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第四章
蛇と闇の住人
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翌日。練習場や宿泊地選びは結局、全員で回ることにした。昨日の今日でそれぞれに思う事はあるが、だからこそ皆が協力して同じ仕事をする方が蟠りが早く解消すると思ったからだ。
そして理由はもう一つ。アホウという街での宿泊地選びが非常に困難だったからだ。
観てきた通りアホウは観光都市だ。宿泊地が無いなんて事はない。だが懸念していた通り誘惑や騒音は非常に多いし、イベント時期によっては観光客やアイドルファンと宿を取り合いする事にもなるのでなかなか良い候補地は見つからなかった。
それでも全員が半日ほどかけて街を飛び回り、そこそこの宿と仮押さえの契約が終わった頃には俺たちの空気感はすっかり元通りだった。
「何というかさ。こうやって宿泊地が決まってこういう練習できるかな? とか計画考えていると、ほっとするなあ」
アホウを後にする馬車の中で、俺はナリンさんやステフと共に酒の入ったグラスを傾けながら言った。
「お疲れさまでした」
「おつかれー! まさかウォルスの時より手間取るとは思わなかったもんな!」
ナリンさんとステフも酒をチビチビしみじみと振り返る。ちなみにステフには街を出た時にもうメモリーカードを返してある。と言うのも今回もやはり彼女の顔で良い宿を決められたという面が強く、その恩に報いたかったからだ。
「まあ難儀したってのもあるけどさ。ちゃんと監督っぽい事をできるのが安心するんだよ」
「そういうもんか? 知らんけど」
「アーロン着いてからさあ。他人の夢へ入ったり屋台でタオル振り回したり握手会行ったりとかでさ。『あれ? 俺いま何をしてるんだっけ? これって監督のやる事なんだっけ?』て思うことが多くて……」
たぶん、いや絶対に違うと思う。監督界きっての変な人、そのものエル・ロコという異名を誇るビエルサさんでもこんな事はやってない筈だ。
「そんなもんかー?」
「そうですよ。ショーキチ殿は立派に監督業をやっておられます」
ありがたいがこれは二人が慰めの言葉をくれているのか、監督業を彼女たちも本当に分かっていないのか判断がつかない。
「ありがとう。まあ俺はこの世界の住人としても監督としても新人なんだし、何でもやる気でいないとな!」
そう言って気合いを入れるかのようにグラスの中身を飲み干す。
「おお、いいぞその意気だ! 実際、それくらいの気持ちでなければ次の大洞穴には入る事もできんからな!」
ステフも俺に合わせるように酒を飲み干したが、その言葉の中にはちょっと不安なポイントがあった。
「なあステフ、大洞穴ってそんなにヤバい所なのか?」
次の目的地はステフの言った「大洞穴」だ。この世界の地面の下に広がる巨大な空間であり、リーグの強豪「蛇人間ゴルルグ族」の帝国があり、謎めいたエルフの一種「ナイトエルフ」の生息地でもある。
「私からも聞きたいです。地下ではどのようなサッカードウが広まっているのかを」
ナリンさんも襟を正してステフに問う。そう、大洞穴については俺たちは知らないことばかりなのだ。
「ヤバいというか秘密主義なんだよなあ」
空になった杯を弄びつつ、ステフは自分の知る限りを語り始めた。
蛇人間ゴルルグ族はその名の通り、蛇と人間が合体したような姿をしている。となると既に出会ったドラゴンやリザードマンとどう違うのか? という話になるが、まず大きく違うのは頭部だ。
ほぼ人間の顔にところどころ鱗が並んでいるだけ、目が蛇なだけ、といったまだ普通(?)のタイプもいれば、完全に蛇の姿をしている者、あるいはその蛇の頭を二つも三つも持ったヤツまでいる。ヘディングに有利なのか不利なのか分からねー!
