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第四章

うぃるゆーまりーみー?

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 あのど派手な発表会見の翌日早朝。俺たちはアーロン郊外の人通りの少ない街道にいた。猛烈に眠いが人目を避ける為だ。しょうがない。
 昨日の会見は大いに注目を集めた。はっきり言ってフェリダエチームの優勝が霞むほど。マスコミ、ファン、早くも自分を売り込もうとするリクルート希望者……そういった連中が山のように押し掛け、ダリオさんの宿泊するボビー・チャールトン、じゃなかったリッツ・カールトンみたいな高級ホテルの入り口で追い返されていた。
 その間にダリオさん以外の俺たちは例の一般利用客通路を使ってスタジアム外に脱出し研究棟の間を通って無事、シャマーさんの例の部屋に到着していた。ホテルとダリオさんを囮にしてしまった形で申し訳ない。でもダリオさん、見事なデコイラン囮の動きでしたよ……なんちゃって。
 で、部屋の中でミーティングを行い目指すサッカーやその為の準備方針を話し合い、明け方頃にようやく解散となった訳である。
 結果、決まった事はこうだ。ザックさんとジノリさんは地元で用事を済ませてから『残雪溶かす朝の光』王国へ向かい建設中の練習場や施設の監修、自分がエルフの国に住む足場固め(俺がやったみたいにね)をする。 
 ニャイアーさんはもっと身軽な上にナリンさんの家に彼女専用の宿泊スペースがある事から直接、王国へ向かいユイノさんの指導を開始する。
 そして残った俺たちという変わらぬメンツで視察の旅を続け、早速ゴブリンの王国へ向かう……と。

