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第十二章

リーシャマー

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「もう、ショーちゃん! なんで魔法の鎖を逆さまに置いているのよ!」
 その声、その知識、何よりもその呼び方に心当たりがあった。
「シャマーさん」
 俺は諦観を声に出しながらドアを開ける。中には頭を下にして俺の服に絡まりぶら下がっているシャマーさんの姿があった。
「なにしてはるんすか?」
「それはこっちの台詞よ! こんな時間に若い女の子をベッドに誘い込んで! あ、リーシャだったの!?」
 『こんな時間に』って所から再びツッコミたかったが、その気力はもう失いつつあった。
「リーシャさんは内緒の相談で来たんですよ。俺の帰りが遅いから寝てしまっていただけで。シャマーさんの方こそどこへ行ってたんですか? 探していたのに」
「えっ!? 私を!?」
 シャマーさんは途端に笑顔になって叫んだ。因みにまだ逆さまのままだ。天地逆でも相手の顔を認識し表情まで分かるのは人間の優れた視覚能力といって良いだろう。
「ちょっとお願いしたい事があったんですが……。まいったな。先に来てたリーシャさんの話からしたいので、待ってて貰って良いですか?」
「この格好で?」
「いや別に降りて貰って結構です!」
 俺がツッコムと背後からクスリと笑い声が聞こえ、次にリーシャさんのこんな言葉が続いた。
「息ピッタリね。良いわよ、シャマーがいても。と言うかキャプテンにも聞いて貰った方が良いかもだし」
 その意外な言葉に俺とシャマーさんは眼を見合わせてしまった。
「……キャプテン?」
「いやアンタでんがな! ドワーフ戦で散々、呼びかけられて応えたのに急にしらんぷりすんなや!」
 再び笑い声が聞こえると、今度は足音も近づいて俺たち二人の横を通り過ぎた。
「じゃあ居間で待ってるから、シャマーの位置が直ったら来て」
 その声はリーシャさんと思えないくらい優しかった。灯りも付けずスタスタと歩き去る彼女の背中を見送って、俺は思わず呟く。
「なんだろう? なんか気持ち悪いな」
「わたしもー」
 いやシャマーさんはずっと宙吊りになってるからだろ! と言い掛けて改めてその事実に気づき、俺は彼女が降りるのに手を貸してから共に部屋へ向かった。

 俺とシャマーさんが居間に到着すると、リーシャさんはお湯を沸かしコップを並べお茶の準備をしていた。
「あ、シャマーにユイノを使わせるのは悪いわね。座って、ちょっと待っててね」
 俺たちを眼にするなりリーシャさんは並べてた食器の一つを手に取り、棚へ向かう。
「別に良いけど……。あっ、ありがとう」
 別の来客用のを受け取り、シャマーさんが礼を言う。言いつつ、テキパキと動くリーシャさんを座りながらじっと見た。
「どうしたんですか?」
「リーシャ……。やけに手際良いわね」
「いや、うん、視察旅行へ行く前はユイノさんナリンさん含めて4人でここでお昼とか食べてたからね。よく、4人でね!」
 別にそんな心配は何も無いのだが、疑い深いやきもち焼き彼女の誤解を解こうとする彼氏のような気分で応える。
「ふーん」
 シャマーさんは何か言いた気な雰囲気で俺の顔を見つめていたが、リーシャさんが座るのを見て前を向いた。
「じゃあ、話を聞こうか」
 俺がそう言うとリーシャさんは小さく頷き、お茶を一口飲んで唇を湿らせた後で話し始めた。

「開幕戦の相手がオークだ、って聞いてる? よね。えっと、そのオークに関係する事があるから早く言わなきゃ! と思って真っ先に来たの」
 リーシャさんはそう言いながら卓上のパンを手に取り、細かく千切り出した。何か言い難い事があるサインだ。
「開幕戦の話、昼にはチームに伝わってきた筈だから随分待たせたね。ごめんね」
「ううん、別に良いのよ」
 口が完全に止まってしまわないように質問を挟みつつ、彼女の手元に干し肉を差し出す。パンはもう、切りようがないほど粉々になっていたからだ。
「え?」
「次はそれをどうぞ」
「ははっ! ありがとう」
 リーシャさんは受け取ったそれは千切らず前に置くと、意を決したように続けた。
「あのね。オーク代表にペイトーンて選手がいるじゃない? CBの」
 言われて俺は先ほどまで観ていた試合映像を思い出す。まだ選手名とプレーを完全に頭に叩き込んでいる訳ではないが、リーシャさんが言った名前とポジションには流石に覚えがあった。
「ああ、キャプテンの! 良い選手だよね」
 オーク代表のキャプテンでありDFリーダーでもある――という意味ではシャマーさんと同じ属性だ――ペイトーンさんは、その凄まじいボール奪取力とフィジカルで相手ごとボールを捕らえ、決して離さない様からグローブ、手袋と称されている名選手だ。
「単刀直入に言うとね。そのペイトーン選手は私から実の兄、リックを奪い去った張本人なんだ」
 リーシャさんは事も無げにドシリアスな事情を告げた。
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