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第四章
ひとりぼっちのあいつ
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「ウォルスでは色々あったけど二人ともお疲れ様。本当に助かったよ」
御者台で隣に座るステフと、今日も軽快に馬車を引っ張るスワッグに向けて話す。
「良いって事よ」
「朝飯前だぴよ」
両者は褒められて満更でもない、という顔で応える。
「ところでスワッグ、喉はもう大丈夫?」
「ありがとうぴよ。すっかり治ったぴい」
スワッグは治った証拠とばかり、あの夜ゴブリンたちが歌った曲を口ずさんだ。気に入ったのか?
「そういうショーキチの方はどうなんだ? ちょっと寂しくなったりしなかったか?」
ステフが狂騒の夜を思い出してか笑顔を浮かべながら聞いてくる。
「あー。確かにあの無礼講ぶりは、学生寮を思い出したなあ」
「そっち? アタシは家族のつもりで言ったんだけどな。ゴブリンってほら、大家族じゃん?」
「でも俺、家族いないし」
と返事をした所でたぶん彼女らには生い立ちを説明してなかったような気がして、俺は宴会場で言った内容を繰り返す。
「……という訳で俺が望郷の念? みたいなのを覚えるのは寮の方なんだよなー。特にこの仕事、女性に囲まれているだろ? 野郎達との気楽なアレが恋しいと言えば恋しいかなあ」
「ほえ~。そういうもんか。ショーキチも大変だな」
珍しく神妙な顔でステフが呟いた。
「そうでもないさ。俺はだいぶ恵まれている方だと思うし」
彼女のあまり見ない表情に驚いてそう返事すると、俺もつられて神妙な顔になってしまった。
「飛ばない豚はただの豚ぴよ~♪」
沈黙する俺たちの間にスワッグの歌が流れる。そんな歌詞だっけ!?
「ところでその話さあ?」
「はい?」
「みんなに、した?」
長く考え込んだ後、ステフが聞いてきた。
「みんなって?」
「アローズのみんな」
おお、選手達にか。選手達に……と言うか、宴会場にいた彼女達にしか言ってないかな?
「ああ。あの場にいた選手達はだいたい知ってるかな? ひょっとして、何か支障があった? 文化的に……なんとかとか?」
ステフの口調にどことなく咎めるような空気を感じて尋ねる。
「それでか! あーなるほど~。まあ……あまり言わない方が良いぞ」
彼女は自分だけで納得して頷きながら言う。
「待って待って。助言にはもちろん従うけどさ、具体的な理由を教えてくれない?」
ステフは俺に雇われている身ではあるが、護衛でもありこの世界のガイドでもある。彼女が言うなら従うほかない。だが理由は知りたい。
「まあ簡単に言うとエルフ、特にデイエルフの性質だな」
なんだそれ? もしかして、考えたくないがもしかして、俺みたいな素性の人間に差別意識があるとか……?
「デイエルフの奴らは結束とか家族愛が強いんだ。地球の人間やドワーフだってある程度そうだろうが、奴らは同時に『命』てものを神聖なものと考える。ここまでは良いか?」
「う、うん」
「その二つの合わせ技が入るとな。『家族を失った少年』みたいなのはもう、とんでもない悲劇の存在なんだ」
お、おう。いや俺、少年じゃないけどな。あ、エルフからしたら子供みたいな年齢か?
「だからデイエルフたちは孤児を全力で庇護する。いやお前等の世界にだって孤児院とか福祉事業はあるけど、あいつらはそういう子を見ると、もう矢も盾もたまらず完全に家族にしてしまうんだ」
ほほう。でもそれって基本的には善いことで、俺が言ってしまったのも問題ないように思えるが?
「そうなのか。じゃあ彼女たちが俺に良くしてくれる理由の一つはそれってことなんだな。助かると言えば助かるが?」
「問題は、ショーキチが妙齢の男でチームのみんなが妙齢の女性ってとこだ」
う、うん?
「アタシはサッカードウの事は良く知らんが、ショーキチは彼女たちみんなを助けたんだよな? 知恵を授けたり励ましたり? あと見た目の好みは人それぞれだが、大きな問題はないように思える。つまり、自分らを助けてくれた男性が実はとんでもない悲劇を背負っていた! と知った訳だすると……」
「すると?」
「この人と家庭を持つことで幸せにしてやるぞ! て気分になる」
はあ!?
