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第九章

死の終焉と旅立ち

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「うえーん! ホテルのディナーがー!」
「あれ? また鼻血が出てきた……」
 試合終了のホイッスルが鳴り、ユイノさんが泣き崩れルーナさんが鼻を押さえて座り込んだ。いや、座り込んだのは彼女たちだけではない。勝った青組負けた赤組、両チームの選手がほぼ全員、体力を使い果たしてグランドに倒れ込む。
「ぱちぱちぱち……」
 自然と、ピッチを囲んだスタッフさん達から拍手が起こる。アローズのメンバーは皆、もともとサッカードウの選手としてある程度の尊敬はされていただろう。だがいま彼女たちが勝ち得た称賛拍手は、たぶんそれとは別の質のモノだろう。
「みんなよく死力を尽くしたよ。本当にお疲れさま。君たちのコーチであることを光栄に思う」
 俺とジノリコーチはベランダから降りて直に選手たちを労った。他にもニャイアーコーチはユイノさんとボナザさんにアドバイスをし、ナリンさんはスタッフさんと一緒に飲み物を配り、ザックコーチは負傷したルーナさんや限界を越えた選手たちを気遣う。
「あの、ショウキチ監督?」
 そんな中、疲労困憊になっても優雅さを失わない足取りでダリオさんが近寄ってきた。
「はい? どうしました?」
「旅行の方ですが、私は公務もありますし辞退させて頂きます。なのでその空いた部屋を赤組の誰かに……」
 彼女がそこまで言った所でシャマーさんとムルトさんがやってきてダリオさんに追従した。
「あたしもパスー。ショーちゃんのいない旅行なんてつまんないし。ショーちゃんも来て同じ部屋に泊まるなら考えないでもないけど?」
「わたくしも旅行は遠慮します。ここで事務をしませんと。また余計な出費があるようですし」
 そう言う2名の目はまた別々の意味で怖かった。とは言えその申し出はたいへん好ましい。ここは監督としても負けていられない。
「ありがとうございます。でも心配ご無用ですよ。みんな聞いて!」
 俺は再びベランダへ戻り拡声器を操作した。
「えーいま、勝者青組のダリオ、シャマー、ムルトの三名から旅行の辞退と空いた部屋を赤組へ譲る提案がありました。非常に有り難い事ですが、実のところ高級リゾートの部屋。実は両チーム分とってあります! 青組も赤組も、みんなで行って遠慮なく楽しんできて下さい!」
 やったあ! と歓声が上がった。なんだ、まだまだスタミナ残ってたんじゃないのかこの娘たち!?
「やったのだ! マイラちゃん一緒にエステへ行くのだ!」
「そうね……アイラにゃんたっぷり絞りましょうね?」
「いよ、太っ腹! ステフてめー、これを知ってるから意地悪したな?」
「うんにゃ。アレは素」
 方々で浮ついた声が上がる。ここはちょっとだけ締めとかないと。
「みんな待って、これは今回だけだからね? 次はちゃんと、勝者と敗者で待遇分けるから!」
「え? 『次』って?」
 耳ざとく、リーシャさんが抱きついて跳ねるユイノさんをふりほどきながら訊ねた。
「まさか次回もあるの!?」
「うん。できれば月一でやりたいなーっと」
「「「やだー!」」」
 皆が叫ぶ。その瞬間が、アローズ現体制発足以来もっとも結束が高まった瞬間かもしれなかった。
 
 なお余談ではあるが、その日を境に選手たちにも
「スタッフの名前をちゃんと覚えよう!」 
という気運が高まり、
「ハイ、ジョージー」
「ハイ、チャッキー」
と気さくに名前で呼び合う習慣ができた。それは非常に良い事ではあったが、なんか安っぽい昔のアメリカのドラマっぽくて何となく嫌だった。何となく。

「じゃあリゾートを目一杯、楽しんできて。既婚者以外はナンパでもして、リゾラバでも作ってくるんだね」
「リゾラバ? なんだそりゃ?」
「リゾート地限定のラバー、恋人」
「ひでえなそりゃ! 監督の言う台詞じゃねえだろ!」
 二日後。見送りに行ったグリポートで、俺はそんな会話をティアさんと行っていた。
「いやいや。今後、君たちは人気チームのスター選手になるんだ。そうなると色んな奴らが近づいてくる。その前に十分遊んで、回復可能な失敗したり免疫をつけたりするべきだよ」
 俺はスワッグステップの馬車に乗ったり別のグリフォンの背の鞍に跨がったりしている選手達――魔法の馬車の収容人数にも限界があるし、何より全員が同じ乗り物に搭乗することを俺が嫌ったからだ。地球で何度か起きた悲劇を繰り返してはいけない――全員に呼びかけるように言った。
「監督ーそれは大げさだよー」
 グリフォンの頭部を模した派手な飛行士帽を被ったユイノさんが笑いながら言った。どこで売ってるんだあれ?
「大袈裟じゃないよ。俺は真剣に、君たちがスター選手になると思っている。というか俺がする。だからこそ、今の間に遊び方も学んでいて欲しいんだよね」
 まあユイノさんは色気より食い気だろうけど。
「そんな事を言っ貰って悪い遊びできるような図太い子、あまりいないと思うよ? 少なくともデイエルフには」
 ルーナさんがティアさんの後ろ鞍に飛び乗りながら言った。この両SBはグリフォンでもタンデムか。
「え? なんで?」
「自分で考えようね、天然」
「んだんだ。アタシは半分デイエルフだから分かるけどよ、お前はもう少し女心を学んだ方が良い」
 そう頷きながらも、ティアさんはゴーグルを装着しグリフォンに合図を送る。
「お前じゃなくて監督なー!」
 鷲頭に獅子の身体をもつ魔獣は力強く地面を蹴り、崖端のグリポートから一気に飛び立った。他の選手達が乗ったグリフォンもそれに追従する。
「ティアさんこそ学んで欲しいわ!」
 テイクオフの瞬間に言い返したが恐らく聞こえていないだろう。俺の呟きは負け惜しみのようなテンションになってしまった。
「じゃあ俺たちも行ってきますぴよ」
「あ、スワッグ! 宜しくお願いします」
 大人数の送迎およびガイドを担うスワッグに深々と頭を下げる。相棒のステフは先に現地入りして宿や観光の準備だ。
「任せて欲しいぴよ。ウマの娘さんの3頭や4頭と懇ろになってくるぴい」 
いやそっちじゃないし! あとウマの娘さんと懇ろって響きが特に何か危険な感じがする!
「そうじゃなくて……」
「さあ行くぴよーその顔を上ーげぴー」
 スワッグは銀河を旅する鉄道のようなメロディを口ずさみながら走り出した。見た目からは想像もできないようなスピードで、馬車が空にある見えないレールに沿うように高度を上げていく。
「監督ー! お土産たのしみにしてるのだー!」
「楽しみにするのです!」
 馬車の窓から手を振るアイラマイラさんの声が小さくなっていく。何はともあれ選手の大半はバカンスに送り出した。今度はこっちが出発する番だ。
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