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第五章
男と女の真理
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「こ、これを!」
フェルさんだ。長髪をなびかせながら走り、手には例の魔法の眼鏡と紙の束を抱えている。あぶね、危うく回収するのを忘れる所だった。
「あ、レイさんのお父さん!」
「ほっ、ほんまに色々とすんまへん! これを、ちゃんと、お返ししたいんですが……。できればそのままかけて、こっちを読んで貰えますか?」
フェルさんはそこまで言い切ると腰を折って肩で息をする。すぐに追いついてきたレイさんが
「おとうどうしたん? そない無理して」
とその背中をさする。
「これは何ですか?」
「フィーが、ちっ、地上の男から、貰った手紙どすわ」
フィーさんが貰った手紙……例のラブレターらしき文書か? 息も絶え絶えにそう言うフェルさんから両方を受け取り、俺はまず眼鏡をかけてからその束に目を通した。
「えー!?」
俺は最初の一枚を読むなり膝から崩れるような衝撃を受けた。
「お待たせしました」
「早う逢いたかったわ」
暗闇が周囲を包むイリス村の外れの小屋。その一室に男女がいた。何度もここで密会を繰り広げてきたのだろう、慣れた手つきで大きなベッド……や机の上に様々な資料や道具を広げ、向かい合わせに座ってせわしなく手を動かす。
「しかしフィー先生……いよいよ最終章ですね」
「ええ。あと一年で綺麗に風呂敷畳んでみせますわ」
男は人間の若者、女性はナイトエルフの壮年だった。二名は視線を手元の原稿に向けたまま、言葉を交わす。
「なんかカイ君……背景上手くなっていませんか?」
「せやな。でも仕事だけやのうて家事全般、上手うなってるで。頭が上がらんわ。やっぱ喫茶店やってるおとうちゃんの血やなあ。レイには真似できん。ボール蹴らしたらミケランジェロやのに、筆を持ったらヘボヘボやねん」
「ちょっとおかん、それひどない!?」
止める間もなく、レイさんが声を上げて机を叩いた。
「ひい!」
「うわ、なんでやねん!」
跳ねたインク瓶が倒れて紙の上に中身をこぼす前に、俺はさっと手を伸ばして原稿を拾い上げた。
「あーやっぱこれか。ステフ、魔法を解いてくれるか?」
俺がそう告げるとステフは黙って透明化の魔法を解除した。驚く男女の前に俺、ステフ、ナリンさん、リストさん、レイさん、フェルさんの姿が現れる。
全てを悟った俺が選抜した『透明化して尾行して、フィーさんを問い詰め隊』のメンバー一行である。
「めっちゃいるやん! あ、あんた!」
「お前……」
「初めまして、レイさんのご母堂フィーさんですね。いや、大人気サッカーBL漫画『タイガー&タイガー』の作者、フランプさんとお呼びした方が良いですか?」
夫であるフェルさんと目を合わせ驚くフィーさんに俺は丁寧に頭を下げた。
「貴男は?」
「サッカードウエルフ代表の監督をしています、ショーキチと言います。日本から来た男でありますし、貴女の原稿を救った救世主でもあります」
俺はすんでの所でインクまみれから逃れた原稿をもう一度、しっかり見る。長髪GK――どことなくフェルさんに似ている――が肘打ちでシュートをはじき返しているシーンだ。間違いなくフェルさんの漫画喫茶で読んだヤツだろう。
「あーそれ、ありがとうございます」
原稿に手を伸ばす男性をさっと避け、俺は意地悪な笑みを浮かべた。
「返しても良いけど条件があります。俺は漫画業界を人並みにと言えども知っていますから比較的、状況が分かっていますが他のみんなは全然でしょう。ちゃんと説明してくれますか? 特にレイさんに」
俺は腕を組んで母親を睨みつけるレイさんの方を見た。その剣幕に気づきフィーさんは少し怖じ気付いたが、人数の圧や命より大事な原稿を人質に取られた事に観念しゆっくり話し始めた。
結論から言えばフィーさんは確かに『イエス、尊み。ノー、タッチ』の戒律を破った。但しそれはナイトエルフ達が想像していた『地上の男性と不倫の恋に落ちた』ではなかった。『地上で優秀な編集者兼アシスタントの男性と出会ってしまった』のである。
出会った当時、彼女は家族や統率していた尊み略奪隊にも内緒でずっと漫画を書いていた。だがある日、地上でそれを何ページも落としてしまった。(略奪隊公務の最中の休憩時などにも執筆してたらしい。プロや)
それをイリス村の男性――フープさんという、優れた頭脳と漫画テクニックを持つ男――が偶然、拾った。彼はその作品に惚れ込み是非ともお手伝いしたい! とそれを地上で出版したいとの文書を原稿に添え、拾った付近に残した。謎の作者へ向けて。
その謎の作者ことフィーさんはフィーさんで原稿と文書を拾い、地上の人間の言葉を学んで中身を知った。そして最初は警戒して手紙でのやりとりに終始したものの、やがて正体を明かして語り合い意気投合し、正式にコンビを組んで創作活動へ入った。
二人の協力は予想外の相乗効果を発揮し漫画は地上と地下でヒット。しかし略奪隊との二足の草鞋はそろそろ辛い……という時期に例のレターをフェルさんが発見。以降は知っての通り……。
