241 / 683
第十四章
眠り姫
しおりを挟む『くらっぷ・ゆあ・はんど! えぶばでい!』
DJブースのノゾノゾさんが観客を煽り、手拍子と声援が巻き起こる中、アローズの高身長DFのルーナさんムルトさんクエンさん達がオークのゴール前へ入って行く。
『あー! ウルサいブヒ!』
『落ち着け! マーク再確認よ!』
選手の配置が変わる為、守備の再構築が必要だが、騒音の中とあってオーク代表も苦労している様子だった。
もっとも、騒音というのは両チームに等しく降りかかるモノであり、CKのキッカー候補2名――コーナーにはダリオさんとアイラさんが立っている。ダリオさんならインスイングというゴールへ向かうボール、アイラさんならアウトスイングというGKから逃げるようなコースを蹴る筈だ――もピタリと身を寄せ耳打ちしないと相談もできない状態だ。
「ダリオさーん!」
どうやらアイラさんがキッカーを務める事が決まり、ダリオさんが手前のペナルティエリア角あたりまで歩く。
「ダリオさーん!」
審判さんが笛を吹き試合再開を促す中、俺は執拗に背番号10を呼び続けた。ようやく、彼女がこちらに気づきゴールに背を向けベンチの方を見て耳に手を当てる。
「スリープ、いけそうっすね!」
俺がそう叫ぶ途中でアイラさんが助走に入り、ボールを蹴った。
『ブヒ!?』
そのボールはオークDFが誰も予想していなかった選手、ダリオさんの足下へまっすぐ転がって行く。
『誰か行って!』
CKに合わせようとしていたアローズの選手たちは全員がファーサイド、キッカーから遠い方へ集まっている。自ずと彼女たちをマークするオーク代表の選手達もその付近だ。まして、ベンチの指示を聞こうとしているニア側のダリオさんを気にかけているDFなど誰一人いなかった。
『遅い!』
また当のダリオさんはまるでそのタイミングでその位置にボールが来るのが分かっていたかの様に――と言うのもわざとらしいな。俺の背後に立つナリンさんの合図で振り向いてアイラさんのパスを受け取るよう設計されていた――そのパスに歩幅を合わせ、ダイレクトでシュートを放った!
「よっしゃああああ!」
俺は思わず両手を上げて絶叫する。ダリオさんのシュートは見事にオークGKの手の届かない、ゴール左上に突き刺さった。
「ショーキチ殿! やりましたであります!」
『なんと! 本当に決まるとわ……』
『スリープ、お主の言っていた通りじゃな!』
俺は側にいたナリンさんとベンチから飛び出してきたザックコーチとジノリコーチに掴まれ激しく身体を揺さぶられる。
「いやあ、良いパスを出したアイラさんとシュートを決めたダリオさんが偉い……」
ナリンさん以外の言葉は分からないが、おおよそ予想はつく。俺は彼らに答えようと口を開いたが、予想できていないのは選手達の行動の方だった。
『ショウキチ監督! やりました!』
コーチ陣の方を向いて説明をしかけていた俺に、ゴールを決めて駆け寄ってきたダリオさんが勢いよく抱きついた。幸いにもオークに負けないミノタウロスの豪腕が支えていたので倒れはしなかったが、完全に身体をホールドされ無抵抗な状態になる。
『やったな! ってダリオ、おい!』
そして追いついてきたティアさんたちも祝福の輪に加わろうとする眼前で、ダリオさんはその柔らかい唇を俺の唇に押しつけた。
「(ちょ! 重いですって!)」
選手の頑張りに感極まった監督が贈る軽いキスなら俺も何度か見たことがあった。まあ殆どの場合、男同士だし頬にだけれど。しかしダリオさんのそれは唇同士だし何がとは言わないが入ってくるような接吻だった。
しかも状況を分からない他の選手達がティアさんの後から飛びつき飛び乗り押しくら饅頭のようになって物理的にも重い。
「(へっ、ヘルプミー!)」
助けを乞おうにも、もみくちゃの中から誰にどう伝えれば良いのか分からない。そもそも口も塞がれている。むろんその反面、選手達の身体で視線が遮られて俺とダリオさんのキスシーンは他者にはあまり見えてないと思うが……。
「ピピーッ!」
笛が鳴った。やはり濃厚な口吸いが見られて教育的指導が入った!? と思ったがそうではない。過度なゴールセレブレーションを戒め、試合再開を促す審判さんの警告であった。
『みんな戻って下さい! まだ1点ですわ!』
少し離れた所からムルトさんの声がして、ダリオさんが接続(何のやねん!)と抱擁を解き選手達も離れていく。会長にして会長――会計の長にして風紀委員会の会長……の様な存在――なムルトさんの声はやはり効くな。
『ではショウキチ監督、また』
ダリオさんがウインクを一つ残して去る。それも含めて、ムルトさんには詳しくは見られていないようだった。良かった、彼女が目にしたら絶対に『破廉恥ですわ!』と大騒ぎだったろうしな。
「先制したけど気を抜かないで! 足を止めないで!」
『まだ油断しては駄目! 細かくステップを踏む事を忘れないで!』
俺が戻っていく選手達に声をかけるとナリンさんが素早く通訳する。アイラさんがレイさんポリンさんと恐らくFKの球筋について話しながらポジションに戻り、ボナザさんがサポーターを煽る。
……良いチームになって、最高のスタートを切れたな。俺は目頭が熱くなるのを感じながら、改めてコーチ陣の一人一人と無言でグータッチを交わした。
勝ちたい。このチームで絶対に勝ちたい。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった
ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」
15歳の春。
念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。
「隊長とか面倒くさいんですけど」
S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは……
「部下は美女揃いだぞ?」
「やらせていただきます!」
こうして俺は仕方なく隊長となった。
渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。
女騎士二人は17歳。
もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。
「あの……みんな年上なんですが」
「だが美人揃いだぞ?」
「がんばります!」
とは言ったものの。
俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?
と思っていた翌日の朝。
実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた!
★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。
※2023年11月25日に書籍が発売!
イラストレーターはiltusa先生です!
※コミカライズも進行中!
主記の雑多な短編集
丘多主記
大衆娯楽
私、丘多主記の短編集作品を集めた作品集になります
各お話前に大まかなあらすじ等を入れて、その後にお話が始まると言った感じです。イントロダクションになっている作品はお題小説かワンライ、もしくはその両方です
ジャンルはスポーツ、友情、恋愛と雑多ではありますがご覧ください
表紙:私が2024年の秋頃にキリンのビール工場で撮ってきた写真
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる