上 下
97 / 652
第六章

近こう寄れ、空襲ない

しおりを挟む
 二日ぶりに訪れたノトジアは、なんだか騒がしかった。明らかな軍人さんだけでなく、一般の方までが少し殺気だった感じで足早に通りを行き来している。
「ちょっと怖いっすね」
「何かあったのかな?」
 そう話し合ってすぐ、街中に大音声のサイレンが鳴り響いた!
『警戒! 警戒! 非戦闘員は直ちに近くのシェルターへ入って担当官の指示を仰ぐように!』
 サイレンと同時にそんな内容のアナウンスが、ありとあらゆる種族の言語で魔法によって増幅されたらしい声で放送される。
「何これ……空襲警報か何かか!?」
 周囲の人々はそのアナウンスに従い一斉に走り出した。大きな荷物や馬車はその場に置き去り、親は子を抱え子は自分より小さな子の手を取り近くで旗を振る兵士の指さす方向へ駆ける。
「二人とも、こっち」
 ルーナさんが全く慌てない口調で俺達を誘導して早足で歩き出す。こんな時でも彼女は冷静だ。くっ、将来と言わず今すぐにでもDFラインの統率をやってくれんかな……。
「アシモトチュウイ。ケッシテマエヲオサズ、イッポヅツススメ……」
 俺達が到着したシェルターにはやたら細い、甲冑をまとったような外見の兵士がおり、剣呑な形をした顎からたどたどしい言葉で指示を放っていた。
「(あ、インセクターっすね)」
「(お、さすがクエンさん詳しい)」
 そう、そこで非戦闘員の誘導を行っていたのは昆虫型種族インセクターだった。地球の感覚で言えば直立しほぼ人間大になったクワガタ虫。ファンタジーよりややSF寄りな種族だが彼ら彼女らも立派なこの大陸の構成員である。
 『昆虫型種族』と言った通り、インセクターの個体差は激しく目の前のクワガタっぽいのからカマキリっぽいの、トンボっぽいのまで様々いる。その為、特性を一言では言い難いが、種族全体で言えばかなりキッチリした社会を形成しており各々が役割を果たす気持ちが強い。
 例を挙げれば徴兵制だ。インセクターは成年に達するとかならず軍隊に所属しノトジアへ派遣される。目の前の彼? も間違いなくそうだろう。
「(でも目の前のタイプは見た事ないっす。やっぱ難しいっすね、インセクターさんは)」
 クエンさんはそう小声で付け足した。彼女は、と言うよりナイトエルフ全体はそこそこインセクターに縁がある方だ。何せインセクターの生息地はノトジアのような砂漠から大洞穴まで幅広く分布しているからだ。
 もっともゴルルグ族のようにサッカードウで定期戦を行うような仲ではない。関係性がどう、と言うより多種族に冷淡な存在なのだ、インセクターは。
 その割にサッカードウには参加しているが。昨年の順位は9位。つまり我らがアローズ、エルフの一つ上。自虐になるが強くはないな。まあ融通が利かないサッカーしそうだし、手足もボール蹴るのに向いてなさそうだし。
「ここでいっか」
 俺とクエンさんが小声で話す間もルーナさんは先に歩き、やがてシェルター内の一角で足を止めた。
「座ろう。かなり待たされることになる」
 ルーナさんはそう言うとその場に腰を下ろした。彼女の言葉に従い俺も座り込むと同時に、シェルターの明かりが小さくなり上方で大きな門が閉まる音がした。
「ひぃ!」
 クエンさんがベタベタな悲鳴をあげて俺に抱きつく。これまたベタベタな展開だが彼女の大きな胸おっぱいが俺の顔を圧迫し、呼吸が困難になる。
「(クエンさんヘルプヘルプ!)」
「あっ、すみませんっす! 自分、狭くて暗い所が苦手で……」
 それでよくナイトエルフやってたな!? そう思いながらも命の危機を逃れた俺は、その狭くて暗い所を見渡す。
 人間、ドワーフ、ガンス族……一番近くにいるのはオークの母子だ。全員恐らく非戦闘員で、さっきの警報を聞いてここへ誘導され避難してきたのだろう。
 (少なくとも表情の分かる種族の)みんなは不安そうに肩を寄せ合い、小声で何かを喋っている。そうだ、さっきは軽率に『命の危機を逃れた』と思ったが、実際はどうなんだろう?
「何か襲撃があったから避難させられたんだよな? どんなタイプの攻撃なんだろう?」
「さあ?」
 ルーナさんはそっけなく答えると、家から持ってきた果物を取り出し座ったまま足の上で転がせてリフティングを始めた。上手い。おいそれマラドーナがオレンジでやってなかったかそれ?
「ショーパイセン、さっきおっしゃってた『空襲』てなんすか?」
 まだ不安そうにしているクエンさんがキョロキョロと辺りを見渡しながら訊ねる。
「簡単に言えば空からの攻撃なんだけど、俺の世界では爆撃機って言う空を飛ぶ巨大な乗り物から爆弾って言う凄い広範囲にダメージを与える魔法の武器みたいなのを雨霰と降らせて、大量に民間人も含めて殺害する攻撃があったんだ」
 そっかナイトエルフさん達には感覚的に分かり難いか。
「そんな! 一方的に訳も分からず……民間人まで死ぬなんて……」
 俺も歴史の授業や紛争のニュースで知ってる程度だが、クエンさんのその言葉を聞いて少し背筋が寒くなった。
「クエンさんルーナさん、聞いて下さい。もし何かあっても必ずお二人だけは何とかして……何とかして逃がします。絶対に生きて帰って下さい」 
 いや何をどう何とかしたら良いか分からないが。それを言えば今、ノトジアが受けている攻撃だってどんなモノか知らない。だが彼女たちだけでも生きて帰す、という強い決意だけは持っていないと! と思う。
「何を言ってるんすか! むしろショーパイセンこそ絶対に生きて帰って下さい! 貴方には待っている人がたくさんいるんですから!」
 俺の言葉を聞いて涙目になったクエンさんが空かさず言い返す。
「いや、君たちの方が大事だ。俺はチームの監督で、監督が真っ先に考えないといけないのは選手たちの安全なんだから」
「違います! 自分たちは所詮、選手っす。チームの20だが30だかの一名でしかないっす。だから死んでも影響は知れてるっす。でもショーパイセンは監督で、貴方が死んだら30名皆が困ります……」
 クエンさんは取り乱しながらも、彼女らしく論理的に反論してくる。良い子だ。だからこそ、守らなければ……。
「そんな理屈はどうでも良いから! 俺の言うことを聞いて下さい!」
「ショーパイセンこそ!」
「クエンさん!」
「ショーパイセン!」
「あの……」
 熱くなって言い合う俺達に、近くのオークから声がかかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

性癖の館

正妻キドリ
ファンタジー
高校生の姉『美桜』と、小学生の妹『沙羅』は性癖の館へと迷い込んだ。そこは、ありとあらゆる性癖を持った者達が集う、変態達の集会所であった。露出狂、SMの女王様と奴隷、ケモナー、ネクロフィリア、ヴォラレフィリア…。色々な変態達が襲ってくるこの館から、姉妹は無事脱出できるのか!?

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

君の浮気にはエロいお仕置きで済ませてあげるよ

サドラ
恋愛
浮気された主人公。主人公の彼女は学校の先輩と浮気したのだ。許せない主人公は、彼女にお仕置きすることを思いつく。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

6年生になっても

ryo
大衆娯楽
おもらしが治らない女の子が集団生活に苦戦するお話です。

処理中です...