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第十三章
二度漬けは厳禁
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「リソース……じゃと?」
話は例の晩の翌朝まで遡る。俺はコーチ陣を作戦室へ集め、約3週間後のオーク戦に向けての戦略を説明していた。
「そう、リソース。世の中には反則を文字通り『罰則、やってはいけない事』と捉えるタイプと『ペナルティの許す範囲なら使える資源、リソース』と捉えるタイプがいます」
俺はちょうど目の前に座る二名に目をやった。
「これは少し可愛い事に、お二方の種族は前者。フェリダエやミノタウロスやゴルルグ族は後者なんですよね」
俺がそう言うとドワーフとエルフの二名、ジノリコーチとナリンさんは不思議そうに目を合わせた。
「ドワーフとエルフが揃って……ですか」
「ええ。基本的に貴女たちはできる限り反則を犯さずにプレーをしようとしますよね? しかし反対側のタイプは、もし利益の方が不利益を大きく上回るなら進んで反則を『使用』します」
「『使用』とな?」
「ええ。そうですねえ」
俺は実際に観た試合のあるシーンを思い浮かべながら続ける。
「例えば自分にマンマークについているDFが既にイエローカードを貰っているとします。そしてプレイの最中、ちょっともつれ合うような事がありました。そういう時、後者のタイプはですね……意図的に口汚く相手を罵って、もみ合いに発展する事を狙ったりするんですよ」
「はぁ!? そんな事して何になるんじゃ? 最悪、カードを貰ってしまうじゃろ?」
「ええ、もちろん」
俺がそう言うとニャイアーコーチ、ザックコーチ、アカサオがやや愉快そうな表情を浮かべた。
「そうじゃろ? それは良くない事じゃ」
「良くないですね。まあ加減にもよりますが上手く行けば喧嘩両成敗で、『両者』にイエローカードが出ますね」
その言葉を聞いてナリンさんがハッと顔を上げた。
「なるほど! そういう事ですか……」
「なんじゃナリン? 先に気づくなんてズルいのじゃ! 教えて!」
「ジノリコーチ、相手DFは……どうです?」
「喧嘩をふっかけられて可哀想なのじゃ」
うん、そうだね。本当はもっと可哀想なんだけど。
「それはそうなのですが……。最初にショーキチ殿がDFについて言っていた事を思い出して下さい」
「えっとマンマークについてて既にイエローカードを……あっ!」
ジノリコーチはその小さい口を小さい手で覆って叫んだ。
「イエローカードをもう一枚貰ったら、退場になってしまう!」
「そうです。仕掛けた側目線で言えば、自分はまだ一枚目だからセーフですが相手は二枚目でレッドカードです」
ナリンさんがそう説明すると、ジノリコーチは恐ろしいモノを見るような目で俺の方を向いた。
「まさかDFを退場させる為に、わざといざこざを……?」
「そうです」
「ズルい! ズルいのじゃ! そんなの相手にも審判にも観客にも失礼なのじゃ!」
ジノリコーチはそう言うと悔しそうに地団駄を踏んだ。
「確かにズルいし失礼かも知れません。ですが一方では『カードは一枚なら貰っても良い』と考えてそのリソースを有効活用し、相手を退場に追い込んだ上手い行為と言えるかもしれません」
義憤に燃えるジノリコーチを微笑ましく見ながら俺は応えた。しかしこれでここまで怒るなら、例えば大事な試合に出場停止を喰らわないように、もうちょっと前でわざとカードを貰って累積を消化しておく選手の類を見たら、彼女はどうなっちゃうんだろう? あとやっぱドワーフ代表の空調を使ったあの戦法、ジノリコーチ在籍時には絶対に出来なかっただろうな。
「そんな事を『上手い』とは言わないのじゃ! ……はっ! まさか!? お主、そういう事をアローズにやらせようと言うのか?」
ニヤニヤ笑う俺を見てジノリコーチがさっと詰問する。
「まさか。さっきも言ったようにドワーフやエルフはそういうタイプではないです。ただオーク代表はそういうタイプでしょうね」
俺がそう言うとジノリコーチは咄嗟に何かを思い出して叫ぶ。
「確かにそうじゃ! ワシらがカードが出るようなタックルをしてしまうと申し訳ない気分になって謝るのじゃが、奴らは嬉しそうに笑って謝りもせず走り去りよる!」
そう言われれば俺もハッキリとそんなシーンを思い出せる。と言うかさっきまでもそういう試合映像を観てたからね。
「つまりそんな悪い奴らじゃから、なんとしても懲らしめよう! という作戦会議なんじゃな?」
「違いますよ」
そりゃ作戦会議と言うより決起集会でしょが! 俺は即座に否定し言葉を続ける。
「オーク代表はそんな風にまあ、ラフプレイとか反則とかイエローカードをリソースとして、使って良い資源として上手く操るチームです。激しいプレイに相手が萎縮したり軽い怪我で調子が狂ったりするのを狙ってね。でもアローズはそんなプレイ出来ないし俺もさせませんし、或いはそれに付き合うつもりもありません」
「ではどうすると?」
