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第五章
レイの暴走
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俺とステフが宿泊施設に帰ると、意外な事に他の組は全員戻っていた。いや意外でも何でもない。あの後、ステフが持ち前の剛胆さでゲルトをあと10巻ほど読み続け、ブルマン1杯で半日粘ったからだ。
その間、他の客の応対に出たレイさんと目が合った時の気不味さと言ったらなかった。こちらの世界の文字が読めない俺は、漫画――ムエタイの真空跳び膝蹴りでゴールを守る長髪のGKと、Ub○rで家計を支える苦学生のFWが主人公の男性同士の恋愛もの――を読むフリをして絵を眺めるしかなかったからだ。
もう最後の方は流石に彼女も笑っていたけどな。そして半日粘ってもレイさんのお父さん、フェルさんは帰ってこなかったけどな。
「すみません。じゃあちょっと無礼ですが食べながら聞くので情報収集の結果をお願いできますか?」
俺は(慎重に素材を確認した上で)ルームサービスで頼んだ食事を口に運びながら皆に言った。半日、ブルマンしか口にしていない俺の事情を知ったナリンさんたちは快くそれを受け入れ、報告を始めた。
「こっちですけど誰が悪いって感じでも無かったっす」
クエンさんとナリンさんが語る、レイさんの前所属チームの事情は色々と知った後ではさほど驚くようなものではなかった。
そのチームは地球で言えばユース代表の様な、次世代のナイトエルフ代表チームを目指す若者を選抜したものであり、これまたユース代表の様に勝ち負けだけではなく上で通じる選手の育成を重視する集団だった。
そういったチームは主に同世代の集まりであり、調子や個人の事情で多少の入れ替えはあるが基本的にはかなり顔馴染み同士で見知った仲だ。
だから急に仲がギクシャクするような事は少ない。また勝利を強く求めて緊張する事もあまりない。(いやまあこの部分は異論もある)
しかしレイさんに関しては違った。母親の事件以来、彼女の方から壁を作ってしまいチームメイトと心の距離が開いた。一方でゴールやアシストといった結果には異様に拘るようになり、パスやシュートをミスした仲間に苛立ちを見せるようにもなった。
「サッカーで活躍する限り絶対に観に来る」
という約束の「活躍」を勘違いしてしまったのだろう。
変わってしまったレイさんについて、まだ若いチームメイトたちはどう対処して良いか分からなかった。幼い頃からの顔馴染みだから心を許せる事はある。だがずっと知った仲だから、変わってしまった事にショックを受けて受け流せない場合もある。今回の彼女たちは後者だった。
不運な事にそのチームを担当するコーチも経験不足だった。ずっとチームの中心だったレイさんをスタメンから外す事は出来ず、だが適切なサポートも出来ず、火種を抱えたまま月日を重ね試合を行い続け……ついに彼女は爆発した。
他の若手チームとの練習試合で彼女は激昂し、止めに入った仲間も巻き込んでの乱闘騒ぎを起こす。ただ怒りをぶつけたのは(彼女から見て)不甲斐ないチームメイトでもなく対戦相手でもなく、審判を勤めた自分のチームのコーチだった。
「チームメイトがラフなタックルを受けて倒れたにも関わらず、その審判はカードを出さなかったらしいっす。何故ならその審判は審判であると同時に、自分のチームのコーチでもあるから」
クエンさんの説明が終わると全員一斉に深いため息をついたが、特にナリンさんの声がもっとも苦悩が深かった。
「分かります。身贔屓と取られかねませんし相手チームへの遠慮もありますし……。とかくそういう状況の審判はやり難いです」
経験者の実感がこもった言葉だった。
「でも選手としては守っても欲しいでござる」
おそらく試合ではもっともバチバチと削られるタイプの選手、リストさんが言った。確かにそう言う意味ではレイさんの気持ちも分かる。審判がカードを出すのはファウルを犯した選手を罰する為だけではなく、荒れたゲームになって選手が怪我するのを防ぐ為でもあるのだ。
と同時にコーチにも選手を守る義務がある。だが当該人物はそれを行わなかった。そうでなくても自分を守るべき人物に物足りなさを感じてたレイさんは、その鬱憤が貯まっていたのだ。
「でも良い面もあるっす。まず相手が部外者ではないのでレイさんの処分は公的なものではなく内部のものっす」
なるほど、出場停止や登録抹消ではなく、自主謹慎に近いのか。
「もう一つはチームメイトも当のコーチも、彼女の復帰を希望していることです」
ナリンさんが付け足すとクエンさんが
「そこはナリンさんがコーチ同士、上手く腹を割って言わせたっすよ」
と笑顔で教えてくれた。
「後で俺たちが知った情報を加えて説明するけど、レイさんの事情についてはかなり情状酌量の余地があると思う。それになにより、被害者筋に当たるコーチやチームメイトが彼女の復帰を望んでいる点が良い。となると問題はお母さんの方だけど?」
