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第十四章

そして伝説へ

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『くらっぷ・ゆあ・はんど! えぶばでい!』
 DJブースのノゾノゾさんが観客を煽り、手拍子と声援が巻き起こる中、アローズの高身長DFのルーナさんムルトさんクエンさん達がオークのゴール前へ入って行く。
『あー! ウルサいブヒ!』
『落ち着け! マーク再確認よ!』
 選手の配置が変わる為、守備の再構築が必要だが、騒音の中とあってオーク代表も苦労している様子だった。
 もっとも、騒音というのは両チームに等しく降りかかるモノであり、CKのキッカー候補2名――コーナーにはダリオさんとアイラさんが立っている。ダリオさんならインスイングというゴールへ向かうボール、アイラさんならアウトスイングというGKから逃げるようなコースを蹴る筈だ――もピタリと身を寄せ耳打ちしないと相談もできない状態だ。
「ダリオさーん!」
 どうやらアイラさんがキッカーを務める事が決まり、ダリオさんが手前のペナルティエリア角あたりまで歩く。
「ダリオさーん!」
 審判さんが笛を吹き試合再開を促す中、俺は執拗に背番号10を呼び続けた。ようやく、彼女がこちらに気づきゴールに背を向けベンチの方を見て耳に手を当てる。
「スリープ、いけそうっすね!」
 俺がそう叫ぶ途中でアイラさんが助走に入り、ボールを蹴った。
『ブヒ!?』
 そのボールはオークDFが誰も予想していなかった選手、ダリオさんの足下へまっすぐ転がって行く。
『誰か行って!』
 CKに合わせようとしていたアローズの選手たちは全員がファーサイド、キッカーから遠い方へ集まっている。自ずと彼女たちをマークするオーク代表の選手達もその付近だ。まして、ベンチの指示を聞こうとしているニア側のダリオさんを気にかけているDFなど誰一人いなかった。
『遅い!』
 また当のダリオさんはまるでそのタイミングでその位置にボールが来るのが分かっていたかの様に――と言うのもわざとらしいな。俺の背後に立つナリンさんの合図で振り向いてアイラさんのパスを受け取るようデザイン設計されていた――そのパスに歩幅を合わせ、ダイレクトでシュートを放った!
「よっしゃああああ!」
 俺は思わず両手を上げて絶叫する。ダリオさんのシュートは見事にオークGKの手の届かない、ゴール左上に突き刺さった。

「ショーキチ殿! やりましたであります!」
『なんと! 本当に決まるとわ……』
『スリープ、お主の言っていた通りじゃな!』
 俺は側にいたナリンさんとベンチから飛び出してきたザックコーチとジノリコーチに掴まれ激しく身体を揺さぶられる。
「いやあ、良いパスを出したアイラさんとシュートを決めたダリオさんが偉い……」
 ナリンさん以外の言葉は分からないが、おおよそ予想はつく。俺は彼らに答えようと口を開いたが、予想できていないのは選手達の行動の方だった。
『ショウキチ監督! やりました!』
 コーチ陣の方を向いて説明をしかけていた俺に、ゴールを決めて駆け寄ってきたダリオさんが勢いよく抱きついた。幸いにもオークに負けないミノタウロスの豪腕が支えていたので倒れはしなかったが、完全に身体をホールドされ無抵抗な状態になる。
『やったな! ってダリオ、おい!』
 そして追いついてきたティアさんたちも祝福の輪に加わろうとする眼前で、ダリオさんはその柔らかい唇を俺の唇に押しつけた。
「(ちょ! 重いですって!)」
 選手の頑張りに感極まった監督が贈る軽いキスなら俺も何度か見たことがあった。まあ殆どの場合、男同士だし頬にだけれど。しかしダリオさんのそれは唇同士だし何がとは言わないが入ってくるような接吻だった。
 しかも状況を分からない他の選手達がティアさんの後から飛びつき飛び乗り押しくら饅頭のようになって物理的にも重い。
「(へっ、ヘルプミー!)」
 助けを乞おうにも、もみくちゃの中から誰にどう伝えれば良いのか分からない。そもそも口も塞がれている。むろんその反面、選手達の身体で視線が遮られて俺とダリオさんのキスシーンは他者にはあまり見えてないと思うが……。
「ピピーッ!」
 笛が鳴った。やはり濃厚な口吸いが見られて教育的指導が入った!? と思ったがそうではない。過度なゴールセレブレーションを戒め、試合再開を促す審判さんの警告であった。
『みんな戻って下さい! まだ1点ですわ!』
 少し離れた所からムルトさんの声がして、ダリオさんが接続キスと抱擁を解き選手達も離れていく。会長にして会長――会計の長にして風紀委員会の会長……の様な存在――なムルトさんの声はやはり効くな。
『ではショウキチ監督、また』
 ダリオさんがウインクを一つ残して去る。それも含めて、ムルトさんには詳しくは見られていないようだった。良かった、彼女が目にしたら絶対に『破廉恥ですわ!』と大騒ぎだったろうしな。
「先制したけど気を抜かないで! 足を止めないで!」
『まだ油断しては駄目! 細かくステップを踏む事を忘れないで!』
 俺が戻っていく選手達に声をかけるとナリンさんが素早く通訳する。アイラさんがレイさんポリンさんと恐らくFKの球筋について話しながらポジションに戻り、ボナザさんがサポーターを煽る。
 ……良いチームになって、最高のスタートを切れたな。俺は目頭が熱くなるのを感じながら、改めてコーチ陣の一人一人と無言でグータッチを交わした。
 勝ちたい。このチームで絶対に勝ちたい。
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