「ニャリン、本当に僕がついていかなくて大丈夫かい?」
 見送りに来たニャイアーさんが未練たらたらの声で言った。
「大丈夫よ。全部ショーキチ殿の手配で上手くいっているわ」
「そのショーキチが心配にゃんだよ……」
 笑顔で応えるナリンさんの前でまたニャイアーさんが耳を垂れ下げて呟いた。おい、聞こえているぞ?
「ありがとう。でもショーキチ殿に何かあったら、私が命に換えても守り抜くから!」
 いやそっちの意味じゃないと思うぞ? ありがたいけどさ。
「ショーちゃん大丈夫? やっぱり持っていかない?」
 同じく見送りに来たシャマーさんが様々な『護身用』のマジックアイテムが入った鞄を差し出した。
「いえ、何度も言ったけど本当に結構です。護衛はちゃんといるんで」
 俺はそう言いながら馬車を点検するスワッグとステフを見る。両者は夜通しの会議に殆ど関わらず別室で寝ていたので元気いっぱいだ。特にトモダチ手帳にコーチ陣三名の名前を加えたスワッグが機嫌が良い。(会議には参加しないのにちゃっかりした鳥だ)
「あの二人を信頼してない訳じゃないのよ。でも心配で……」
 ダリオさんもいないと言うのに、シャマーさんはあまり強引に迫ってこない。むしろ真剣に俺の身を案じているようだ。俺は少しだけ考えを改めそうになった。
 だが彼女の言う『護身用』がどれほどの破壊力を持っているか分からないし、その、ちょっとだけ、盗聴的なものを恐れている。いやごめん、疑って! でも何回も騙されたからさ!
「おーい、そろそろ行くぞー!」
 点検とスワッグの装着を終えたステフが俺たちに呼びかけた。ナリンさんは軽くニャイアーさんを抱き締め、シャマーさんに手を振ると馬車へ乗り込んで行く。
「ユイノ君の事は任せておけ。だがニャリンに何かあったら……承知しないぞ?」
 お、ユイノさんの事はニャイノとか言わないんだな? ニャイアーさんは俺を一睨みすると、最後まで見送るのが辛いのかさっさと身を翻して去る。
 これはチャンスだな。
「じゃあ、シャマーさん。俺も行きますが」
 俺は懐から小さな箱を取り出した。
「ん~何?」
「今回はいろいろ手助けして貰ってありがとうございます。お礼にこれを贈りたいんですが」
 俺は箱の上蓋を開ける。そして中の、リングピローの上に鎮座する金色の小さな輪っかを彼女に見せる。
「え、これって!?」
 彼女は両手を口に当て、箱の中身と俺の顔を交互に何度も見やる。
「こんなものでシャマーさんが喜んでくれるか自信は無いんですが……どうしても貴女に贈りたいんです」
「そんな! でもまさか……めちゃくちゃうれしいです……」
 シャマーさんは目を潤ませ顔を伏せながら聞いたこともないような声でそっと呟く。
「じゃあ、俺がつけさせても良い?」
 俺がそう聞くと彼女は服の袖で顔をゴシゴシ擦ってから頷き、俯いたまま目を閉じて左手を差し出した。
「手……小さかったんですね」
 そう囁きながら輪っかを取り出し箱をポケットに仕舞い、左手で彼女の左手を握り、右手で輪っかのある部分をなぞる。
 そしてシャマーさんが気付く前に、少し大きくなった輪っかを彼女の腕に通し上腕まで通す。
「んん? 何!?」
「いやー似合いますね、キャプテンマーク!」
 魔法で小さくされていた腕章はその効果を解呪され、ちょうど良い大きさに戻って彼女の腕で輝いていた。
「これ!?」
 黄金の下地に赤い矢が描かれたそれは、アローズ――エルフ代表――の緑のユニフォームに映える黄金色のキャプテンマークだった。
「もともと作っていたんですけど矢のデザインを入れるのは急遽、決まりまして。でもジョバ……もといステフが一晩でやってくれました」
 ダリオさんに話した『放っていると緩んでしまうというか……気持ちが離れてしまいそうな選手』の筆頭がシャマーさんだ。彼女は間違いなく能力が高い。サッカー選手として何でもできるし狡賢さもある。
 だがむらっけが大きく真剣みに欠け、試合に集中しない部分がある。余談だがそれが昨シーズンまでスタメンに起用されない理由の一つでもあった(ダリオさん談)。
 そこで俺は彼女をキャプテンに任命し、責任感を与える事で改善するのに期待することにした。もっともこの後の視察でよりキャプテンに相応しい人物が見つかるかもしれない。それはそれで副キャプテンだったりやりようはあるので、とりあえず仮採用しておこうと思ったのだ。
「私がキャプテン!?」
「やってくれますよね? いやあ、『うれしい』って言ってくれたから断るわけないですよね~」
 だがシャマーさんが素直にキャプテン就任を受け入れてくれるとは限らない。激しく拒絶したり(大穴予想)のらりくらりとかわしたり(本命予想)何か大人な見返りを要求したり(対抗予想)する可能性があった。
 そこで俺はダリオさんと(また)策略を考えた。それがこれだ。
「なるほど。この私を騙すなんて……」
 シャマーさんは左腕の腕章を右手で触り、俯いて地面を見つめながら呟いた。
「おもしろーい! ショーちゃん、だから好き!」
 そしてまたふわっと宙に浮き抱きつく。その台詞まえも聞いたぞ!
「OKなんですよね? 宜しくお願いしますよ!?」
「やるやる! ねえねえキャプテンと監督なんだから、今後はもっと密にコミュニケーションをとらないとね!」
 嬉しそうに俺の耳元で囁くシャマーさんをなんとか押しとどめる。普通に考えたら騙し討ちで嫌がる(嫌がりそうな)選手をキャプテンに就任させるなんて無謀だ。選手がやる気を失うかもしれないし、監督との信頼関係にも悪影響を与えるだろう。
 だが相手はシャマーさんだ。頭脳明晰な割に稚気の塊のようなドーンエルフの中でも、最も悪戯心に溢れた存在。彼女なら、俺の不意打ちを「善し」とする可能性は十分にあった。
「ミーティングはいずれしますから! 今日は任命の連絡だけです。じゃあ行ってきます!」
「は~い。楽しみにしてるからね~。いってらっしゃい!」
 たぶん、受け入れられたのだろう。俺は手を振る彼女を残して、馬車へ乗り込んだ。
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