俺が視線をやるとリストさんとスワッグが互いを指差し羽根差ししていたが、最終的にはスワッグが嘴を開いた。
その間、他の客の応対に出たレイさんと目が合った時の気不味さと言ったらなかった。こちらの世界の文字が読めない俺は、漫画――ムエタイの真空跳び膝蹴りでゴールを守る長髪のGKと、Ub○rで家計を支える苦学生のFWが主人公の男性同士の恋愛もの――を読むフリをして絵を眺めるしかなかったからだ。
もう最後の方は流石に彼女も笑っていたけどな。そして半日粘ってもレイさんのお父さん、フェルさんは帰ってこなかったけどな。
「すみません。じゃあちょっと無礼ですが食べながら聞くので情報収集の結果をお願いできますか?」
俺は(慎重に素材を確認した上で)ルームサービスで頼んだ食事を口に運びながら皆に言った。半日、ブルマンしか口にしていない俺の事情を知ったナリンさんたちは快くそれを受け入れ、報告を始めた。
「こっちですけど誰が悪いって感じでも無かったっす」
クエンさんとナリンさんが語る、レイさんの前所属チームの事情は色々と知った後ではさほど驚くようなものではなかった。
そのチームは地球で言えばユース代表の様な、次世代のナイトエルフ代表チームを目指す若者を選抜したものであり、これまたユース代表の様に勝ち負けだけではなく上で通じる選手の育成を重視する集団だった。
そういったチームは主に同世代の集まりであり、調子や個人の事情で多少の入れ替えはあるが基本的にはかなり顔馴染み同士で見知った仲だ。
だから急に仲がギクシャクするような事は少ない。また勝利を強く求めて緊張する事もあまりない。(いやまあこの部分は異論もある)
しかしレイさんに関しては違った。母親の事件以来、彼女の方から壁を作ってしまいチームメイトと心の距離が開いた。一方でゴールやアシストといった結果には異様に拘るようになり、パスやシュートをミスした仲間に苛立ちを見せるようにもなった。
「サッカーで活躍する限り絶対に観に来る」
という約束の「活躍」を勘違いしてしまったのだろう。
変わってしまったレイさんについて、まだ若いチームメイトたちはどう対処して良いか分からなかった。幼い頃からの顔馴染みだから心を許せる事はある。だがずっと知った仲だから、変わってしまった事にショックを受けて受け流せない場合もある。今回の彼女たちは後者だった。
不運な事にそのチームを担当するコーチも経験不足だった。ずっとチームの中心だったレイさんをスタメンから外す事は出来ず、だが適切なサポートも出来ず、火種を抱えたまま月日を重ね試合を行い続け……ついに彼女は爆発した。
他の若手チームとの練習試合で彼女は激昂し、止めに入った仲間も巻き込んでの乱闘騒ぎを起こす。ただ怒りをぶつけたのは(彼女から見て)不甲斐ないチームメイトでもなく対戦相手でもなく、審判を勤めた自分のチームのコーチだった。
「チームメイトがラフなタックルを受けて倒れたにも関わらず、その審判はカードを出さなかったらしいっす。何故ならその審判は審判であると同時に、自分のチームのコーチでもあるから」
クエンさんの説明が終わると全員一斉に深いため息をついたが、特にナリンさんの声がもっとも苦悩が深かった。
「分かります。身贔屓と取られかねませんし相手チームへの遠慮もありますし……。とかくそういう状況の審判はやり難いです」
経験者の実感がこもった言葉だった。
「でも選手としては守っても欲しいでござる」
おそらく試合ではもっともバチバチと削られるタイプの選手、リストさんが言った。確かにそう言う意味ではレイさんの気持ちも分かる。審判がカードを出すのはファウルを犯した選手を罰する為だけではなく、荒れたゲームになって選手が怪我するのを防ぐ為でもあるのだ。
と同時にコーチにも選手を守る義務がある。だが当該人物はそれを行わなかった。そうでなくても自分を守るべき人物に物足りなさを感じてたレイさんは、その鬱憤が貯まっていたのだ。
「でも良い面もあるっす。まず相手が部外者ではないのでレイさんの処分は公的なものではなく内部のものっす」
なるほど、出場停止や登録抹消ではなく、自主謹慎に近いのか。
「もう一つはチームメイトも当のコーチも、彼女の復帰を希望していることです」
ナリンさんが付け足すとクエンさんが
「そこはナリンさんがコーチ同士、上手く腹を割って言わせたっすよ」
と笑顔で教えてくれた。
「後で俺たちが知った情報を加えて説明するけど、レイさんの事情についてはかなり情状酌量の余地があると思う。それになにより、被害者筋に当たるコーチやチームメイトが彼女の復帰を望んでいる点が良い。となると問題はお母さんの方だけど?」
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