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第九章
監督会議その2
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「あ、どうもポビッチ監督」
その場にいたのはドワーフ代表の老将、見事な顎髭を蓄え鋭い眼光で世の全てを睨みつけるポビッチ監督だった。
「この度は開幕前に親善試合を受けて頂き感謝する」
親善も感謝も微塵も含まれていない声でドワーフの男性は言った。
「いえ、こちらこそ。良い時期に申し込んで下さいました」
男性とは言えドワーフはドワーフだ。俺よりもずっと背が低い。なるべく見下ろす雰囲気が出ないように答えた。向こうが気にしているかは知らんけど。
「ふん、そう思うか?」
ポビッチ監督は憎々しげに聞いた。俺の言葉に皮肉――こちらのチーム作りが進む前に叩き潰そうとしてんじゃねえかおまえ等ドワーフは?――が含まれていると思ったのだろう。
「はい。今年のスーパーカップはフェリダエvsノートリアスですし、あまり注目度は高くありません。他のチーム同士のプレシーズンマッチもそれほど魅力的なのは聞きませんし、あの時期は我々の試合がもっとも耳目を集めるでしょう」
俺はアカサオから受け取ったメモを思い出しながら言った。そもそもプレシーズンマッチを行うチームが殆どないし、あっても地理的に近いからやる、くらいの意味しかない試合ばかりだ。
「なるほど。そうなると不憫じゃのう。エルフ達が無様に負ける姿が多くの目に……」
「ところで休憩は何時までですっけ?」
俺が質問を行うと、ポビッチ監督は意表を突かれた顔になった。
「は? あ、おい、休憩は何時までだ?」
ポビッチ監督は近くを通りがかったリザードマンさんに訊ねる。
「三時までだそうだ」
「あ、そうですか。ありがとうございます」
俺はリザードマンさんとポビッチ監督の両方に頭を下げる。
「さっきの話じゃが……」
「何時に起きても大惨事、てね」
再び会話を再会させようとするポビッチ監督に、俺は取り出した魔法の手鏡を見せながら言う。
「なんじゃと……。それは!?」
その手鏡には大昔に行われたドワーフvsエルフの試合結果が映し出されていた。スコアは0-5。できたばかりのミスラル・ホールでドワーフ代表が記録的な大敗を喫した試合であり、見事な戦績を誇るポビッチ監督のキャリアにおいても瑕疵となる忘れられないメモリーだ。
「何のつもりだおぬし!」
ポビッチ監督は一瞬で顔を真っ赤にして叫ぶ。
「もし同じ結果になったら……『不憫』だなあ、と」
俺はあの言葉を送り返すように言った。
ポビッチ監督は長いキャリアを誇る名将だ。経験豊富で落ち着きもある。自身が革新的な戦術家という事はないが、部下を使う事が上手く――ジノリさんを登用し彼女に守備面をほぼ一任していたことからも分かる――総監督として全体を仕切る事が得意だ。
という部分だけで言えば烏滸がましいが俺と似ている。だが違うのは前半部分、『長いキャリアを誇る』という所だ。
長い戦歴には良い部分も悪い部分もある。良い部分はその経験が落ち着きや自信を与えてくれること。悪い部分は、探せば痛い記憶や辛い失敗がいくらでも掘り出せて、たまに心を苛むことだ。
俺は有能なスカウト担当、アカサオにポビッチ監督の性格と戦績の全てを調べ上げて貰った。その結果、厳格ながらも懐の深い優秀な指導者である反面、自責的でありながら傲慢な部分もあるドワーフの姿と彼の心に残っているであろう失敗が浮かび上がってきた。
そしてそれを俺がどう利用するか? というプランも。
「何が不憫じゃ! おぬしに何が……!」
「どうしました?」
激昂したポビッチ監督が俺に詰め寄ろうとした所で、先ほど時間を聞かれたリザードマンさんが素早く割って入った。同時に他の監督や会場スタッフの目も集まる。
「いえ別に」
俺はそう言いながら魔法の手鏡を置いて両手を上げる。ファウルをした選手がやってないアピールをするかのように。ただ片手は拳を握り片手は掌を開いて、だ。5-0の意味を込めて。
あと細かいようだけどドワーフ代表って直近の二試合前、つまりカップ戦の準決勝でもフェリダエチームに5-0で負けてらっしゃるよね? その煽りも入れておこうっと。
「おぬし!」
ポビッチ監督はリザードマンさんを押し退け俺に掴みかかろうとする。その騒動に他の監督たちも加わろうとした所へ……
「およしなさい」
ストックトンさんの静かな声が会場に響いた。あの試合で実証済みだがドラゴンさんの叱責はサッカードウ関係者全員に効く。騒ぎは一瞬で静まり全員の顔がDSDK代表の方を向いた。
「それほど元気なら休憩はもう良いでしょう。会議を再会しましょう」
ストックトンさんはため息をつきながら――しかしドラゴンのため息ってやっぱり怖いな。火でも吐くかと身構えたわ――そう宣言した。俺にはその声に
「またアナタですか……」
みたいな気持ちが込められているように思えた。
「まあまあ、こちらへ……」
ガンス族の監督、ケビン監督がポビッチ監督を席に連れ戻す。犬面人身のガンス族は実直かつ一族の結束が強く、ドワーフと親和性が高い。ついでに言うと昨シーズンの順位も4位と6位で近い。その上ケビン監督は男性で監督歴も長い……という部分でポビッチ監督とも仲が良いのだろう。彼に宥められては癇癪を爆発させたお爺さんも耳を傾けるしかない。