いや映像で観たから知ってる。不利だけど。だがその分ルックアップ、周囲の状況を認知し判断を下す部分はかなり上手のようだった。
また身体は蛇らしく柔らかくしなやか。サッカー雑誌等で「蛇のようなドリブル」という表現をたまにするが、ゴルルグたちのドリブルはまさにそれだった。
それら優れた状況判断やテクニックで身体の線の細さ(いやマジで蛇だけに)や環境への弱さ(実際、冬場は動きが鈍り驚くほど弱くなる)を補い、リーグでも上位につけるゴルルグ族は、その徹底した秘密主義でも有名だった。
繰り返しになるが彼女たちの帝国は闇に包まれた地下空間「大洞穴」の中に広がっており、その規模や仕組みも殆ど知られていない。ご丁寧にサッカードウの試合が行われる暖房完備のスタジアム「スネークピット」だけは地上に設置されており、アウェイチームやサポーターの宿舎もその付近に集中している。
アーロン以降、
「サッカードウの普及により開かれた……」
という文句を枕詞のように使用してきたが、ゴルルグ族にはそれが当てはまらないのだ。
それはエルフ族の仲間「ナイトエルフ」にも言えた。ドーンエルフの長老たちですら知らぬ理由により袂を分かった同胞たちは、放浪の末に「大洞穴」を安住の地に定め、その肌を地下に溶け込む藍色に変えた。
彼らの生態はゴルルグ族以上に謎だ。一族としてどの様な暮らしを営んでいるかは皆目見当がつかず、たまに個人の名が歴史上に浮かび上がってくるだけである。
はて、一人の美しいナイトエルフの密偵が黒騎士に忠誠を誓い生涯寄り添ったとか、学識高いナイトエルフが狂える悪の魔導師に弟子入りしたが、実は善の魔術師に送り込まれた裏切り者であった……とか。
それらの伝説から微かに分かるのはナイトエルフも他のエルフと同じく細身で俊敏、戦闘技術や魔術の知識が豊富で精神的なタフさも兼ね揃えている……といった所か。でもこれ、英雄とか偉人とか、特異な「個人」の話ですよね?
そんな程度の話なので、サッカードウとなるとてんで分からない。選手として登録された記録は公式には無く、そもそもこの簡単な球技が地下に伝わっているかも定かではない。
だが、あくまでも噂レベルではあるが、ナイトエルフは同じ地下仲間のゴルルグ族からサッカードウを学び、彼女らの間でのみ定期戦を行い密かに腕……もとい脚を磨いていると言う。
もしその話が真実であれば、ナイトエルフもやはりゴルルグ族に倣って技巧的なプレイをする選手を抱えている可能性が高い。そんな存在をアローズに加えられたら良いアクセントになるし、仮に選手として獲得するに至らなくてもゴルルグ族のサッカードウの情報を知るエルフ物がいるなら是非ともチームに招きたい。
そんな理由で俺は「大洞穴」行きを重要なポイントと考えていた。
そして理由はもう一つ。アホウという街での宿泊地選びが非常に困難だったからだ。
観てきた通りアホウは観光都市だ。宿泊地が無いなんて事はない。だが懸念していた通り誘惑や騒音は非常に多いし、イベント時期によっては観光客やアイドルファンと宿を取り合いする事にもなるのでなかなか良い候補地は見つからなかった。
それでも全員が半日ほどかけて街を飛び回り、そこそこの宿と仮押さえの契約が終わった頃には俺たちの空気感はすっかり元通りだった。
「何というかさ。こうやって宿泊地が決まってこういう練習できるかな? とか計画考えていると、ほっとするなあ」
アホウを後にする馬車の中で、俺はナリンさんやステフと共に酒の入ったグラスを傾けながら言った。
「お疲れさまでした」
「おつかれー! まさかウォルスの時より手間取るとは思わなかったもんな!」
ナリンさんとステフも酒をチビチビしみじみと振り返る。ちなみにステフには街を出た時にもうメモリーカードを返してある。と言うのも今回もやはり彼女の顔で良い宿を決められたという面が強く、その恩に報いたかったからだ。
「まあ難儀したってのもあるけどさ。ちゃんと監督っぽい事をできるのが安心するんだよ」
「そういうもんか? 知らんけど」
「アーロン着いてからさあ。他人の夢へ入ったり屋台でタオル振り回したり握手会行ったりとかでさ。『あれ? 俺いま何をしてるんだっけ? これって監督のやる事なんだっけ?』て思うことが多くて……」
たぶん、いや絶対に違うと思う。監督界きっての変な人、そのものエル・ロコという異名を誇るビエルサさんでもこんな事はやってない筈だ。
「そんなもんかー?」
「そうですよ。ショーキチ殿は立派に監督業をやっておられます」