「待ってくれ、それは……結婚って意味か?」
「ああ」
マジかよ……。
「家族に~なろ~ぴよ」
ショックで言葉も出ない俺とステフの間に、スワッグの渋いイケメン声で歌が流れた。いやもう歌詞どころか曲が違うやろ。
「それはなんというか……義理とか情けで結婚まで考えてしまうって事なのか?」
「いやだからそれは全部の事情が併さって、その上で個人の好みが合致したら、てケースだけどな」
そこまで言うとステフはようやくいつものお気楽な顔に戻った。
「条件諸々で確率三分の一まで落とすとして、ショーキチが打ち明けた時に聞いてた娘が30人くらい? じゃあ10人だ。10人が内心では『まあ! この人と結ばれて幸せな家庭を築くのが私の使命、運命なんだわ!』て思った可能性があるな」
「あ~父さん母さん~あ~感謝してーますーぴよ」
「嘘だ、俺を担ごうとしてるんだろ? だってその、優しくはして貰ったけどアプローチ的なものは受けてないし」
スワッグの絶妙な曲チェンジを無視して言い返す。そうだ、俺が意図的に男女の分をきっちり分けているのが功を奏してか、そういう雰囲気になった事は一度もない。シャマーさんは……ドーンエルフだしもともと変なエルフだし!
「そこは互いの牽制もあるしお前が鈍いのもあるしな。あとアレだ、なんと言ってもエルフだしな!」
全ての変化をゆっくり成し遂げようとするのがエルフ……そうだった。
「つまり……俺、何かやっちゃいました? てことか」
「良かったな! これでようやくショーキチも仲間入りじゃん! ……冗談はさておき、余計な火種を呼び込まない為には今後、お前の身の上話は封印した方が良いな。特にデイエルフには」
余計な火種……つまりエルフの女性が俺との結婚を考えてしまう事か。
「ああ。これからはその辺、適当に誤魔化すようにするよ」
そう言ったものの分からん。実感がまるで沸かない。初めてこの世界へ来てエルフやドラゴンを見た時以上に真実味を感じない。
だが監督の仕事にはリスクマネージメント、危機に前もって対応する、準備しておくことも含まれる。全く知らなかった事で損害を被ったならともかく、助言を受けていたのに何の手も打たなかったとしたら、それは上に立つ者として怠慢以外の何モノでもない。
だからこれからは生い立ちの話はしない。それと既に聞いてしまった女性陣への対応を考える。具体的には……どうしよう?
告白される前から「お気持ちは嬉しいのですが身分上」と断るのは自意識過剰だし、「実はあちらに想い人を残していて」と今更な嘘をつくのも上手くいきそうにない。
その辺りの機微や工作を魔法や策略でなんとかしてしまうシャマーさんダリオさんはここにはいない。となると残りは個人マネージャー、ナリンさんだ。
ナリンさん……彼女にこの件を相談して良いものだろうか? そもそもあの話をした時、彼女は宴会場にいたっけ?
「ショーキチ殿、準備ができたので観て頂けますか?」
悩む俺に向け、当のナリンさんが馬車の中から声をかけてきた。俺はスワッグとステフに一言入れて、御者台から中へ戻った。
御者台で隣に座るステフと、今日も軽快に馬車を引っ張るスワッグに向けて話す。
「良いって事よ」
「朝飯前だぴよ」
両者は褒められて満更でもない、という顔で応える。
「ところでスワッグ、喉はもう大丈夫?」
「ありがとうぴよ。すっかり治ったぴい」
スワッグは治った証拠とばかり、あの夜ゴブリンたちが歌った曲を口ずさんだ。気に入ったのか?
「そういうショーキチの方はどうなんだ? ちょっと寂しくなったりしなかったか?」
ステフが狂騒の夜を思い出してか笑顔を浮かべながら聞いてくる。
「あー。確かにあの無礼講ぶりは、学生寮を思い出したなあ」
「そっち? アタシは家族のつもりで言ったんだけどな。ゴブリンってほら、大家族じゃん?」
「でも俺、家族いないし」
と返事をした所でたぶん彼女らには生い立ちを説明してなかったような気がして、俺は宴会場で言った内容を繰り返す。
「……という訳で俺が望郷の念? みたいなのを覚えるのは寮の方なんだよなー。特にこの仕事、女性に囲まれているだろ? 野郎達との気楽なアレが恋しいと言えば恋しいかなあ」
「ほえ~。そういうもんか。ショーキチも大変だな」
珍しく神妙な顔でステフが呟いた。
「そうでもないさ。俺はだいぶ恵まれている方だと思うし」
彼女のあまり見ない表情に驚いてそう返事すると、俺もつられて神妙な顔になってしまった。
「飛ばない豚はただの豚ぴよ~♪」
沈黙する俺たちの間にスワッグの歌が流れる。そんな歌詞だっけ!?
「ところでその話さあ?」
「はい?」
「みんなに、した?」
長く考え込んだ後、ステフが聞いてきた。
「みんなって?」
「アローズのみんな」
おお、選手達にか。選手達に……と言うか、宴会場にいた彼女達にしか言ってないかな?
「ああ。あの場にいた選手達はだいたい知ってるかな? ひょっとして、何か支障があった? 文化的に……なんとかとか?」
ステフの口調にどことなく咎めるような空気を感じて尋ねる。
「それでか! あーなるほど~。まあ……あまり言わない方が良いぞ」
彼女は自分だけで納得して頷きながら言う。
「待って待って。助言にはもちろん従うけどさ、具体的な理由を教えてくれない?」
ステフは俺に雇われている身ではあるが、護衛でもありこの世界のガイドでもある。彼女が言うなら従うほかない。だが理由は知りたい。
「まあ簡単に言うとエルフ、特にデイエルフの性質だな」
なんだそれ? もしかして、考えたくないがもしかして、俺みたいな素性の人間に差別意識があるとか……?
