやり易い。この場合それに当たるのは普通の、脚で放たれるFKである。
 まずロングスローの方が優れている点。それは頻度と正確性である。ペイトーン選手の遠投力であれば自陣ペナルティエリアより近ければもう、射程範囲でありFKとは比べものにならないくらいの回数、試投する事ができる。また脚ではなく手を使える以上その正確性は言うまでもない程だ。 
 逆に劣っている点。これは球速と弾道だ。いくらフォームを工夫しエルフや人間では不可能な豪腕で投擲したとしても腕の数倍の力を持つ脚で、しかもボールの反発を利用して放たれるキックのスピードには遠く及ばない。もっともその「勢いのなさ」は「ヘディングでクリアしても遠くへ飛ばし難い」という利点にもなるのだが。
 またスローインのルールに沿って投げる以上その弾道はゆるやかで山なりのものになる。飛距離を稼ごうとすればその傾向は更に強まる。
 以上を踏まえて、俺が考えた対策が例の三つになる。まずスローインの回数を減らす、というのは利点の一つを減らす為だ。次にGKであるボナザさんがなるべくキャッチを試みるのは……その方が確実というのもあるが、それ以上に『キャッチし易い』からだ。
 突き詰めてみればロングスローで飛んでくるボール、分析した通りそこまで早くなく緩やかな軌跡で飛び、しかも勢いもない。つまりじっくり見極めて手で掴まえに行けるしファンブルの危険も少ない。ついで言うとコントロールが正確な分、逆に狙いが絞り易い。更に加えるとドワーフ戦で似たようなシチュエーションを経験しており、それが予行練習になっているという面もあった。
 そして最後の『逆サイドへ展開する』だ。そもそもロングスロー、いくら飛距離があると言ってもやはり限度がある。ボールが届かなければ何の意味もないので、選手は投げ入れられる側のサイドへ集まりがちである。その上PKをとられた場面のようにこぼれ球の回収を狙うならその傾向は更に強まる。しかも投擲を担当するのは本来であれば防衛の要スイーパー、DFを統率し守備の綻びをカバーするペイトーン選手だ。その彼女が、投げ入れた直後は片方のサイドのラインの向こうにいるのである。
 だったら逆サイドから攻撃するのは当然だろう。
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