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第十三章
価値の変動
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ファウルの価値、という言葉を聞いた事はあるだろうか? 試合実況の中で軽く口にされたり、或いは「必要(性)」という言葉で言われたりもする概念なのだが、ようはファウルにも「やってよかった」ものと「やらない方がよかった」ものが存在するのだ。
その判断は状況で刻一刻と変わるのだが――余談ではあるが、サッカーとは位置や状況の価値もリアルタイムで変動し続けるゲームでもあり、その認知と判断が非常に要求される――基本的にはメリットとデメリットの収支関係で決まる。
俺はそこにオーク攻略の肝があると読んでいた。
「ファウルの価値、ですか?」
今度はナリンさんが聞き役に回った。実は旅の途中で話した事があるので彼女は分かっている筈だが、進行の補助役を狙っての事だろう。
「はい。ではジノリさん、一番やらなければ良かった、結果チームに最も迷惑をかけてしまうタイプのファウルって何だと思いますか?」
俺がそう問うと、ジノリコーチはやや考えて言った。
「そりゃまあ、PAの中でレッドカードを貰うようなファウルじゃろな。相手にはPKを与えてしまうし、自分は退場になってチームの人数が減るし」
「そうですね。それが恐らく最も収支がマイナスになるファウルでしょう。逆にやって良かった、と言うのは語弊がありますが例えばこっちのセットプレーが決まらずカウンターを受けそうな時に、素早くボールの出所をファウルで潰してそのカウンターを不発にし味方は帰陣し自分はカードも貰わなかったら……それは上手いファウルと言えるでしょう」
因みにサッカーには『アドバンテージ』という概念が存在し、試合を止めるよりプレイを続けた方が反則を受けた側に有利ならファウルをとらない……という仕組みがある。なので俺が言った例だと相手を完全にグランドに倒し――「寝かせろ」と表現する人々もいる――起きあがってプレー続行できないようにする、こぼれ球も相手に渡らないようにする、といった気配り? も必要だ。
「うむ。まあそのくらいのファウルなら分からんでもない」
ジノリコーチも渋々と言った顔で頷く。
「仮にその二つを両端に置くとして、実際にはその間に様々な『価値』のファウルが存在しています。で今回はその中で、PKを与えてしまう……の次くらいに重いファウルにフォーカスしようと思うんですよ」
俺は両手を開いて両端を表現した後、片側の手より少し内側を逆の手で指さした。
「PKの次と言えば……ゴール付近でFKを与えてしまうとかかの?」
「ええ。ですがその価値はFKを得たチームの能力に大きく依存してしまいます」
「チームの能力に依存……」
ジノリコーチは顎に手を当てて考え込んだ。
「そうです。一言でいえばセットプレーからの得点能力です。普通のチームでしたら全得点の3割くらいをFKやCKでとります。ですがもし極端にそこが違えば……」
「そうか!」
ジノリコーチは片手を上げて言った。
「相手がセットプレーからの得点能力が低いチームであれば、ゴール付近でFKを与えても怖くない。逆ならば、ファウルを犯すことは危険だ。つまり相手次第でその周辺の『ファウルの価値』が増減するのじゃな!」
俺は彼女の嬉しそうな顔に笑顔で応えた。ジノリコーチの理解がここまでかかったのは理由がある。そもそもドワーフ代表はセットプレーが上手いチームではないのだ。体格的にも組織的にも。だからこそあんな空調を使った手を考えたのだろうけど。
「なるほど。それでこの資料なんだね」
ここまでずっと黙ってページをめくっていたニャイアーコーチが言った。
「はい。資料にある通り、アローズもここまでさほどセットプレーに強いチームではありませんでした。優秀なキッカー、カイヤさんがいた割には、ですが。なのでオーク代表は恐れること無く激しい当たりで守備を行い、ファウルをしても大丈夫だったんです」
俺が渡した資料の前半は実は、ここまでのアローズのFK等を分析したものだった。まあGKコーチとして対戦してきたニャイアーコーチには自明の話だったろうが。
「ですが、今後は違います。というか変えます。アローズをセットプレーで勝てるチームに。そうすればオーク代表も簡単にファウルを犯す事ができないようになり、連鎖してドリブラーも生きます。では後半をご覧下さい!」