再び部屋の照明が押さえられ、監督カンファレンスの後半戦が始まった。
その場にいたのはドワーフ代表の老将、見事な顎髭を蓄え鋭い眼光で世の全てを睨みつけるポビッチ監督だった。
「この度は開幕前に親善試合を受けて頂き感謝する」
親善も感謝も微塵も含まれていない声でドワーフの男性は言った。
「いえ、こちらこそ。良い時期に申し込んで下さいました」
男性とは言えドワーフはドワーフだ。俺よりもずっと背が低い。なるべく見下ろす雰囲気が出ないように答えた。向こうが気にしているかは知らんけど。
「ふん、そう思うか?」
ポビッチ監督は憎々しげに聞いた。俺の言葉に皮肉――こちらのチーム作りが進む前に叩き潰そうとしてんじゃねえかおまえ等ドワーフは?――が含まれていると思ったのだろう。
「はい。今年のスーパーカップはフェリダエvsノートリアスですし、あまり注目度は高くありません。他のチーム同士のプレシーズンマッチもそれほど魅力的なのは聞きませんし、あの時期は我々の試合がもっとも耳目を集めるでしょう」
俺はアカサオから受け取ったメモを思い出しながら言った。そもそもプレシーズンマッチを行うチームが殆どないし、あっても地理的に近いからやる、くらいの意味しかない試合ばかりだ。
「なるほど。そうなると不憫じゃのう。エルフ達が無様に負ける姿が多くの目に……」
「ところで休憩は何時までですっけ?」
俺が質問を行うと、ポビッチ監督は意表を突かれた顔になった。
「は? あ、おい、休憩は何時までだ?」
ポビッチ監督は近くを通りがかったリザードマンさんに訊ねる。
「三時までだそうだ」
「あ、そうですか。ありがとうございます」
俺はリザードマンさんとポビッチ監督の両方に頭を下げる。
「さっきの話じゃが……」
「何時に起きても大惨事、てね」
再び会話を再会させようとするポビッチ監督に、俺は取り出した魔法の手鏡を見せながら言う。
「なんじゃと……。それは!?」
その手鏡には大昔に行われたドワーフvsエルフの試合結果が映し出されていた。スコアは0-5。できたばかりのミスラル・ホールでドワーフ代表が記録的な大敗を喫した試合であり、見事な戦績を誇るポビッチ監督のキャリアにおいても瑕疵となる忘れられないメモリーだ。
「何のつもりだおぬし!」
ポビッチ監督は一瞬で顔を真っ赤にして叫ぶ。
「もし同じ結果になったら……『不憫』だなあ、と」
俺はあの言葉を送り返すように言った。
ポビッチ監督は長いキャリアを誇る名将だ。経験豊富で落ち着きもある。自身が革新的な戦術家という事はないが、部下を使う事が上手く――ジノリさんを登用し彼女に守備面をほぼ一任していたことからも分かる――総監督として全体を仕切る事が得意だ。
という部分だけで言えば烏滸がましいが俺と似ている。だが違うのは前半部分、『長いキャリアを誇る』という所だ。
長い戦歴には良い部分も悪い部分もある。良い部分はその経験が落ち着きや自信を与えてくれること。悪い部分は、探せば痛い記憶や辛い失敗がいくらでも掘り出せて、たまに心を苛むことだ。
俺は有能なスカウト担当、アカサオにポビッチ監督の性格と戦績の全てを調べ上げて貰った。その結果、厳格ながらも懐の深い優秀な指導者である反面、自責的でありながら傲慢な部分もあるドワーフの姿と彼の心に残っているであろう失敗が浮かび上がってきた。
そしてそれを俺がどう利用するか? というプランも。
「何が不憫じゃ! おぬしに何が……!」
「どうしました?」
激昂したポビッチ監督が俺に詰め寄ろうとした所で、先ほど時間を聞かれたリザードマンさんが素早く割って入った。同時に他の監督や会場スタッフの目も集まる。
「いえ別に」
俺はそう言いながら魔法の手鏡を置いて両手を上げる。ファウルをした選手がやってないアピールをするかのように。ただ片手は拳を握り片手は掌を開いて、だ。5-0の意味を込めて。
あと細かいようだけどドワーフ代表って直近の二試合前、つまりカップ戦の準決勝でもフェリダエチームに5-0で負けてらっしゃるよね? その煽りも入れておこうっと。
「おぬし!」
ポビッチ監督はリザードマンさんを押し退け俺に掴みかかろうとする。その騒動に他の監督たちも加わろうとした所へ……
「およしなさい」
ストックトンさんの静かな声が会場に響いた。あの試合で実証済みだがドラゴンさんの叱責はサッカードウ関係者全員に効く。騒ぎは一瞬で静まり全員の顔がDSDK代表の方を向いた。
「それほど元気なら休憩はもう良いでしょう。会議を再会しましょう」
ストックトンさんはため息をつきながら――しかしドラゴンのため息ってやっぱり怖いな。火でも吐くかと身構えたわ――そう宣言した。俺にはその声に
「またアナタですか……」
みたいな気持ちが込められているように思えた。
「まあまあ、こちらへ……」
ガンス族の監督、ケビン監督がポビッチ監督を席に連れ戻す。犬面人身のガンス族は実直かつ一族の結束が強く、ドワーフと親和性が高い。ついでに言うと昨シーズンの順位も4位と6位で近い。その上ケビン監督は男性で監督歴も長い……という部分でポビッチ監督とも仲が良いのだろう。彼に宥められては癇癪を爆発させたお爺さんも耳を傾けるしかない。
再び部屋の照明が押さえられ、監督カンファレンスの後半戦が始まった。
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