フェルさんだ。長髪をなびかせながら走り、手には例の魔法の眼鏡と紙の束を抱えている。あぶね、危うく回収するのを忘れる所だった。
「あ、レイさんのお父さん!」
「ほっ、ほんまに色々とすんまへん! これを、ちゃんと、お返ししたいんですが……。できればそのままかけて、こっちを読んで貰えますか?」
フェルさんはそこまで言い切ると腰を折って肩で息をする。すぐに追いついてきたレイさんが
「おとうどうしたん? そない無理して」
とその背中をさする。
「これは何ですか?」
「フィーが、ちっ、地上の男から、貰った手紙どすわ」
フィーさんが貰った手紙……例のラブレターらしき文書か? 息も絶え絶えにそう言うフェルさんから両方を受け取り、俺はまず眼鏡をかけてからその束に目を通した。
「えー!?」
俺は最初の一枚を読むなり膝から崩れるような衝撃を受けた。
「お待たせしました」
「早う逢いたかったわ」
暗闇が周囲を包むイリス村の外れの小屋。その一室に男女がいた。何度もここで密会を繰り広げてきたのだろう、慣れた手つきで大きなベッド……や机の上に様々な資料や道具を広げ、向かい合わせに座ってせわしなく手を動かす。
「しかしフィー先生……いよいよ最終章ですね」
「ええ。あと一年で綺麗に風呂敷畳んでみせますわ」
男は人間の若者、女性はナイトエルフの壮年だった。二名は視線を手元の原稿に向けたまま、言葉を交わす。
「なんかカイ君……背景上手くなっていませんか?」
「せやな。でも仕事だけやのうて家事全般、上手うなってるで。頭が上がらんわ。やっぱ喫茶店やってるおとうちゃんの血やなあ。レイには真似できん。ボール蹴らしたらミケランジェロやのに、筆を持ったらヘボヘボやねん」
「ちょっとおかん、それひどない!?」
止める間もなく、レイさんが声を上げて机を叩いた。
「ひい!」
「うわ、なんでやねん!」
跳ねたインク瓶が倒れて紙の上に中身をこぼす前に、俺はさっと手を伸ばして原稿を拾い上げた。
「あーやっぱこれか。ステフ、魔法を解いてくれるか?」
俺がそう告げるとステフは黙って透明化の魔法を解除した。驚く男女の前に俺、ステフ、ナリンさん、リストさん、レイさん、フェルさんの姿が現れる。
全てを悟った俺が選抜した『透明化して尾行して、フィーさんを問い詰め隊』のメンバー一行である。
「めっちゃいるやん! あ、あんた!」
「お前……」
「初めまして、レイさんのご母堂フィーさんですね。いや、大人気サッカーBL漫画『タイガー&タイガー』の作者、フランプさんとお呼びした方が良いですか?」
夫であるフェルさんと目を合わせ驚くフィーさんに俺は丁寧に頭を下げた。
「貴男は?」
「サッカードウエルフ代表の監督をしています、ショーキチと言います。日本から来た男でありますし、貴女の原稿を救った救世主でもあります」
俺はすんでの所でインクまみれから逃れた原稿をもう一度、しっかり見る。長髪GK――どことなくフェルさんに似ている――が肘打ちでシュートをはじき返しているシーンだ。間違いなくフェルさんの漫画喫茶で読んだヤツだろう。
「あーそれ、ありがとうございます」
原稿に手を伸ばす男性をさっと避け、俺は意地悪な笑みを浮かべた。
「返しても良いけど条件があります。俺は漫画業界を人並みにと言えども知っていますから比較的、状況が分かっていますが他のみんなは全然でしょう。ちゃんと説明してくれますか? 特にレイさんに」
俺は腕を組んで母親を睨みつけるレイさんの方を見た。その剣幕に気づきフィーさんは少し怖じ気付いたが、人数の圧や命より大事な原稿を人質に取られた事に観念しゆっくり話し始めた。
結論から言えばフィーさんは確かに『イエス、尊み。ノー、タッチ』の戒律を破った。但しそれはナイトエルフ達が想像していた『地上の男性と不倫の恋に落ちた』ではなかった。『地上で優秀な編集者兼アシスタントの男性と出会ってしまった』のである。
出会った当時、彼女は家族や統率していた尊み略奪隊にも内緒でずっと漫画を書いていた。だがある日、地上でそれを何ページも落としてしまった。(略奪隊公務の最中の休憩時などにも執筆してたらしい。プロや)
それをイリス村の男性――フープさんという、優れた頭脳と漫画テクニックを持つ男――が偶然、拾った。彼はその作品に惚れ込み是非ともお手伝いしたい! とそれを地上で出版したいとの文書を原稿に添え、拾った付近に残した。謎の作者へ向けて。
その謎の作者ことフィーさんはフィーさんで原稿と文書を拾い、地上の人間の言葉を学んで中身を知った。そして最初は警戒して手紙でのやりとりに終始したものの、やがて正体を明かして語り合い意気投合し、正式にコンビを組んで創作活動へ入った。
二人の協力は予想外の相乗効果を発揮し漫画は地上と地下でヒット。しかし略奪隊との二足の草鞋はそろそろ辛い……という時期に例のレターをフェルさんが発見。以降は知っての通り……。
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