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第十章

見学者たち

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 俺とリストさんにとって受難だった日の翌日。シーズン中であれば前節を振り返りチーム状態をチェックする日ではあるが、今回はもう一日追加で戦術練習を行っていた。
 ジノリコーチの設定したシチュエーションや人数で課題を行い、何度も繰り返しながら各々の癖やパターンを記憶する。その過程で強度が足りないと判断したらザックコーチが負荷を増やし、身体の向きやボールの置き所などで改善点があればナリンさんが助言する。
 ニャイアーコーチが指導するGK陣も含めて気力、理解度とも十分だ。特に守備に関してはある程度なら考える前に身体が動く段階に達している。
「問題は攻撃か……」
 みんなの練習、及びコーチ陣の指導を例によってグランド横のバルコニーから見下ろしながら俺は呟いた。

 一般的に
「作り上げるより壊す方が簡単だ」
と言うが、サッカーの戦術においてもそれは言える。守備の極意は究極のところ「頑張る」と「邪魔をする」であって、みんなが一生懸命走って戻って邪魔をして、相手の意図や目指すものを壊せばそれなりにものになるのである。もちろんより高度な守備戦術はいっぱいあるし守備だけでは勝てないし、引き分けばかりでは勝ち点計算の上でも不利なのだが。
 ましてエルフ族はその性質が守り向きで――森に引き籠もり多種族が踏み込むのを許さない姿というのは色んな物語で見ても、自ら軍を率いて遠方に出征し支配を広げるエルフ像というのはあまりないもんね――仲間思いで真面目だ。
「仲間を守る為に頑張りましょう!」
と言えば幾らでも走ってくれるのである。
 だから教え易さでも受け入れ易さでも、守備を整えるのまではそう難しくないだろう。ドワーフチームからジノリさんという優秀なコーチを引き抜けたというのもあるし……というのが俺の読みだった。そして実際に教えているのはもっと高度な守備戦術ではあったが、その読みは当たってそうだった。
 なにせアローズのゾーンプレスは既になかなかの域に達しており、相手がトロールチームでも狙ってボールを奪えそうなレベルだった。
 むしろ口では
「相手がフェリダエチームでも君たちならボールは奪える」
と告げていた。もちろんハッタリだけど。
 だが攻撃はそうもいかない。他の種族より体格やパワーに優れている訳ではないエルフ族が攻撃の面でチャンスを作るには創意工夫やアイデアといったものが必要となる。
 FWが動きでマークを外す、パスを回してDFを動かして守備に穴を作る、三人目が飛び出す……何でも良い。ただ一つ言えるのは漠然としたパスをFWに送り、FWがDFを力で押さえ込みながら良い位置にボールを置いてシュート! という簡単な形はエルフにはあまり期待できないという事だ。
 もう一つ。工夫のある攻撃をチームで意図的に、何度でも行えるようにする――ちなみに地球のサッカーの文脈では主に『再現性のある』と表現する――には時間がかかるとも。 
 攻撃のパターンやシチュエーションを設定し繰り返す行う、ミニゲームを何度も繰り返し癖やアイデアを理解する、ゲームモデルを設定し考え方を共有し柔軟に動けるようにする……のはまだ早いので今は忘れよう、どれを選ぶにせよ大変な作業だ。
 しかも攻撃をするにはボールを持ち操るスキルもいるし、相手も邪魔をしてくる。それらをふまえると守備練習の何倍も時間が必要だろう。
 となると『チームで攻撃を作る』というのを現段階では諦めないといけない。そして代わりに『個人で攻撃を形にする』という手段を取るのだ。
 そのキーになりそうなのは――コーチ陣との会議で言った通り――レイさんになりそうだった。

「てえへんだてえへんだショーキチのご隠居! レイの娘っこが仲間外れになっていやがるぜ!」
 戦術練習も佳境にさしかかった所で、変わらずバルコニーからトレーニングを見守る俺にそんな声がかかった。
「なんだよそのキャラ付け……」
 俺の横にはいつの間にか団子を手にしたステフが立っていた。この世界でも珍しい半妖精的存在『ダスクエルフ』にして旅芸人、そして現在はレイさんやポリンさんの護衛も担う少女だ。
「いや、久しぶりの出番だから忘れられてないかなー? って。ショーキチも珍しく人物紹介しただろ?」
 相変わらず勝手に心を読むエルフだ。というかこの言葉も読まれているのだろう。
「まあな。いやそれはどうでもよくてさ、なんでレイちゃんだけ違う色のヘッドバンドを付けてフラフラ動いてんだ?」
 あまりサッカードウに興味ないステフには珍しく練習をちゃんと見ていたらしい。その手に持つ団子の串の先で、ボール回しに勤しむアローズの面々を指し示している。
「アレはトリカゴの一種だよ。レイさんはフリーマンなので一人だけ違う色にしてる。あ、もしかしてその団子はうっかり八兵衛?」
 ステフに説明をしながら彼女の意図に思い当たって訊ねる。
「気づくの遅いわ! てかフリーマンて泣きながら足でナイフ操って人を殺すんだろ? レイちゃん殺し屋になるのか!?」
「トリカゴ!? 鳥族を縛るな! 解放しろだぴい!」
 俺の言葉にステフと、遅れてこちらへやってきたスワッグが反応した。
「あのね君たち、同時にボケないでくれるかな? って久しぶりだな! このノリ」
 俺はこちらも久しぶりに会うグリフォンに挨拶を交わしながら続ける。
「トリカゴってのはああいう風に狭いスペースで一方がパスを回し、一方がボール奪取を狙う練習の事だよ。でもし片方がボールを奪ったらすぐに攻守交代して同じ事をする。正確なボールタッチとパス能力、素早い判断力を養う事ができるトレーニングなんだ」
 そう説明する間にもボールが守備者リーシャさんの足に当たり、区切られたエリアの外へこぼれた。
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