上 下
224 / 651
第十三章

親に叱られるやつ

しおりを挟む
「きやがった!」
 俺とディードが折り返し地点が見える位置まで来ると、ティアさんが大声で叫んでクルーの注意を促した。
「誰が住之江競艇のとこの隣駅やねん!」
 俺は一人そう呟いた。当然だが
「それは『きやがった』じゃなくて『北加賀屋きたかがや)』駅」
と突っ込んでくれる人はいなかった。
「ムルト、ポリン、頼むぜ!」
「分かってますわ!」
「うん! 頑張るよティアさん!」
 ティアさんがそう言うとネットの上のムルトさんと操舵輪を握るポリンさんが力強く頷いた。なるほど、細かい動きが出来るティア号で俺を止め、スピード重視のリーシャ号に追い抜かす作戦。しかもティア号においては位置計算の早いムルトさんを目と頭脳とし、細かいコントロールが得意なポリンさんを手としたのか。ティアさんやるな。
「だがそっちが大船なら俺は戸塚ヨットスクールだぞ?」
 ティア号は大きな船で確かに幅はあるが、こちらのディードリット号は小型船で俊敏性がある。機動力でブロックを掻い潜ってリーシャ号に追い抜かれる前に、先へ行ける筈だ。
 なお「大船」と「戸塚」も電車で言えば隣で、船に関係する隣駅ボケを続けて言っているのである。「おおぶね」ではなく「おおふな」であるが。
 当然の如く、これにも突っ込んでくれる人もエルフもいなかった。俺は鋼の心で舵を細かく動かしフェイントをかけた。
 基本的にティア号はインコース、ブイの付近を塞ぐように位置している。当然、俺は仕方なくアウトコースにティア号を避け大回りする進路をとろうとするのだが、より遠回りさせようと俺が外に膨らんだぶん彼女たちも寄せてくる。
 そうすると今度はティア号とブイの間に隙間ができインが空く。俺の選択としては更に大回りしてティア号を回避するか、できたその空間に急反転で飛び込むか……だ。むろん、その目論見は向こうも知る所で俺が内側へ行くそぶりを見せればすぐにまたそこを塞ぐよう動く。
 ただしその巨体は俺の船ほど俊敏ではない。後手の対応では決して間に合わないので俺の行動を先読みしてゲームで言う所の先行入力をして対応する事になる。
 となると勝負は技術と言うよりも心理戦だ。俺とティアさん、船長同士による読み合い。または縦を切るか中を切るかというサイドでの守備か。そういう意味ではSBで代表選手にまで上り詰めているティアさんに一日、いや何百日の長がある。
 俺はもちろん、そんな不利な勝負に乗るつもりは無かった。

「カットインしましたわ! ブイまでおよそ10秒!」
「反転だポリン!」
「ラジャーだよ!」
 俺はインが十分に開くのを待ち舵と帆の角度を一気に変えて内側へ舳先を向けた。それを見たティア号が大急ぎでインコースを塞ぐ転進に入る。
「どうだ!?」
「塞げます! 1秒ほど余裕がありますわ!」
 彼女達の操船技術は見事だった。ムルトさんの言う通り、ディード号が到達する少し前に封鎖ができてしまうだろう。
「塞げます! ……が、監督の船のスピードが落ちません!」
「はぁ!?」
 俺はその風景を目撃してなお、ディード号の速度を下げてアウトへ転進したりはしなかった。むしろ魔法のオールのスイッチを捻り、圧縮空気を水中へ送って加速する。
「このままだと……衝突しますわ!」
「畜生! 度胸勝負か!」
 ティアさんの叫び声が聞こえた。そう、その通り。これはどちらが先にブレーキを踏むかのチキンレースである。
 俺はティアさんのように、百戦錬磨のウインガーと対峙してデュエル1対1を行った事はない。だが自転車に乗って「下り坂でどこまでブレーキをかけずに走れるか」レースなら――怖いモノ知らずな小学生時代に――何度も行った経験がある。
 正直、めちゃくちゃ強かった訳でもない。勝ったり負けたり、怪我をしたりもした。だが単純にその試行回数では明らかに勝っている。更に言うとどのような形であれ、衝突した時によりダメージを負うのは俺とディードリット号の方だ。その時の罪悪感を想像して、それでも彼女たちはチキンレースを続けられるだろうか?
「ごめん、ティアさん!」
「あ、ポリン! 仕方ねえ! 転進だ! 衝撃に備えろ!」
 船長による判断が下される半瞬先に、ポリンさんが勝手に舵を切った。ティアさんは半ば追従するように指示を出す。
「ごめんね、ポリンちゃん……」
 ティア号は強引に向きを変え、減速しながら明後日の方向へ進む。結果、俺の前には大きなスペースが広がっていた。
「実はぶつかりそうだったら、ブイの向こうへ逃げるだけだったんだけど……」
 俺はそう呟きながら、ブイのすぐ脇をすり抜けターンした。なんと言うか、最年少エルフ少女の優しさにつけ込む形になってしまったな……。
「謝っておこうか」
 俺は帆の位置を変え軽くロープをかけて固定すると、立ち上がりティア号の方へ声をかける。
「あこぎなやり方でごめんよー! お詫びに練習、軽目にするからさー!」
「うるせえ卑怯もの!」
「監督! 後ろ!」
 ティアさんが罵声を浴びせムルトさんが俺の後方を指さした。
「後ろ? あ、リーシャ号か」
 見ると、後方からリーシャ号が追いつきつつあった。今のゴタゴタでまあまあ距離を詰められた訳だな。
「違います! そっち……」
 再びムルトさんの声が聞こえる。なんだ? 違う方向か?
「「危ない!」」
 ティア号とリーシャ号の両方からそんな声と悲鳴が聞こえた。振り向いた俺の顔に固定の甘かった帆の下の部分、フットがぶち当たり、俺は意識を失いながらシソッ湖に落ちていった……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

処理中です...