ありがたいがこれは二人が慰めの言葉をくれているのか、監督業を彼女たちも本当に分かっていないのか判断がつかない。
「ありがとう。まあ俺はこの世界の住人としても監督としても新人なんだし、何でもやる気でいないとな!」
そう言って気合いを入れるかのようにグラスの中身を飲み干す。
「おお、いいぞその意気だ! 実際、それくらいの気持ちでなければ次の大洞穴には入る事もできんからな!」
ステフも俺に合わせるように酒を飲み干したが、その言葉の中にはちょっと不安なポイントがあった。
「なあステフ、大洞穴ってそんなにヤバい所なのか?」
次の目的地はステフの言った「大洞穴」だ。この世界の地面の下に広がる巨大な空間であり、リーグの強豪「蛇人間ゴルルグ族」の帝国があり、謎めいたエルフの一種「ナイトエルフ」の生息地でもある。
「私からも聞きたいです。地下ではどのようなサッカードウが広まっているのかを」
ナリンさんも襟を正してステフに問う。そう、大洞穴については俺たちは知らないことばかりなのだ。
「ヤバいというか秘密主義なんだよなあ」
空になった杯を弄びつつ、ステフは自分の知る限りを語り始めた。
蛇人間ゴルルグ族はその名の通り、蛇と人間が合体したような姿をしている。となると既に出会ったドラゴンやリザードマンとどう違うのか? という話になるが、まず大きく違うのは頭部だ。
ほぼ人間の顔にところどころ鱗が並んでいるだけ、目が蛇なだけ、といったまだ普通(?)のタイプもいれば、完全に蛇の姿をしている者、あるいはその蛇の頭を二つも三つも持ったヤツまでいる。ヘディングに有利なのか不利なのか分からねー!
いや映像で観たから知ってる。不利だけど。だがその分ルックアップ、周囲の状況を認知し判断を下す部分はかなり上手のようだった。
また身体は蛇らしく柔らかくしなやか。サッカー雑誌等で「蛇のようなドリブル」という表現をたまにするが、ゴルルグたちのドリブルはまさにそれだった。
それら優れた状況判断やテクニックで身体の線の細さ(いやマジで蛇だけに)や環境への弱さ(実際、冬場は動きが鈍り驚くほど弱くなる)を補い、リーグでも上位につけるゴルルグ族は、その徹底した秘密主義でも有名だった。
繰り返しになるが彼女たちの帝国は闇に包まれた地下空間「大洞穴」の中に広がっており、その規模や仕組みも殆ど知られていない。ご丁寧にサッカードウの試合が行われる暖房完備のスタジアム「スネークピット」だけは地上に設置されており、アウェイチームやサポーターの宿舎もその付近に集中している。
アーロン以降、
「サッカードウの普及により開かれた……」
という文句を枕詞のように使用してきたが、ゴルルグ族にはそれが当てはまらないのだ。
それはエルフ族の仲間「ナイトエルフ」にも言えた。ドーンエルフの長老たちですら知らぬ理由により袂を分かった同胞たちは、放浪の末に「大洞穴」を安住の地に定め、その肌を地下に溶け込む藍色に変えた。
彼らの生態はゴルルグ族以上に謎だ。一族としてどの様な暮らしを営んでいるかは皆目見当がつかず、たまに個人の名が歴史上に浮かび上がってくるだけである。
はて、一人の美しいナイトエルフの密偵が黒騎士に忠誠を誓い生涯寄り添ったとか、学識高いナイトエルフが狂える悪の魔導師に弟子入りしたが、実は善の魔術師に送り込まれた裏切り者であった……とか。
それらの伝説から微かに分かるのはナイトエルフも他のエルフと同じく細身で俊敏、戦闘技術や魔術の知識が豊富で精神的なタフさも兼ね揃えている……といった所か。でもこれ、英雄とか偉人とか、特異な「個人」の話ですよね?
そんな程度の話なので、サッカードウとなるとてんで分からない。選手として登録された記録は公式には無く、そもそもこの簡単な球技が地下に伝わっているかも定かではない。
だが、あくまでも噂レベルではあるが、ナイトエルフは同じ地下仲間のゴルルグ族からサッカードウを学び、彼女らの間でのみ定期戦を行い密かに腕……もとい脚を磨いていると言う。
もしその話が真実であれば、ナイトエルフもやはりゴルルグ族に倣って技巧的なプレイをする選手を抱えている可能性が高い。そんな存在をアローズに加えられたら良いアクセントになるし、仮に選手として獲得するに至らなくてもゴルルグ族のサッカードウの情報を知るエルフ物がいるなら是非ともチームに招きたい。
そんな理由で俺は「大洞穴」行きを重要なポイントと考えていた。
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