「間接的にリソースを減らしてやるんですよ。ファウルの価値を下げる事によって、ね」
俺は用意した資料を配りながら言った。
話は例の晩の翌朝まで遡る。俺はコーチ陣を作戦室へ集め、約3週間後のオーク戦に向けての戦略を説明していた。
「そう、リソース。世の中には反則を文字通り『罰則、やってはいけない事』と捉えるタイプと『ペナルティの許す範囲なら使える資源、リソース』と捉えるタイプがいます」
俺はちょうど目の前に座る二名に目をやった。
「これは少し可愛い事に、お二方の種族は前者。フェリダエやミノタウロスやゴルルグ族は後者なんですよね」
俺がそう言うとドワーフとエルフの二名、ジノリコーチとナリンさんは不思議そうに目を合わせた。
「ドワーフとエルフが揃って……ですか」
「ええ。基本的に貴女たちはできる限り反則を犯さずにプレーをしようとしますよね? しかし反対側のタイプは、もし利益の方が不利益を大きく上回るなら進んで反則を『使用』します」
「『使用』とな?」
「ええ。そうですねえ」
俺は実際に観た試合のあるシーンを思い浮かべながら続ける。
「例えば自分にマンマークについているDFが既にイエローカードを貰っているとします。そしてプレイの最中、ちょっともつれ合うような事がありました。そういう時、後者のタイプはですね……意図的に口汚く相手を罵って、もみ合いに発展する事を狙ったりするんですよ」
「はぁ!? そんな事して何になるんじゃ? 最悪、カードを貰ってしまうじゃろ?」
「ええ、もちろん」
俺がそう言うとニャイアーコーチ、ザックコーチ、アカサオがやや愉快そうな表情を浮かべた。
「そうじゃろ? それは良くない事じゃ」
「良くないですね。まあ加減にもよりますが上手く行けば喧嘩両成敗で、『両者』にイエローカードが出ますね」
その言葉を聞いてナリンさんがハッと顔を上げた。
「なるほど! そういう事ですか……」
「なんじゃナリン? 先に気づくなんてズルいのじゃ! 教えて!」
「ジノリコーチ、相手DFは……どうです?」
「喧嘩をふっかけられて可哀想なのじゃ」
うん、そうだね。本当はもっと可哀想なんだけど。
「それはそうなのですが……。最初にショーキチ殿がDFについて言っていた事を思い出して下さい」
「えっとマンマークについてて既にイエローカードを……あっ!」
ジノリコーチはその小さい口を小さい手で覆って叫んだ。
「イエローカードをもう一枚貰ったら、退場になってしまう!」
「そうです。仕掛けた側目線で言えば、自分はまだ一枚目だからセーフですが相手は二枚目でレッドカードです」
ナリンさんがそう説明すると、ジノリコーチは恐ろしいモノを見るような目で俺の方を向いた。
「まさかDFを退場させる為に、わざといざこざを……?」
「そうです」
「ズルい! ズルいのじゃ! そんなの相手にも審判にも観客にも失礼なのじゃ!」
ジノリコーチはそう言うと悔しそうに地団駄を踏んだ。
「確かにズルいし失礼かも知れません。ですが一方では『カードは一枚なら貰っても良い』と考えてそのリソースを有効活用し、相手を退場に追い込んだ上手い行為と言えるかもしれません」
義憤に燃えるジノリコーチを微笑ましく見ながら俺は応えた。しかしこれでここまで怒るなら、例えば大事な試合に出場停止を喰らわないように、もうちょっと前でわざとカードを貰って累積を消化しておく選手の類を見たら、彼女はどうなっちゃうんだろう? あとやっぱドワーフ代表の空調を使ったあの戦法、ジノリコーチ在籍時には絶対に出来なかっただろうな。
「そんな事を『上手い』とは言わないのじゃ! ……はっ! まさか!? お主、そういう事をアローズにやらせようと言うのか?」
ニヤニヤ笑う俺を見てジノリコーチがさっと詰問する。
「まさか。さっきも言ったようにドワーフやエルフはそういうタイプではないです。ただオーク代表はそういうタイプでしょうね」
俺がそう言うとジノリコーチは咄嗟に何かを思い出して叫ぶ。
「確かにそうじゃ! ワシらがカードが出るようなタックルをしてしまうと申し訳ない気分になって謝るのじゃが、奴らは嬉しそうに笑って謝りもせず走り去りよる!」
そう言われれば俺もハッキリとそんなシーンを思い出せる。と言うかさっきまでもそういう試合映像を観てたからね。
「つまりそんな悪い奴らじゃから、なんとしても懲らしめよう! という作戦会議なんじゃな?」
「違いますよ」
そりゃ作戦会議と言うより決起集会でしょが! 俺は即座に否定し言葉を続ける。
「オーク代表はそんな風にまあ、ラフプレイとか反則とかイエローカードをリソースとして、使って良い資源として上手く操るチームです。激しいプレイに相手が萎縮したり軽い怪我で調子が狂ったりするのを狙ってね。でもアローズはそんなプレイ出来ないし俺もさせませんし、或いはそれに付き合うつもりもありません」
「ではどうすると?」
「間接的にリソースを減らしてやるんですよ。ファウルの価値を下げる事によって、ね」
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