212 / 651
第十二章
しんこ……く? ん?
しおりを挟む
「えええ!? それって……」
昔のエルフとオークの間で行われた戦争でペイトーン選手がリーシャさんのお兄さんを殺した……て事か?
「それって……」
俺は思わず言葉を失う。平和ボケした――と言うのはある意味、幸せな事でもある――日本人であった俺には分かり難い事ではあるが、この大陸において種族間闘争の戦乱が収まったのはたかだが50年ほど前でまだ多くの関係者も存命であり、様々な記憶も新しいところ、らしい。
大規模な和平交渉と補償が行われ互いに恨みっこ無し、とはなっている筈だがまだしこりは残っているのだろうし、ましてや長命なエルフにとっては昨日の様な出来事だ。その当事者同士の対決となると……。
「だからね。対オークの試合となると、私も冷静じゃいられないと思う。そうなると監督にもチームにも迷惑をかけるからさ。その試合だけは、メンバーから外して貰った方が良いかな? って」
リーシャさんは努めて冷静に言った。そうだよな、そうなるよな。
「うん、分かった。いや。分かったって言うのは嘘だな。俺は戦争とかに詳しくないから。でもリーシャさんの気持ちは最大限に尊重するよ。よく打ち明けてくれたね」
「え? いや、そんな大げさな話じゃ……」
リーシャさんは慌てて打ち消す様に両手を振った。
「ううん、難しくて、勇気のある決断だったと思う。尊敬するよ。リーシャさんはチームにとって大事な戦力だし、ここだけの話アーロンでのメディア向けの催しにも注目選手として連れて行くつもりだったけど、試合からもそれからも外す事にするよ」
「「ええっ!?」」
俺の言葉に両エルフから驚きの声が上がった。
「そんなに私を評価してくれていたの?」
「アーロンに連れて行くの、私じゃなかったの!?」
満更ではないリーシャさんに慌てた様子のシャマーさん。両者の表情は対照的だ。
「私だと思って色々、仕込みをしてたのにー!」
「一体、何の仕込みっすか! 向こうの手違いでホテルが一部屋しかとれてなくて『大人同士、密室、1日間。何も起きない筈がなく……』とかじゃないでしょうね!」
「…………」
俺はそう尋ねると、シャマーさんは黙って干し肉を千切り始めた。
「図星かい!」
「ふふっ……」
俺がツッコムとその様子を見てまたリーシャさんが笑った。
「いや笑い事じゃないですよ! 知らずに話が進んだら大変な事になっていましたよ……」
「まあ監督と同室ってなった時は私もリックの所へ行ってただろうけど」
リーシャさんは笑顔のままさらっと怖い事を言う。と言うか、え? お兄さんの所へ行くって……自ら命を絶ってお兄さんのいるあの世へって事!? やべ、俺、そこまでリーシャさんに嫌われていたのか……。流石にショックだな。
「夫婦水入らずの所へお邪魔するなんて、リーシャまだお兄ちゃん離れできないのー?」
「ふんだ! どうせ仮定の話でしょ!」
シャマーさんがそう言うとリーシャさんは少し気分を害したかのように反論した。
しかし夫婦水入らずって、まさかリックさんもその奥さんも亡くなってるのか!? それは本当に不幸というか……シャマーさんもデリカシー無さ過ぎじゃないか?
「あの、シャマーさん? ちょっとその言い方はどうかと思いますよ?」
「だって本当の事じゃん?」
シャマーさんは悪びれもせずにそう応える。マジかー。シャマーさん、常識外れな所もあるけど人情とかそういう部分はあるエルフだと思ってたんだけどな……。
「確かに夫婦水入らず、てのはもう違うかもね。リックとペイトーンが結婚して、もう2年ほど経つもん」
「まだ2年でしょ? 新婚みたいなものよ。まだまだ止まらないわよー」
新婚だと止まらないってシャマーさん何がだよ!? ってあれ? リーシャさんいま何て言った!?
「結婚って……待って下さいリーシャさん。リックさんとペイトーン選手は……ご夫婦なんですか?」
「そうよ。だってさっきそう言ったじゃない」
言うてへんわ! リーシャさんが言ったのは確か……『ペイトーン選手は私から実の兄、リックを奪い去った』だ。
……あーいや、これはまあ、ある意味では言うてるな。がっつり言うてしもてるな。
「(めっちゃ恥ずかしい勘違いして)……んな!」
「あれ? どうしたのショーちゃん?」
卓上に唯一残った犠牲者、チーズを細かく破壊する俺にシャマーさんが問いかける。
「別に……何でもないです」
「夫婦でする事、想像しちゃった? アチチな夜を想像して興奮しちゃった?」
「えっ! 監督そんな激しいプレイをするタイプ……やば」
「違います!」
俺は大声で否定したが、シャマーさんに加えてリーシャさんまでは悪ノリしてはやし立てる。
「ショーちゃんのびーすとー!」
「やるやるとは聞いてたけどまさかねー」
シャマーさんはともかくリーシャさんまでそんなノリになるとは意外だ。でもまあお兄さんの件で暗い気持ちでいられるよりはずっと良いし、『アチチな夜』というオッサンみたいな古い表現を聞いて、俺になんとなく閃くものがあった
「前言撤回します。メディア向けセレモニーにはリーシャさんを連れて行きましょう!」
「ええーっ!? 私にしておこーよー!」
「何よ、はやし立てた事の意趣返し? 意外と陰湿な性格してるわね」
シャマーさんとリーシャさんはそれぞれらしい反応を返したが、俺は立ち上がってまあまあ、と宥める手つきをした。
「陰湿な性格は否定しませんけどね。俺にちょっと思惑があるんですよ」
そして作戦の背景から説明を始めた……。
昔のエルフとオークの間で行われた戦争でペイトーン選手がリーシャさんのお兄さんを殺した……て事か?
