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第七章

プレス(ダイビングボディの方)

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「おはよ、監督、とう! 改めてお願いが……あれ?」
「重いのだ!」
「このデカ女、誰なんです!?」
 翌朝はそんな騒音で目が覚めた。音の発生地点は予想通り俺の寝室方面である。
「な! 監督が私に押しつぶされて双子の女の子に分裂しちゃった!?」
「んな訳あるか! おはよう、ユイノさん」
 起きて客室から寝室へ入った俺は布団の上の混沌を目にした。四つん這いになるユイノさんの下でアイラさんマイラさんの祖母と孫――と考える事も危険かもしれないのでなるべく辞めよう――双子コンビが重量に苦しんでいる。
「あ、監督? おはようございます! じゃあこちらは?」
「シャマーさんが派遣してくれた新しい選手だよ。アイラさんとマイラさんという双子姉妹だ」
 俺がそう言うとユイノさんはマジマジと二名を見つめた後、嬉しそうな顔になって言った。
「そうなんだ! 美少女姉妹だ~! 私、ユイノ、GKです。宜しく!」
「挨拶は後でよいのだ!」
「早く降りるのです~!」
 両者の訴えでようやく事態に気づいたユイノさんが下に降りる。昨晩は嫌な予感――誰かが俺の寝込みや寝起きを襲うのではないか――がして敢えて寝室を譲った訳だが、そうしなければ俺がアレを喰らってた訳だな。
「とは言えまさかユイノさんとは。朝から何の用だったの?」
「そうだった! 監督、あのね、あ、でも……」
 ユイノさんは口を開きかけたが、明らかに双子姉妹の存在を気にしているようだ。落ち着かない表情になって黙り込む。
「なに? どうしたのだ?」
「お腹でも空いたのです?」
 アイラさんマイラさんも様子がおかしいのに気づいている。
「まあ一旦、クラブハウスへ移動しようか? 彼女らの手続きもしないといけないし、朝食も穫りたいし」
 その間にどこかで二人きりの時間を作って話そう、と言外に伝えたつもりだがユイノさんは察したようだ。こくん、と頷くと彼女は表情を明るくして立ち上がった。
「じゃあ行こうか! お勧めの朝メニューも紹介するね!」

 ユイノさんには期待を持たせたものの、申し訳ない事に実際はそんな時間は作れなかった。クラブハウスに到着するなりナリンさんが俺達の元へ駆けつけアイラさんマイラさんを紹介する事になり、一緒に朝ご飯を食べながら書類部品の発注やスケジュールの打ち合わせ、双子姉妹の案内を誰が何時どうするかを話し合う間にリーシャさんも合流、森林警護官レンジャーの仕事へユイノさんを引っ張って行く……という結末に。
 すまないユイノさん、と思うと同時にこれが監督業であると実感する現象でもあった。スケジュール管理は急務だな。まさかこの世界でグーグルカレンダー等を共有する訳にもいかないから、クラブハウスの目立った所にスケジュールボードを張り付け俺の空き時間を公開せねば。
 という思いつき一つにもその為の道具の発注やら誰がそれの管理をするか? といった事務処理や問題がつきまとう。またその他ほとんどの事がまだ俺の決定や判断なしには進まない状態だ。
 そんなこんなで王国へ戻って二日目、監督室に腰を据えてちょっとゆっくりお茶でも……とできたのはその日の夕方になってからだった。

「ショーキチ殿。流石に休憩中は……と言うか今日の分はこれで終わりにしませんか? いえ、そうすべきです」
 お茶を飲みながら読んでいた俺の書類を取り上げつつ、ナリンさんが言った。
「あ、でも……」
「ショーキチ殿! 私はコーチであると同時に個人マネージャーです。ショーキチ殿の仕事量や体調を管理するのも私の仕事です」
 ナリンさんは有無を言わせぬ口調でそう告げると、いくつかの書類をまとめて机の上の「未処理」の箱に詰める。
「う……でも確かにそうですね。すみません、最初から飛ばして迷惑かけちゃって」
 ナリンさんにそこまで言われたら仕方ない。俺は反省の弁を述べつつ、廊下の向こうを見る。

 監督室の窓側は照明装置付きの練習グランド、廊下を挟んだ反対側は事務室……地球で言えば会計や総務の役割を果たす部署の為の部屋だ。スタッフは殆ど帰り、眼鏡をかけた長身のエルフ女性が独りで厳しい顔をして計算をしている姿だけが見える。
「いやあこれでスタッフは3分の1、選手は半分もいないって言うんですから先が思いやられますね」
 がらんとした空間を眺めながら呟く。組織とは人員が増えれば増えただけ楽になる、というものではないのだ。むしろ教育、指揮系統、シフト等が整うまでは増えた人数がそのまま作業コストになる。
「以前は王城に殆どの機能があってそちらの人員を利用していましたから、今およびこの先の展開は本当に誰も想像がつきません」
 ナリンさんもため息混じりに同意した。とは言え何時までもエルフ王家におんぶだっこ頼り切りでいるわけにもいかないし、今俺達が作ろうとしている体勢やクラブハウスの運営が一度、軌道に乗ってしまえばかなり楽になる筈だ。
「既にいる選手たちには悪いけど、まだしばらく練習はザックコーチ達に任せてフィジカルや基礎訓練中心になるかなあ」
「そうなりますね。ただ皮肉な事に、既にいる選手に限ってコンディションはできあがっている方なんですよね」
 ナリンさんは悩ましげにそう言った。でも確かに彼女の言う通りだ。もういる娘たちはもともと体力自慢やオフでも身体を動かしていたエルフばかり。本当にフィジカルを重点的にやりたいのはもっと後に来る選手たち、直前まで別の仕事をしていたり完全にオフだったりする連中だ。
「一度、落ちても良いからザックコーチに厳しい目の特別メニューでも頼みましょうか?」
「それもアリよりのアリですが、恨まれそうだなあ」
 俺はニャリンGKコーチに毎日しごかれているらしいユイノさんの事を思い出した。
「ユイノさんもユイノさんで結局、今日もリーシャさんの特訓に連れ出されちゃってるみたいだし」
 俺は窓辺に立ちグランドを見下ろす。そこでは視察旅行前に彼女に課した練習――エルフの子供たちが上げるセンタリングをとにかくゴールへねじ込む――を繰り返すリーシャさんの姿があった。
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