「デイエルフの奴らは結束とか家族愛が強いんだ。地球の人間やドワーフだってある程度そうだろうが、奴らは同時に『命』てものを神聖なものと考える。ここまでは良いか?」
「う、うん」
「その二つの合わせ技が入るとな。『家族を失った少年』みたいなのはもう、とんでもない悲劇の存在なんだ」
お、おう。いや俺、少年じゃないけどな。あ、エルフからしたら子供みたいな年齢か?
「だからデイエルフたちは孤児を全力で庇護する。いやお前等の世界にだって孤児院とか福祉事業はあるけど、あいつらはそういう子を見ると、もう矢も盾もたまらず完全に家族にしてしまうんだ」
ほほう。でもそれって基本的には善いことで、俺が言ってしまったのも問題ないように思えるが?
「そうなのか。じゃあ彼女たちが俺に良くしてくれる理由の一つはそれってことなんだな。助かると言えば助かるが?」
「問題は、ショーキチが妙齢の男でチームのみんなが妙齢の女性ってとこだ」
う、うん?
「アタシはサッカードウの事は良く知らんが、ショーキチは彼女たちみんなを助けたんだよな? 知恵を授けたり励ましたり? あと見た目の好みは人それぞれだが、大きな問題はないように思える。つまり、自分らを助けてくれた男性が実はとんでもない悲劇を背負っていた! と知った訳だすると……」
「すると?」
「この人と家庭を持つことで幸せにしてやるぞ! て気分になる」
はあ!?
「待ってくれ、それは……結婚って意味か?」
「ああ」
マジかよ……。
「家族に~なろ~ぴよ」
ショックで言葉も出ない俺とステフの間に、スワッグの渋いイケメン声で歌が流れた。いやもう歌詞どころか曲が違うやろ。
「それはなんというか……義理とか情けで結婚まで考えてしまうって事なのか?」
「いやだからそれは全部の事情が併さって、その上で個人の好みが合致したら、てケースだけどな」
そこまで言うとステフはようやくいつものお気楽な顔に戻った。
「条件諸々で確率三分の一まで落とすとして、ショーキチが打ち明けた時に聞いてた娘が30人くらい? じゃあ10人だ。10人が内心では『まあ! この人と結ばれて幸せな家庭を築くのが私の使命、運命なんだわ!』て思った可能性があるな」
「あ~父さん母さん~あ~感謝してーますーぴよ」
「嘘だ、俺を担ごうとしてるんだろ? だってその、優しくはして貰ったけどアプローチ的なものは受けてないし」
スワッグの絶妙な曲チェンジを無視して言い返す。そうだ、俺が意図的に男女の分をきっちり分けているのが功を奏してか、そういう雰囲気になった事は一度もない。シャマーさんは……ドーンエルフだしもともと変なエルフだし!
「そこは互いの牽制もあるしお前が鈍いのもあるしな。あとアレだ、なんと言ってもエルフだしな!」
全ての変化をゆっくり成し遂げようとするのがエルフ……そうだった。
「つまり……俺、何かやっちゃいました? てことか」
「良かったな! これでようやくショーキチも仲間入りじゃん! ……冗談はさておき、余計な火種を呼び込まない為には今後、お前の身の上話は封印した方が良いな。特にデイエルフには」
余計な火種……つまりエルフの女性が俺との結婚を考えてしまう事か。
「ああ。これからはその辺、適当に誤魔化すようにするよ」
そう言ったものの分からん。実感がまるで沸かない。初めてこの世界へ来てエルフやドラゴンを見た時以上に真実味を感じない。
だが監督の仕事にはリスクマネージメント、危機に前もって対応する、準備しておくことも含まれる。全く知らなかった事で損害を被ったならともかく、助言を受けていたのに何の手も打たなかったとしたら、それは上に立つ者として怠慢以外の何モノでもない。
だからこれからは生い立ちの話はしない。それと既に聞いてしまった女性陣への対応を考える。具体的には……どうしよう?
告白される前から「お気持ちは嬉しいのですが身分上」と断るのは自意識過剰だし、「実はあちらに想い人を残していて」と今更な嘘をつくのも上手くいきそうにない。
その辺りの機微や工作を魔法や策略でなんとかしてしまうシャマーさんダリオさんはここにはいない。となると残りは個人マネージャー、ナリンさんだ。
ナリンさん……彼女にこの件を相談して良いものだろうか? そもそもあの話をした時、彼女は宴会場にいたっけ?
「ショーキチ殿、準備ができたので観て頂けますか?」
悩む俺に向け、当のナリンさんが馬車の中から声をかけてきた。俺はスワッグとステフに一言入れて、御者台から中へ戻った。
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