「それって……」
俺は思わず言葉を失う。平和ボケした――と言うのはある意味、幸せな事でもある――日本人であった俺には分かり難い事ではあるが、この大陸において種族間闘争の戦乱が収まったのはたかだが50年ほど前でまだ多くの関係者も存命であり、様々な記憶も新しいところ、らしい。
大規模な和平交渉と補償が行われ互いに恨みっこ無し、とはなっている筈だがまだしこりは残っているのだろうし、ましてや長命なエルフにとっては昨日の様な出来事だ。その当事者同士の対決となると……。
「だからね。対オークの試合となると、私も冷静じゃいられないと思う。そうなると監督にもチームにも迷惑をかけるからさ。その試合だけは、メンバーから外して貰った方が良いかな? って」
リーシャさんは努めて冷静に言った。そうだよな、そうなるよな。
「うん、分かった。いや。分かったって言うのは嘘だな。俺は戦争とかに詳しくないから。でもリーシャさんの気持ちは最大限に尊重するよ。よく打ち明けてくれたね」
「え? いや、そんな大げさな話じゃ……」
リーシャさんは慌てて打ち消す様に両手を振った。
「ううん、難しくて、勇気のある決断だったと思う。尊敬するよ。リーシャさんはチームにとって大事な戦力だし、ここだけの話アーロンでのメディア向けの催しにも注目選手として連れて行くつもりだったけど、試合からもそれからも外す事にするよ」
「「ええっ!?」」
俺の言葉に両エルフから驚きの声が上がった。
「そんなに私を評価してくれていたの?」
「アーロンに連れて行くの、私じゃなかったの!?」
満更ではないリーシャさんに慌てた様子のシャマーさん。両者の表情は対照的だ。
「私だと思って色々、仕込みをしてたのにー!」
「一体、何の仕込みっすか! 向こうの手違いでホテルが一部屋しかとれてなくて『大人同士、密室、1日間。何も起きない筈がなく……』とかじゃないでしょうね!」
「…………」
俺はそう尋ねると、シャマーさんは黙って干し肉を千切り始めた。
「図星かい!」
「ふふっ……」
俺がツッコムとその様子を見てまたリーシャさんが笑った。
「いや笑い事じゃないですよ! 知らずに話が進んだら大変な事になっていましたよ……」
「まあ監督と同室ってなった時は私もリックの所へ行ってただろうけど」
リーシャさんは笑顔のままさらっと怖い事を言う。と言うか、え? お兄さんの所へ行くって……自ら命を絶ってお兄さんのいるあの世へって事!? やべ、俺、そこまでリーシャさんに嫌われていたのか……。流石にショックだな。
「夫婦水入らずの所へお邪魔するなんて、リーシャまだお兄ちゃん離れできないのー?」
「ふんだ! どうせ仮定の話でしょ!」
シャマーさんがそう言うとリーシャさんは少し気分を害したかのように反論した。
しかし夫婦水入らずって、まさかリックさんもその奥さんも亡くなってるのか!? それは本当に不幸というか……シャマーさんもデリカシー無さ過ぎじゃないか?
「あの、シャマーさん? ちょっとその言い方はどうかと思いますよ?」
「だって本当の事じゃん?」
シャマーさんは悪びれもせずにそう応える。マジかー。シャマーさん、常識外れな所もあるけど人情とかそういう部分はあるエルフだと思ってたんだけどな……。
「確かに夫婦水入らず、てのはもう違うかもね。リックとペイトーンが結婚して、もう2年ほど経つもん」
「まだ2年でしょ? 新婚みたいなものよ。まだまだ止まらないわよー」
新婚だと止まらないってシャマーさん何がだよ!? ってあれ? リーシャさんいま何て言った!?
「結婚って……待って下さいリーシャさん。リックさんとペイトーン選手は……ご夫婦なんですか?」
「そうよ。だってさっきそう言ったじゃない」
言うてへんわ! リーシャさんが言ったのは確か……『ペイトーン選手は私から実の兄、リックを奪い去った』だ。
……あーいや、これはまあ、ある意味では言うてるな。がっつり言うてしもてるな。
「(めっちゃ恥ずかしい勘違いして)……んな!」
「あれ? どうしたのショーちゃん?」
卓上に唯一残った犠牲者、チーズを細かく破壊する俺にシャマーさんが問いかける。
「別に……何でもないです」
「夫婦でする事、想像しちゃった? アチチな夜を想像して興奮しちゃった?」
「えっ! 監督そんな激しいプレイをするタイプ……やば」
「違います!」
俺は大声で否定したが、シャマーさんに加えてリーシャさんまでは悪ノリしてはやし立てる。
「ショーちゃんのびーすとー!」
「やるやるとは聞いてたけどまさかねー」
シャマーさんはともかくリーシャさんまでそんなノリになるとは意外だ。でもまあお兄さんの件で暗い気持ちでいられるよりはずっと良いし、『アチチな夜』というオッサンみたいな古い表現を聞いて、俺になんとなく閃くものがあった
「前言撤回します。メディア向けセレモニーにはリーシャさんを連れて行きましょう!」
「ええーっ!? 私にしておこーよー!」
「何よ、はやし立てた事の意趣返し? 意外と陰湿な性格してるわね」
シャマーさんとリーシャさんはそれぞれらしい反応を返したが、俺は立ち上がってまあまあ、と宥める手つきをした。
「陰湿な性格は否定しませんけどね。俺にちょっと思惑があるんですよ」
そして作戦の背景から説明を始めた……。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
社長の奴隷
星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる