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第十一章

風を掴むような話

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「前に見た時は『ドワーフ代表頑張ってるな。上手いな』て思ったんですが、今見ると……」
「ドワーフ代表が上手いと言うより相手が下手過ぎる。具体的に言えば、落下地点の判断が」
 ニャイアーコーチはGKコーチらしい視点でそう言った。GKは一つの判断ミスが失点に繋がる。それだけに落下地点の予想に関してはFP以上にシビアだ。
「風の影響かもしれんということか……」
 ジノリコーチが暗い口調でそう言う。ボールの軌道や選手達の動きから察するに、ドワーフ代表陣から相手陣方向へ風が吹いているようだった
「普通の場所で試合していれば風の影響なんて普通に受けますし選手も予測して動きます。しかしここは地下でドームだし、たぶん風も特定のエリアでしか吹いてませんから、分からない選手には最後まで分からないでしょう。しかも人工的なのであれば、前半後半エンドが変わっても常に追い風を背に戦える」
 追い風は相手のクロスを押し戻し、自分たちのクリアを遠くへ飛ばせる。また逆に自分達のシュートは伸びるし、相手のクリアを拾って勢いよく攻める事もできる。
 とは言えサッカーは前半後半で陣を入れ替える競技なので、その恩恵は両チーム受ける。そう言う意味ではある程度、公平だ。
 『ある程度』と言うのは所詮、自然の事だからね。前半で風が止むとか後半だけ大雨とか全然ありえるし。
 だが自分たちで風を起こしているとなれば話は別だ。
「と言ってもこれは状況と短い映像を見ての仮説にしか過ぎないんですけどね」
 設備はありそうだ、ポビッチ監督が妙に自信満々で秘策があるとインタビューに応えている、映像ではそれっぽい動きをしている……どれも証拠としては弱い。
「じゃあどうするって言うのさ?」
 サオリさんが二股に分かれた蛇の舌を出し入れしながら言う。
「せめて仮説の立証だけでもできないかな? と思うのですが。すみませんニャイアーさんサオリさん。お二方って風を感じたり熱を感じたりする能力ってあったりしませんか?」
 猫はヒゲで微妙な気流を感じたりするし、蛇の中にはピット器官という熱を感知する――人工的な風なら温度差があるかもしれないし――器官があってそれで暗闇でも狩りをしたりするらしい。
 猫のようなフェリダエ族、そして蛇人間であるゴルルグ族なら似たような能力を持ってないかな?
「はてニャ? 風……風かあ」
「なに言ってんの? ないよ」
 しかし二名の反応は芳しくないものだった。
「駄目か。それがあればそういう風があるか、あればどの高さかを絞り込めたのになあ」
「ですがショーキチ殿、もし試合で有利に立つ為の送風装置があったとしても、それこそ試合中や自分たちの練習中しか起動してないのではありませんか?」
 ニャイアーコーチとサオリさんの返事に天を仰いだ俺に、ナリンさんが追い討ちをかけるような事を告げた。
「あ……本当だ」
 確かに彼女の言う事は尤もだ。そうでなくても秘密にしておきたい機能を、わざわざエルフが練習している時に動かす筈がない。
「アタシは十分、あり得る話だと思うっすね。今からでもそれの対応をやっとくべきっす」
「アカリもなに言ってんの? そんな悪いこと、ドワーフがすると思う?」
「アンタはゴルルグにしてはピュア過ぎんのよ……」
「はあ!?」
 二人というか二つの頭はそこから口論になった。ニャイアーコーチが宥めに入る横で、俺はナリンさんに問う。
「エルフから見たドワーフ、てのもまた難しいとは思いますけど、ナリンさんはどう思いますか?」
「分かりません。ですが『風を操る』というのは我々エルフの得意な術でありましたし、異種族戦争時代にそれに苦しめられたドワーフだからこそ研究を深めてきた……という仮説は十分に成り立ちます」
 それはそうだ。俺のオールに封じ込められたシルフ風の精霊をはじめグリフォンの乗りこなし、弓術などエルフは風に纏わる魔術や技術が非常に高い。そしてエルフと戦ってきたドワーフこそが、ある意味ではそれを最も知る種族である、と言っても過言ではない。
 そして相手を良く知り相手の思考や戦術を利用しようとするのは、俺の好む戦い方でもある。
「ワシもナリンと同意見じゃ。その時の力量や順位がどうであれ、我々ドワーフはエルフの研究だけは欠かした事がない」
 ジノリコーチもついに観念したように呟いた。
「ならばやはり仮説ではなく実証にしたいですね。何か方法はないかな」
「ふっふっふ。みなさんお困りのようだな!」
 悩むコーチ陣の横で、何かが跳ね起き高らかに笑う音がした。
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