俺の指示を合図にコーチ陣が一斉に読んでいる場所をジャンプする。そして一堂に、驚きの声を上げるのであった……。
その判断は状況で刻一刻と変わるのだが――余談ではあるが、サッカーとは位置や状況の価値もリアルタイムで変動し続けるゲームでもあり、その認知と判断が非常に要求される――基本的にはメリットとデメリットの収支関係で決まる。
俺はそこにオーク攻略の肝があると読んでいた。
「ファウルの価値、ですか?」
今度はナリンさんが聞き役に回った。実は旅の途中で話した事があるので彼女は分かっている筈だが、進行の補助役を狙っての事だろう。
「はい。ではジノリさん、一番やらなければ良かった、結果チームに最も迷惑をかけてしまうタイプのファウルって何だと思いますか?」
俺がそう問うと、ジノリコーチはやや考えて言った。
「そりゃまあ、PAの中でレッドカードを貰うようなファウルじゃろな。相手にはPKを与えてしまうし、自分は退場になってチームの人数が減るし」
「そうですね。それが恐らく最も収支がマイナスになるファウルでしょう。逆にやって良かった、と言うのは語弊がありますが例えばこっちのセットプレーが決まらずカウンターを受けそうな時に、素早くボールの出所をファウルで潰してそのカウンターを不発にし味方は帰陣し自分はカードも貰わなかったら……それは上手いファウルと言えるでしょう」
因みにサッカーには『アドバンテージ』という概念が存在し、試合を止めるよりプレイを続けた方が反則を受けた側に有利ならファウルをとらない……という仕組みがある。なので俺が言った例だと相手を完全にグランドに倒し――「寝かせろ」と表現する人々もいる――起きあがってプレー続行できないようにする、こぼれ球も相手に渡らないようにする、といった気配り? も必要だ。
「うむ。まあそのくらいのファウルなら分からんでもない」
ジノリコーチも渋々と言った顔で頷く。
「仮にその二つを両端に置くとして、実際にはその間に様々な『価値』のファウルが存在しています。で今回はその中で、PKを与えてしまう……の次くらいに重いファウルにフォーカスしようと思うんですよ」
俺は両手を開いて両端を表現した後、片側の手より少し内側を逆の手で指さした。
「PKの次と言えば……ゴール付近でFKを与えてしまうとかかの?」
「ええ。ですがその価値はFKを得たチームの能力に大きく依存してしまいます」
「チームの能力に依存……」
ジノリコーチは顎に手を当てて考え込んだ。
「そうです。一言でいえばセットプレーからの得点能力です。普通のチームでしたら全得点の3割くらいをFKやCKでとります。ですがもし極端にそこが違えば……」
「そうか!」
ジノリコーチは片手を上げて言った。
「相手がセットプレーからの得点能力が低いチームであれば、ゴール付近でFKを与えても怖くない。逆ならば、ファウルを犯すことは危険だ。つまり相手次第でその周辺の『ファウルの価値』が増減するのじゃな!」
俺は彼女の嬉しそうな顔に笑顔で応えた。ジノリコーチの理解がここまでかかったのは理由がある。そもそもドワーフ代表はセットプレーが上手いチームではないのだ。体格的にも組織的にも。だからこそあんな空調を使った手を考えたのだろうけど。
「なるほど。それでこの資料なんだね」
ここまでずっと黙ってページをめくっていたニャイアーコーチが言った。
「はい。資料にある通り、アローズもここまでさほどセットプレーに強いチームではありませんでした。優秀なキッカー、カイヤさんがいた割には、ですが。なのでオーク代表は恐れること無く激しい当たりで守備を行い、ファウルをしても大丈夫だったんです」
俺が渡した資料の前半は実は、ここまでのアローズのFK等を分析したものだった。まあGKコーチとして対戦してきたニャイアーコーチには自明の話だったろうが。
「ですが、今後は違います。というか変えます。アローズをセットプレーで勝てるチームに。そうすればオーク代表も簡単にファウルを犯す事ができないようになり、連鎖してドリブラーも生きます。では後半をご覧下さい!」
俺の指示を合図にコーチ陣が一斉に読んでいる場所をジャンプする。そして一堂に、驚きの声を上げるのであった……。
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