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第十一章

いくさの前に

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 選手達は一度、ロッカールームに引き上げ試合前の最後の準備を行っていた。……というか行っている筈であった。
 俺は更衣室のドアの前に立ち、中へ入ったナリンさんからの連絡を待っていた。選手達の着替えが終わり――ピッチでのウォーミングアップ時には既にユニフォームに着替えているが、その後で汗を拭いたりテーピングをやり直したり女性らしく色々したりするらしい――俺が入っても大丈夫か、ナリンさんが確認しているのだ。
「ショーキチ殿、どうぞ」
 ナリンさんの声がして、俺はドアを開けて中へ入った。
「きゃー! えっちー!」
 そんな俺の耳と目に飛び込んできたのは、上半身下着姿のリーシャさんの姿と、何名かのわざとらしい悲鳴だった。
「ちょっ! わざとだろおまえら!」
 軽く投げつけられたタオルを掴んで投げ返し、俺は半笑い言った。
「なんだよー。もっと狼狽しろよー」
「うるさい。バレバレだったわ! まあナリンさんやリーシャさんまで荷担したのだけは意外だったけど」
 申し訳ないけど中でゴソゴソしている気配を感じたしナリンさんの声もわざとらしかったし、絶対に何かしてると思ってた。
「ショーキチ殿、申し訳ありません。皆さんに懇願されて……」
「まあ……。スポーツブラだからエロくなくて恥ずかしくないし」
 リーシャさんのその部分には異論があるが黙っておく。
「どうやら準備万端なみたいだね。じゃあ試合前に俺から一言」
 俺の言葉で急にきりっとした顔で見つめ返すエルフの皆さんを見渡し、続ける。
「えーと……。ごめん、今の驚きで何を言うか飛んだわ」
 緊張が弛緩し、どっと笑いが起きた。
「なんだ、効いてんじゃーん!」
「リーシャがセクシー過ぎたんだよきっと!」
「ユイノなに言ってんの!?」
 また一斉に騒がしくなる。
「何というか……。それくらい、君たちにはずっと驚かされ続けてきました。サッカードウに向ける姿勢、ポテンシャル、技術、団結力……全て俺の想像を越えてきました。今日は俺だけじゃなく、相手を、そして世界を驚かせて下さい。それだけです。後はキャプテンから」
 そう一気に言い切って、すっと壁際へ下がりシャマーさんへ目配せを送る。彼女はウインクを返すと、俺の言葉で静まり返った選手達の中央へ歩み出た。
「さっきのウォーミングアップの時に、ドワーフの子たち見た? テーピングは多いし顔はげっそりしてるし、かなりしごかれたみたいねー」
 シャマーさんに言われて俺も思い出したがドワーフ代表の選手達は相当、猛練習で追い込まれているようだった。ザックコーチの視察報告も同じ事を告げている。正直、肉体的にも精神的にもオーバーワーク追い込み過ぎで可哀想にすら思う。
「それに比べて私たちはどうかな? アホウにリゾートへ行って、エステやネイルサロンでピカピカにして、美味しいご飯と適切な運動で顔も身体もつやつや」
 その言葉に一同からやや自嘲的な笑いが起きる。シャマーさんも何時も様に楽しそうな笑みを浮かべてそれを眺めていたが、急に真顔になった。

「……負ける訳ないじゃん、あんなボロボロな奴らに。私たちを最高の状態にしてくれたコーチ、スタッフ、そして監督の愛に応えるよ。絶対に勝つよ!」
「「おう!」」
 エルフの口からこんな力強い音が出るんだ!? と驚くような怒号が響いて、選手達が一斉に立ち上がった。
「行きましょう! 最初の5分、決して引かないで! でもクリアは浮かさず外へ!」
 ナリンさんがそう言いながらドアを開け、出て行く選手達の背中をバシバシと叩きながら鼓舞していく。
「うわっ、ナリンさんまで戦闘的……」
 俺は壁際に潜んだまま、ぼそっと呟いた。
「いや、むしろこれがエルフ代表の本来の姿じゃよ」
 側に立っていたジノリコーチが俺の言葉に気づいて言った。
「近年は低迷して自信を失っていたようじゃがな。だがそれを取り戻させたのはお主じゃ、ショーキチ」
 ドワーフとしては複雑じゃがな、とライバル種族宿敵の顔も付け足す。
「そうだと良いんですが……。そうなるよう、努力します。勝ちましょう」
 まだ試合も始まっていないのに褒められるとは早すぎる。俺はジノリコーチと静かにグータッチして、ロッカールームを出た。

 程なくファンファーレが鳴り、両チームの選手達がコンコースから出て行った。俺はナリンさんと合流し、その後に続く。
「ショーキチ殿、あちらに……」
 ナリンさんが目配せした先にはドワーフ代表のポビッチ監督の姿があった。通訳も面倒くさいので無言で歩み寄り、ただ手を差し出す。
 選手達を見守っていたポビッチ監督は俺に気づくと同じく無言で手を握り、力強く上下に振ってまた前を向いた。
「ナリンさん、行きましょう」
 彼の邪魔にならない様にその場を去る。監督カンファレンスでは煽りもしたし彼のやり方――開幕前のプレシーズンマッチでここまで選手達を追い込む、空調装置を利用する等――にも反感を覚えるが、彼もまた監督という孤独な人、じゃないドワーフなのだ。共感する部分も多い。
「試合の後でザックコーチみたいにあのドワーフとも分かり合えるのかなあ」
 と思いつつも今、考えても仕方ない。俺はベンチに座ってキックオフを待った。
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